「暗黒街の首相」はフランク・コステロ。市長にFBI長官、政治家と渡りあった外交的ギャング(時に猿まで手なずけて)—Gの黒雑学

【連載】米国Gの黒雑学。縦横無尽の斬り口で、亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がし痛いところをつんつん突いていく、三十話目。
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「友は近くに置け、敵はもっと近くに置け」
(映画『ゴッドファーザー』から)

「友情がすべて」のマフィオーソの道。しかし、
昨晩、盃を交わした友が敵になる。信頼の友の手で葬られる。
“友と敵の境界線は曖昧”でまかり通るワイズガイのしたたかな世界では、
敵を友より近くに置き、敵の弱みを握り、自分の利益にするのが賢い。

ジェットブラックのようにドス黒く、朱肉のように真っ赤なギャングスターの世界。
呂律のまわらないゴッドファーザーのドン・コルレオーネ、
マシンガンぶっ放つパチーノのトニー・モンタナ、
ギャング・オブ・ニューヨークのディカプリオ。
映画に登場する不埒な罪人たちに血を騒がせるのもいいが、
暗黒街を闊歩し殺し殺されたギャングたちの飯、身なり、女、表向きの仕事…
本物のギャングの雑学、知りたくないか?

重要参考人は、アメリカン・ギャングスター・ミュージアムの館長。
縦横無尽の斬り口で亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がす連載、三十話目。

***

前回は「ギャングとボクシング」について、ファイターとしてのギャング、そして試合を仕切るプロモーターとしてのギャングの役割にヒットしてみた。今回のターゲットは「暗黒街の首相と呼ばれた“マフィアのカリスマ”、フランク・コステロ」。FBI長官から市長までつうつうの仲、暴力よりも政治力を頼る“外交官のような”コステロに憧れたギャングは多かった。ギラギラのギャング、アル・カポネやラッキー・ルチアーノの影に隠れた、大物の手腕を学ぶ。

▶︎1話目から読む

#030「FBI長官からコメディアン、猿まで。人脈と政治力を駆使したマフィアのカリスマ、コステロ」

映画『ゴッドファーザー』で、ギャングのドン、ヴィトー・コルレオーネ役を演じた俳優マーロン・ブランドは、しゃがれ声を演出するために、頬に綿をつめて役作りに臨んだという。ブランドが体を張った結果生まれたヴィトーのしゃがれ声だが、実はモデルがいた。ニューヨークのシチリア系マフィア「コーサ・ノストラ」のボスとして知られたフランク・コステロだ。禁酒法時代、ラッキー・ルチアーノと組んでおこなった酒密輸やスロットマシンビジネスで巨万の富を築いたギャングとして知られている。

 本名、フランチェスコ・カスティーリャ。筋金入りの“イタリア系”の名前だ。「フランク・コステロ」というアイルランド風の名前はもちろん偽名で、なぜ本名を名乗らなかったのかについては、こちらの回で詳しく弁明しているので参照してもらえるとうれしい。

 話を戻す。コステロの名は、国民的人気を誇ったアル・カポネや、その悪党ぶりに憧れる輩も多かったラッキー・ルチアーノ、現代最後の“ハリウッド映画的なマフィア”と呼ばれたジョン・ゴッティ比べると、あまり知られていない。しかしコステロは、“全国マフィアのカリスマ”として、アンダーグラウンド界では、非常に崇められている人物だ。

「彼のような権力者になりたかった。彼の挙動を真似してみたりしてね。もし自分が、誰かになれるとしたら『フランク・コステロ』と答える」。アル・カポネの部下でシカゴのマフィア「シカゴ・アウトフィット」のボスも務めたサム・ジアンカーナは、コステロは「自分が尊敬する数少ない人物だ」と公言していたという。

 マフィアに関する歴史家でコステロに関する書籍も出版したアンソニー・ディステファノ氏もこう話す。「コステロは殺人鬼ではありません。タフガイでもありません。どちらかというと、政治家のようでした。外交官ともいえます」。

 FBIの初代長官ジョン・エドガー・フーヴァーや、大恐慌時代の混乱のさなかで「誰もが王様」というスローガンのもとに富の再分配を図ろうとした政治家のヒューイ・ロング。ニューヨーク市長を務めたウィリアム・オドワイヤー。これら大物政治家たちとつきあいがあったコステロは、しばしば“暗黒街の首相(Prime Minister of the Underworld)”と呼ばれている。


コステロの肖像画。

 コステロが交友関係を結んだのは、政治家だけではない。新聞社の発行人や記者、コラムニストなどマスコミ業界人から、モデル事務所関係者、実業家、弁護士、自身のクラブ「コパカバーナ」に出演するクラブ芸人や映画関係者などのエンターテイナーまで。冷静沈着な性格と「暴力より政治力」という姿勢で、幅広い交際関係を結んでいった。1957年、危うく暗殺されかけた晩も、伊新聞社の発行人と友人数名とレストランで食事をしていたという。

 晩年まで、メディア露出や自伝出版の誘いに渋い顔をしていたというが、1949年11月28日号の『TIME』誌の表紙に登場したのは有名な話だ。「コステロは、象徴的な人物でしたよ。それに、彼はベッドのなかで最期を迎えました(死因は、心臓発作)。アメリカン・ギャングスターにとって、それは“偉業”でした」と、アメリカン・ギャングスター・ミュージアムの館長さんも、暗黒街の首相を特別視する。

タクシーに札束置き忘れ。浮浪者容疑で逮捕?

 派手な“ギャング面”をするカポネやゴッティと異なり、目立たないながらも、影から力を発揮したコステロ。動物園の猿に唾を吐きかけられるも、なんども通い仲良くなったハートウォーミングストーリーもあったりする、お茶目な性格も持ちあわせている。

 エピソードとしてくわえたいのが、1947年2月20日のブルックリンの日刊紙で報じられた『コステロ、札束を返してもらう。$24453.35を差し引かれて』。賭博の売上金、2万7,200ドル(約300万円、当時の価値だと4,200万円ほど)を、うっかりタクシーに置き忘れてきてしまったというのだ。置き去りにされた札束は良心的な(?)タクシーの運転手によって届けられ、コステロのもとへ返されることになった。しかし未納税ぶんを差し引かれ、結局彼のもとに渡ったのは、元金額の1割ほど(2747ドル)だったという。やっちまったね。

 スロットマシン・ビジネスなどで儲けに儲けたミリオネア・コステロが、ある屈辱的な出来事が彼に降りかかる。1964年、タイムズスクエアのレストランで賭け屋と食事をしていたときのことだ。彼は警察に捕まってしまう。理由は「浮浪者容疑」。300ドルのスーツに、たった所持金6ドルだったから、という理由だ。それだけで逮捕できるのか、と疑ってしまうが。この逮捕を受け、記者たちが「コステロ氏、あなたは無一文なのですか」と尋ねると、硬貨をじゃらじゃら言わせ、ニヤッと笑いながら「ああ、本当だ」と言ったという。

 次回は「マフィアとフードビジネス」について。1940年代初期にチーズビジネスを仕切ったギャングや、本土イタリアで、年間160億ドル(約1兆7,000万円)の市場価値を生んでいる食・農業に携わるマフィアなどの話を食してみたいと思う。

***

重要参考人
ローカン・オトウェイ/Lorcan Otway

20171117019_02のコピー

1955年ニューヨーク生まれ。アイルランド系クエーカー教徒の家庭で育つ。劇作家で俳優だった父が購入した劇場とパブの経営を引き継ぎ、2010年に現アメリカン・ギャングスター・ミュージアム(Museum of the American Gangster)を開館。写真家でもあるほか、船の模型を自作したり、歴史を語り出すと止まらない(特に禁酒法時代の話)博学者でもある。いつもシャツにベストのダンディルックな男。


Eye Catch Image by Haruka Shibata
Museum photo by Shinjo Arai
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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