その店には、“ウソ”が並ばない

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「月にたった2時間スーパーで働けば、オーガニック食材が安く買える」

いわゆる生活協同組合、「フードコープ」についてはそう聞いていた。ただし、働けるのは会員になった者のみ。さらに労働の対価は、「賃金」ではなく「買い物をする権利」。つまり、店で買い物できるのも会員のみということだ。アメリカでもほとんど成功例のないこの「消費者保有・運営型」ビジネスを成功させたのは、「自分の食生活は自分たちで築きたい」という意識と、コミュニティの力だ。

“2時間労働”で、店のオーナーにもなれる

「スーパーマーケットでの買い物は、完全に管理されています。商品がいつ、誰によってどこで作られたのかなどまったく分かりません。しかし、習慣で何の疑問もなくレジに並び、体に悪い食品も沢山買っています」「その点」と、同組合の広報担当の、Alix Fellman(アリックス・フェルマン)は続ける。

「私たちのフードコープでは、全商品の“素性”を把握しています。加工品にしてもそのメーカーが『環境に優しい』ポリシーを持っているか、動物実験をしていないか。細部まできっちり調べて厳選しています」。“管理された買い物”という言葉が、ズシリと響いた。

 Geene Hill Food Co-op(以下、GHFC)は、「安全で美味しい食品を食卓に」をモットーに掲げる会員制の地域密着型生活協同組合として、2011年に発足。会員数は現在、1,500人まで増加。そのほとんどが、GHFCの周辺に住んでいる。

 システムを簡単に説明しよう。まず、入会に際し、デポジットとして150ドルを払う(約1万8,000円、退会時には返却される)のが決まり。メンバーは、GHFCに150ドルを投資する代わりに、会員としてGHFCに参加する“権利”を得る。「100% ownership」を誇る同店では、1,500人の会員全員がオーナー。「自分たちは共同でこの組合を所有している」という意識を一人ひとりが持っている。“所有者”であるメンバーには、相応のコミットメント=献身が求められる。それが、ひと月あたり2時間、GHFCの運営や経営のために労働する義務だ。業務は、会計、マーケティング、仕入れ、在庫管理、商品開発、広報などに細分化されていて、会員が交代で労働力を提供する。さらに、店の運営における決定事項も、すべてこの消費者兼労働者が行う。“Consumer-owned”、「消費者保有・運営型」だ。

 というわけで、店側が負担する人件費はゼロ(正確にいうと、たった一人だけアドバイザーを有償で雇っているそうだが)。その結果、通常は割高になるオーガニック野菜や近郊小規模農業者による商品を、手頃な価格で販売できる。

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レジ打ち、一致団結

 1,500人の会員とは一体どんな人たちなのだろう?取材した土曜日の午後には、キャッシャー、受付け、在庫管理など計7、8人がせわしなく働いていた。小売業の経験者は一人もいないという。

「2年ほど前にメンバーになりました。理由は、子どもができて食べ物の安全性に気を遣うようになったから。月2時間の労働提供は、シフト制で毎週決まった時間なので予定に組み込みやすい。ちっとも苦にならないわ。楽しいし、やりがいがありますよ」とジェシカ。

 在庫管理部やマーケティング部を経ていまのポジションに。現在、演劇学の博士論文を執筆中の大学院生だという。

 週一回のペースでGHFCに買物に来るという建築事務所勤務のトーマスは、「デポジット?決して高くないですよ。結局は返ってくるお金だし。メンバーになったのは、安くて高品質の品が買える特典ゆえではありません。ここに来ると素敵な考え方の人たちと出会えるのがGHFCの魅力なんです」

 ほかのスタッフの本職を聞いてみると、女優、低所得者用住宅の斡旋NPO勤務、会社員、教員などさまざまだ。売る側も買う側も同じメンバー。それだけで、「他人」という感覚は薄れ、「自分のため、メンバーのため」と自然と仕事に熱が入り、コミットメントの質は上がる。お互いの立場をよく理解している者同士、和気あいあい。レジ周辺には笑い声が絶えない。

収入がないから生まれるアイデア

 メンバーのほとんどは初期投資(デポジットとしての150ドル)と労働提供で、コミュニティ参加の喜びと責任意識を得る。一人150ドル、1,500人分のデポジットは、22万5,000ドル(約2,700万円)で、強力な運営資金だ。実際に自分の体と時間を提供して店を動かしているのだから、「自分たちが食べたい物を手に入れるための自分たちの組合」という誇りと責任、そして「手作り」という実感は強くなる。

 無農薬や遺伝子の組み替えをしていない近郊農家の野菜。ホルモンや化学飼料をつかっていない肉類。高級ブランドの加工食品、天然成分だけの石鹸。欲しいだけなら、お金さえ出せばニューヨークではいくらでも手に入る。だが、GHFCのメンバーに、その考えはない。彼らの感覚を、やや強引に言葉にするとこんな感じだろう。

「富裕層の生活を羨ましく思ったこともあります。ですが実際には、彼らほどの収入はありません。だから自分たちにできるやり方を模索するんです。そして、価値観に合ったライフスタイルを築く。充足感はひとしおです」

 金銭ではなく自分のフィジカルな労働力と時間を提供することで、自分の収入に見合った範囲内で、良質な食材を手に入れる。ここに運営の核心があると感じた。なるべく経費を使わず、貨幣を介在させないでも、よりよい食生活を手に入れたいと願い模索したときこそ、初めて自分の食生活を自分で切り開く快感と責任を、新たに手にできる。

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GHFCにあって、大手スーパーに絶対にないもの

 GHFCは少しでもコミュニティに浸透しようと、図書館での説明会や「2ヶ月間お試しメンバー制度」などを積極的に展開。会員獲得に一生懸命だ。現時点では、メンバー数は横ばい状態。それでも組合の収支はかろうじて黒字だという。人件費ゼロの仕組みは順調に働いている。むしろ、危急の問題は「どうしたらメンバーをもっと組合の店で購入するように仕向けられるか」だそうだ。

 ジェントリフィケーション(低所得者層の居住地域が再開発や文化的活動などで活性化すること)の影響もあり、近隣には大手スーパーをはじめ、自然食専門店もできた。小売店も増え、競争は激化の傾向にある。「メンバーたちは賢い消費者ですから、うちの組合で買う物とよそで買う物を分けている。トイレットペーパーや洗剤などの日用雑貨ではどうしても大量仕入れのスーパーに負ける。結果、メンバーは買物全体の10〜20%しかうちを使っていないんです」。この数字の底上げをするには、「もっと魅力的な商品開発が急務」とアリックスはいう。
 悩みや問題は常にあるものの、アメリカには市民運営型生活協同組合のモデルが少なく、GHFCはその中でも成功している3団体の一つ。この3年半たらずで、会員1,500人獲得は快挙であり、かなりの急成長と見ていい。一方で、一度走り出してしまったら、協同組合であろうと一般商店と同じ消費市場の競争に否応なく引き込まれる。そこで、いかに踏ん張って、ポリシーを貫き、安全な商品を提供し、かつ利益を出していくか。この難題を解決する原動力は、メンバーが抱く「自分の食生活は自分で築く」D.I.Y.意識にあるというほかない。

Photographer: Kuo-Heng Huang
Writer: Hideo Nakamura

 

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