愛されたギャング〈アル・カポネ〉。国民雑誌の表紙も飾った犯罪組織ボスの“隠れないイメージ戦略”をほじくり返す—G黒雑学

【連載】米国Gの黒雑学。縦横無尽の斬り口で、亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がし痛いところをつんつん突いていく、二十四話目。
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「友は近くに置け、敵はもっと近くに置け」
(映画『ゴッドファーザー』から)

「友情がすべて」のマフィオーソの道。しかし、
昨晩、盃を交わした友が敵になる。信頼の友の手で葬られる。
“友と敵の境界線は曖昧”でまかり通るワイズガイのしたたかな世界では、
敵を友より近くに置き、敵の弱みを握り、自分の利益にするのが賢い。

ジェットブラックのようにドス黒く、朱肉のように真っ赤なギャングスターの世界。
呂律のまわらないゴッドファーザーのドン・コルレオーネ、
マシンガンぶっ放つパチーノのトニー・モンタナ、
ギャング・オブ・ニューヨークのディカプリオ。
映画に登場する不埒な罪人たちに血を騒がせるのもいいが、
暗黒街を闊歩し殺し殺されたギャングたちの飯、身なり、女、表向きの仕事…
本物のギャングの雑学、知りたくないか?

重要参考人は、アメリカン・ギャングスター・ミュージアムの館長。
縦横無尽の斬り口で亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がす連載、二十四話目。

***

前回は、母ちゃんとずっと同居していたギャングや母の日にバラを大量購入したマフィアなど、の太い関係について話した。今回は、ギャングのアイコン、アル・カポネ。裁判に出廷するときには、映画俳優のように人々に囲まれるなど国民的スターのようなカポネに「自己PR術」「世間へのイメージコントロール法」などを学びつつ、今回と次回の二話をアル・カポネに捧げる。

前回は、母ちゃんとずっと同居していたギャングや母の日にバラを大量購入したマフィアなど、冷血横暴なギャングと彼らが愛してやまない「マンマ(母ちゃん)」たちの太い関係について話した。今回は、ギャングのアイコン、アル・カポネ。裁判に出廷する際には映画俳優のように人々に囲まれるなど国民的スターのようなカポネに、「自己PR術」「世間へのイメージコントロール法」などを学びつつ、今回と次回の二話をアル・カポネに捧げる。

▶︎1話目から読む

#024「国民雑誌の表紙を飾るマフィア— アル・カポネのイメージ戦略」

1923年創刊の米老舗ニュース雑誌『TIME(タイム)』。世界初の週刊ニュース誌として、政治・経済はもちろんのこと、エンタメにサイエンスなども網羅する国民の読み物だ。そしてこの表紙を飾るのが、著名人としての地位や名声、あるいは良くも悪くも話題性を証明する一種の指標で、これまでにも、東郷平八郎や昭和天皇、宇多田ヒカル、麻原彰晃などの日本勢、スティーブ・ジョブズやウィキリークスのジュリアン・アサンジ、セレーナ・ゴメス、最近では昨年10月号の表紙を韓国アイドルグループ「防弾少年団(BTS)」が飾ってきた。1930年3月24日発売号の表紙を飾った人が、「アル・カポネ」だ。

 アル・カポネは、言わずと知れたギャングスターだ(そして本連載では、もう“書きダコ”となっている多頻出人物だ)。その表紙の写真はというと、「指名手配中」や「◯◯の容疑で逮捕!」の文字が踊る、わけではなく、ただただカポネの笑顔ときた。そう、カポネは、国民の週刊誌の表紙に堂々と登場するほどに、堅気から愛された極道の人だ。なぜ犯罪組織を黒幕でありながら、公の顔となったのか。そこには、巧み極める視覚的な自己PR術と、ビジネスや利益には関係のない人情があった。


左がアル・カポネ。身長は179cmで恰幅もよく、当時としては大男だった。

隠れず堂々と、がポリシー。市街地にあるホテルに事務所をおく

「彼は、隠れない男でした。シカゴのど真ん中にオフィスを構えました」。アメリカンギャングスターミュージアムの館長さんが話すように、アル・カポネは、ギャングらしからぬ“世間への露出”をすすんでおこなうギャングスターだった。

 “シカゴ暗黒街の帝王”と形容されるカポネだが、シカゴ大通りの有名人でもあった——。その前にカポネの経歴をざっとおさらいしてみよう。1899年、ブルックリンのイタリア系家庭に9人兄弟の4番目として生誕。ちなみにフルネームは「アルフォンス・ガブリエル・カポネ」だ。少年期から札付きのワルで、ジョニー・トーリオやフランキー・イェールといった大物マフィアに気に入られ、次第にマフィアとしての頭角をあらわすように。ニューヨークからシカゴへと本拠地を移したあとも、ギャングの素質は光るばかりで、禁酒法時代には酒の密売でのし上がり、26歳で組織のトップにまで登りつめるという、年功序列を無視した破格のギャングとして名を馳せた。またメンターであったジョニー・トーリオは、ギャングを「犯罪人」よりも「ビジネスマン」としたアーノルド・ロススタインを慕っていたため、カポネ自身も犯罪人とビジネスマンという紙一重な境界線を、どちらかといえば「ビジネスマン」寄りにわたってきたのかもしれない。

 彼の事務所があったのが、シカゴの街のど真ん中にそびえていた10階建ての重厚な老舗ホテル「レキシントン・ホテル」の5階。ここの数室を貸切にし、犯罪組織のアジトとしていたのだ(そしてここに居住もしていた)。市街地にある“ホテル”という民間人の宿に堂々と入り込み、ギャングの仕事をしていたとは、強靭な心臓の持ち主とみた。のちにこのホテルは「カポネの城」と呼ばれるようになったという。

 この以前に事務所としていたのもまたホテルで、同じ都心部にあった「メトロポール・ホテル」だった。部下のために50室を貸切ったとの噂だが、驚くことにホテル周辺には市役所や警察署があったのだ。なぜ、市民の生活の中央に犯罪組織が堂々と姿を現すことができたのか? 「シカゴは、ギャングたちにとって、最高の場所でした。米国内でも屈指の“腐敗した街”でしたから」。警察や政治家たちのギャングとの癒着は激しく、カポネも当然のごとく警察や役人を買収していたのだ。


右がアル・カポネ。息子と野球観戦中。

不都合な新聞社買収。自分に不利な情報は金でコントロール

 本連載・第四話「ギャングの身だしなみ」の回でも話したが、カポネは自己PR術にも長けていた。有名なのが、「アル・カポネの白いボルサリーノ帽」。米国文化では、白い帽子には「善」のイメージがつきまとっている。それは、西部劇に出てくる白い帽子(ホワイトハット)をかぶった登場人物は、善人だから。「カポネは、“グッドガイ”、“ヒーロー”を暗に示す白い帽子をかぶることで、自分にそのようなイメージを植えつけたかったのでしょう」。さらに、群衆のなかでも目立つ色=白を身につけることで、「『(禁酒法を撤廃するため)市民のために闘っている』というスタンスを突き通し」、いい人イメージを民の潜在意識に植えつけた。

 さらに抜かりないのが、自身のバッシングに対する潰しだ。1920年代、ロバート・セント・ジョンというイリノイ州の新聞社「シセロ・トリビューン紙」のジャーナリストが、カポネ・ギャングの悪業をすっぱぬくようなスクープ記事を書いた。これに対し、カポネは手下たちにジャーナリストを暴行させる。それでも屈しなかったジャーナリストに対し、金で解決しようとしたが、ジャーナリストは断固受け取らず。それでは最終手段をと、カポネは新聞社を買い取り、結果的にジャーナリストを追放したのだ。自身の悪いイメージが世に出ようなら、金を叩いてまでメディア潰しにかかるのがカポネ流だ。

次回は、引き続き「アル・カポネ」。市井たちのあいだで「カポネ=いい人」伝説が作られたワケ、コミュニティを味方につけたカポネの戦略(または、素質)などを紹介し、地域のリーダーとなったギャングスターの実を話すことにしよう。

***

重要参考人
ローカン・オトウェイ/Lorcan Otway

20171117019_02のコピー

1955年ニューヨーク生まれ。アイルランド系クエーカー教徒の家庭で育つ。劇作家で俳優だった父が購入した劇場とパブの経営を引き継ぎ、2010年に現アメリカン・ギャングスター・ミュージアム(Museum of the American Gangster)を開館。写真家でもあるほか、船の模型を自作したり、歴史を語り出すと止まらない(特に禁酒法時代の話)博学者でもある。いつもシャツにベストのダンディルックな男。

Museum Photos by Shijo Arai
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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