語学力ではなく、伝える人間力で

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「安倍首相の(米国連邦議会上下両院合同会議における)演説、聞きました? 私たち日本人は、あのスピーチを目指すべきです」
 英語の発音やカンペへの揶揄が目立っていたことを思い出すと、意外に感じる人もいるだろう。しかし、パブリックスピーキングで重要なのは英語力ではない。ノンネイティブであるからこそ、伝わるスピーチ、プレゼンができるという。在米20年、事業戦略コンサルタントとしてネイティブを相手にビジネスをしてきた、リップシャッツ信元夏代(のぶもとなつよ)だからこそ、信念をもって編み出せたスピーキングメソッドがある。2004年にコンサルティング会社アスパイア・インテリジェンス社を設立。「10周年になにかを」と昨年、スピーキングスキル向上を目的としたプログラム「Breakthrough Speaking」を開校した。彼女はここで、ノンネイティブであることをアドバンテージに「簡単・簡潔・簡明」を軸に、言葉や文化の壁を越えて人の心をつかむ、グローバル・パブリックスピーキングを教えている。

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「ノンネイティブ」は武器になる

言葉の選択がシンプルでクリア

「ネイティブと対等に話せる英語力を養うのは至難の技。逆にノンネイティブだからこそ、簡単な単語を選ぶことができ、シンプルかつ明確に意図を伝えることができる
んです。いまの語学力のままで、異文化の人相手でも格段に伝わるスピーチができるようになります」
 そう話す信元自身も「異文化を分かっていなかったために契約破棄となってしまったこともあります」と語るほど。異文化理解の大切さが叫ばれても、自分のことに置き換えてどう大切なのかは問われづらく「とりあえず」と語学に励む。しかし言葉が使えたところで、肝心の「なにをどう伝えるのか」という部分がガラ空きのまま、私たちは異文化の荒波に飲まれる。

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一を聞いて十を知れない

「違って当然」を前提に

「たとえば」、と信元。匠の技とも思える杉の木箱があるとする。価値あるものだと分かるはずと思いながら「これ、いいでしょう」と一方はすすめる。すすめられた方は十分な説明がないので価値が分からず、値段を聞いてびっくりする。双方に悪気のかけらもなにもないのに、すれ違いが起こる。
「まさに異文化間のコミュニケーションの違いです。『いい』という一言だけで、ふくみを伴って『いろいろいいのだろう』と理解してもらえる高コンテクストの文化と、どういいのかを明確に説明しないと理解してもらえない低コンテクストの文化では、伝わり方が変わってきます」
 目に見える言動だけがコミュニケーションではない。その奥には、価値観や慣習、歴史や伝統的な“当たり前”といった暗黙の了解とルールがあることを忘れてはいけない。「個か集団か、直接的か間接的か、結果志向か過程志向かなどで異文化のコミュニケーション方法の違いを知れば、どういう方法が響く伝え方なのかが見えてきます」

「マルチタスクの方が燃える」

負けん気の強い、箱入り娘

 根っからの話し上手という印象とはうらはらに、「臆病者」と学生時代を振り返る。意を決して経験した1ヶ月のホームステイではボーイフレンドをつくったことが両親の逆鱗に触れ「もう外にはやらない」といわれる始末。しかし、「やらないっていわれると『なにくそ』と思って」。奨学金という札があれば堂々と外に出れると、早稲田大学の留学プログラムを勝ち取った。
 意気揚々として留学するも「はじめの3ヶ月は暗黒でした」。話さないと話せるようにならない、でも話したら間違うからイヤだ。その堂々巡りで苦しかったという。洗礼は急にやってきた。ある週末、酔っぱらっていたクラスメイトに「ナツヨはいつも黙ってばっかりだな」といわれたのだ。泣くつもりなどなかったが、溜め込んでいた思いが溢れ出た。泣かせるつもりはなかったクラスメイトは「いろいろ考えていたんだな」と勘づき、ゆっくり話してくれるように。信元も「ちょっとずつ勇気を出して話すようになった」。
 冬休みの一人旅も自分をブレイクスルーさせてくれたという。「飛行機の遅延やら早口のアナウンスを聞き取れなかったら人に聞くなど、自分でなんとかしないといけない場面がたくさんあったんです。新学期がはじまったとき、『あれ、聞き取れる』『話せるかも』とブレイクスルーがありました」。壁にぶち当たっているときは、気づけない。しかし、困難を乗り越えたとき、そのブレイクスルーに気づける。
 英語で話すことに恐怖を感じていた少女はいまや、話し方やパブリックスピーキング、リーダーシップを学ぶ世界的な非営利団体トーストマスターズインターナショナルの国際スピーチコンテストで、日本人初のニューヨーク大会優勝2連覇を果たすまでになった。さらには先月20日、メインスピーカーの一人としてTEDxWasedaに登壇したばかりだ。そんな彼女は、スピーチにおいて大切なものはストーリーだという。

自分にキャッチフレーズを持つ

生き方を言語化する

 信元にはたくさんの「顔」がある。戦略コンサルタントで事業主であり、妻であり母であり、ダンサーでスピーチコーチでもある。彼女が語るストーリーは引き出しが豊富で共感要素もその分増える。「一つだけだと逆にダメで。チャレンジングなものがたくさんあった方が、闘志が湧くんです」と、マルチタスカーなのは「血」によるところが強いと笑う。彼女の父は、自動車業界の巨人であり文化人としても高名な信元安貞(やすさだ)氏。業界を牽引する仕事人は、演劇の脚本を書いたり、三味線奏者として舞台に立ったり、歌舞伎について上梓したりもした。自己実現を体言するワークスタイルとライフスタイルの両方を持った父の存在は大きかった。
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 父からはもう一つ、もらった言葉がある。「誠・和・魂(せいわこん)」だ。誠をもって人に接する。和をもって事を計る。魂をもって志を貫く。誠和魂は彼女の生きる指針でもあり、自らを省みる際に問う言葉でもある。自分の生き方を言語化する、自分のあり方を体言するようなキャッチフレーズを持つことを、信元はすすめる。

自己内省で明確になる

自分の言葉とストーリー

 キャッチフレーズを持つことは、自分自身の中身を徹底的に見つめることでもある。「スピーチを考えている時間は、自己内省の時間」と話す信元にとって、伝えたいメッセージは失敗と学びにある。内省することで生まれる自分自身のストーリーこそが共感要素を持っており、なにより「考え抜いて出てきた言葉はなによりもパワフルです」。
 ストーリーをまとめるときに重要な要素に「エトス・パトス・ロゴス」がある。論だけでも感情だけでもない。聞き手の心に響かせるには、事実だけではなく、それを取り巻く倫理的な側面、情緒的なアピール、論理的な点が必要だ。この三つをどう使うかは訓練で、誰でも相互理解を生むコミュニケーションスキルを身につけることができるという。

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「伝える力」の鍛え方とは

「異」を楽しむこと

 伝わるとは共感を生むということだ。伝える力を鍛えるには、自分と異なるものにアンテナをはり、どう向き合うのか、理解するのかにかかっている。自分がこう思うことに対して、ああ考える人もいる。何が自分と他人を異なる存在にするのか。そして、何が同じ思いにさせてくれるのか。
「スピーチは初めの7秒で興味を引き、30秒で残りを聞いてもらえるかどうかが決まる」
 それは人が人に抱く第一印象にも似ている。たくさんの「異」からも共感してもらえるストーリーをあなたは持っている。必要なのは伝え方だ。だったら学んでみたい。「いまの言語力でも大丈夫」という、信元のグローバル・パブリックスピーキングのスキルを。それは人間力を上げることでもある。
 ところで、冒頭の安倍首相のスピーチのどこが素晴らしくてどこを真似すべきなのか信元に聞くと、「続きはBreakthrough Speakingで」と笑った。

Breakthrough Speaking
ASPIRE Intelligence

Photographer: Tokio Kuniyoshi
Writer: Kei Itaya

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