イベントも増えたよなあ。たとえば、ヒープス編集部のあるニューヨーク市内では今月末に「NYCフェミニスト・ジン・フェスティバル 2019」がひかえている。
同フェスは2012年から毎年開催されていて、今年で7回目を迎える。開催場所は名門女子大「バーナードカレッジ」。入場無料、年齢制限なし。
フェミニストと冠してあるだけあって、取り扱うジンのテーマは、主に「女性問題」や「LGBT」など。昨年のフェスでは70のブースが出展、約700人が来場した。さまざまなジャンルのジンが集まる大規模ジン・フェスティバルもブックフェアのようでたのしいが、ジャンルを縛るフェスは、コミュニティ集会のような役割も担ったりする。ぜひ、猫縛りでもやって欲しいと思う(編集部に猫好きが多い)。
さて時は2019年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。それどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもとの「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。
先月の、英国過去30年分のクラブカルチャーを詰め込んだ『Clubland(クラブランド)』に引き続き、またまた音楽大国・英国より。推し〜の1冊を紹介しますよ。女性DJ・プロデューサーを祝福するエンパワメント本『Pink Noise(ピンクノイズ)』。
『Pink Noise』Issue #2- DO IT YOURSELF より。
作っているのは物心つく前から幼馴染みのモイラちゃん(22)とアナスタシアちゃん(23)の二人組。DJやパーティ主催のハウツーコンテンツもあるくらいだから、地元では相当ブイブイいわしていたかと思いきや。彼女たち、DJ経験もパーティ主催経験も一切無し。なんなら育ちは、音楽シーンに活気があるとはいえないイギリスの田舎。
えっ、説得力ないじゃん! とちゃぶ台をひっくり返したアナタ、もう一度ちゃぶ台戻して。彼女らが出版した1号2号は国内外からのラブコールでソールドアウトしているんだから。音楽素人ギャルズの「玄人には作れないページがある!」という48ページをペラリ。
HEAPS(以下、H):モイラちゃん、こんにち…あれっ、アナスタシアちゃんがいない。
Moira(以下、M):帰宅ラッシュの渋滞に巻き込まれちゃってて、少し遅れるみたい。アナスタシアはマンチェスターで私はロンドン在住。だから今日はスカイプ3画面でよろしくね。
H:はい!って、2人の拠点は別々なんですね。幼馴染みと聞いていたので、てっきりご近所さんかと。
M:私もアナスタシアも地元は同じダービーシャーというイギリスの片田舎。彼女は1つ年上で、小さい頃から家族ぐるみのつき合いでさ。高校までそこで一緒。
H:ジンを作りはじめたのは、お互い地元を離れてから?
M:そう。第1号は私が1人で制作。グラフィックデザイナーをしているんだけど、大好きな出版とエレクトロミュージックの両方をアウトプットできるのがジンだったってわけ。創刊後、すぐにアナスタシアからフェイスブックでメッセが来…
Anastasia(以下、A):やっほ~!遅れてごめんね!
H:グッドタイミング! いま「アナスタシアが創刊後にモイラにメッセした」ってとこですよ。
A:そうそうそう〜。デザインがすっごくイケてたし、女性のDJや女性のプロデューサーにフォーカスを置くコンセプトにビビッときた。で、彼女が一人で作っているというから、もう少し詳しく作ったりハウツーガイド的な部分も入れ込んでみない? よかったら手伝いたいってメッセした。ピンクノイズはすでにかっこよかったから、そこに私が何かを足していけないかなって。
左がモイラ、右がアナスタシア。
H:音楽大国で生まれ育った2人、ロックやパンクではなくなぜエレクトロにハマったの?
M:音楽は小さい頃から当たり前に流れていたけど、パパはレゲエ、ママはスカバンドを聴いてたなあ。だから何がキッカケってわけじゃないんだけど、エレクトロミュージックに惚れ込んじゃった。
H:エレクトロを爆音で楽しめるようなクラブ、ダービーシャーにはありました?
M:都会に比べると規模は小さいけど、クラブカルチャーも音楽シーンもあった。でも“音楽をたのしむ場所”っていうよりも、“踊って騒げる場所”って感じだったかなぁ。バーやパブで流れていたのは大体チャートミュージックだったし。クラブに行くのが増えたのはロンドン来てから。
A:メタル好きの子はたくさんいたけど、まわりにエレクトロ好きの友だちはいなかったかな。私も、大学でマンチェスターに来てから誘われてクラブへ。あの異世界観、興奮した!
H:クラブデビューはわりと遅めだったんだね。そんな2人がなんでまた、世界中の女性DJやプロデューサーを祝福するジンを?
M:個人的な意見なんだけど、音楽業界の一部は女性を招かれざる客のように扱うことが多いと感じていて。DJとかプロデューサーとか…なんか、女性って男性より機械に弱いイメージがあるでしょう? 実際にはそんなことないのにね。女性のサウンドエンジニアもいっぱいいるし。小さい頃から遊んでいるおもちゃって、大人たちが勝手に男の子向け、女の子向けって分類してあたえるじゃない? そういうことにも影響を受けてるのかなあと思う。
H:取り上げるのは女性だけと決めている?
A:ううん、男性への取材は絶対しない!っていうルールはない。イカした男性DJやプロデューサーもたくさんいるもの。でもね、女性に比べて、男性にはすでに取りあげらたり発信する場所が整っていて、思っていることを言えるチャンスが多いと思うの。だから、このジンは、女性DJやプロデューサーのプラットフォームになればと思ってる。
Issue #1 – THE ORIGINAL
H:実際に、クラブ界での女性DJ初心者として居づらさを感じたことって、自身でもあるの?
M:これはDJとしてではないけど、まずクラブに一人で行くってちょっと気が引ける。着てる服について何か言われたり。クラブは女性にとって安全とは言い切れないなと思う。
DJとしては、知りたいことがあってもなかなか質問しにくい環境だなと思う。初歩的な質問だったとしたらなおさら聞きづらい。男性の方が何でも質問できてる気がする。
H:確かに、そのクラブのDJたちがみんなすでに友だちや知り合いだったら入っていきやすいだろうけど、ゼロから入っていくというのはちょっと気後れすることもありそう。ピンクノイズのコンテンツはというと、そんな経験も知っているDJ素人ガールズの二人によって作られている。
M:イエス。フロアでDJ経験もなければパーティを主催したこともない私たち。だからこそ足を踏み入れたばかりの初心者や、これからなりたいと思ってる読者の本当に知りたいことがわかる。
H:でもでも、音楽のマガジンってやっぱり知識や経験あってこそ、みたいなのってない?
A:うん。最初の頃はそれこそ「プロのDJでもプロデューサーでもない奴らが書いたジンを、誰が読むんだ?」なんて声も聞いた。でも勘違いしないで。これは私たち素人の意見をただつらつらと綴ってるものじゃないの。人気DJや、毎度満員御礼のパーティーを仕掛けるオーガナイザーといった、その道のプロフェッショナルに取材した、プロフェッショナルなジンなの!
H:なるほど。素人目線での質問にプロフェッショナルが答えるジンってことですね。聞きたくても聞けないことを知れるのはいいなあ。
M&A:でしょーーーー!
H:では、その初心者目線で作られたコンテンツを拝見、ペラリ。
「クラブイベント主催の仕方」「初めてのCDJ選びのコツ」「女性DJブッキングプラットフォーム『ディスクウーマン』共同設立者へのインタビュー」…
個人的には、インスタに載っていた「ロンドン拠点のプロデューサーKidäのインタビュー動画」で、彼女が言っていた「音楽業界にはお金が溢れている。掴み取る方法さえ知ればいいのよ」の続きが非常に気になりますっ!ハウツーネタにくわえて人気女性アーティストへの取材、それにシーンを支える立役者の紹介。どれも業界ビギナーにとってはありがたい情報だ。コンテンツ企画はどうやって立ててる?
M:コンテンツは読者からの応募も採用しているよ。寄せられた“みんなが読みたいネタ”を、私とアナスタシアがスカイプやメールで話し合いながらキュレーションして取材。みんなのアイデア、おもしろくって。最近はありがたいことに、アーティスト側からのコンタクトで取材に繋がることも多くなってきた。
H:なるほど、読者の声から企画を作っているわけだ。それに昔からの仲の2人だから、距離があってもコンテンツのすり合わせがスムーズなのかもね。「クラブイベント主催の仕方」は、オーガナイザーを目指す人にとっては喉から手が出るネタですな。
A:でしょう? これはマンチェスターで毎回満員御礼のパーティーを仕掛けるオーガナイザー集団に取材した。クラブやアーティストのブッキングの仕方、資金集めに予算管理、集客方法に機材の設置方法はもちろん、「そんなことまで?!」な素人目線の質問もできる限り投げまくった。
最初はね、チケットの値段を低めに設定することが重要なんだって。売れなかったら嫌じゃん? それに踊るクラバーがいて初めてパーティーが成り立つ。集客はキーだからね。
H:へえ〜。かなり基礎的だけど、「いくらにしたらいいんだろう?安くすべき?」はいざとなったら悩みそう。
「初めてのCDJ選びのコツ」とかは、どうやって取材相手を選んだの? 選ぶ人によって答え変わりそうだよね。好みとかもあるし。
A:これはね、先生に聞きましたー! マンチェスターに住む音楽教師兼DJのルーシー。主に機材についての授業をおこなうルーシー先生に取材。スクール・オブ・エレクトロニック・ミュージックで知り合って、彼女の知識の豊富さに惚れ込んでオファーしたんだ。コツ知りたい? じゃあジンを読んでね(笑)
H:よっ、商売上手。ではコツはジンから学ぶとして、初心者DJにありがちな失敗ってあるかな?
M:う〜ん…初心者には“正真正銘の失敗”なんてないと思うの。
H:え?
M:だってスキルとかにおいては、まずはすべてが学びでしょ? 友だちが初めてDJした日の話をたまに聞くんだけど、納得のプレイはできなかったって。そりゃそうよ、最初っから完璧にできる人なんているわけない。強いていうなら、たのしめないことが最大の失敗。
H&A:おぉ〜!名言いただきました!(拍手)
M:もちろん緊張やプレッシャーはあると思うんだけど、たのしめないと元も子もない。
H:世界には、ジンも含めて音楽雑誌が溢れ返っているわけだけど、ピンクノイズはどんな音楽雑誌になりたい?
A:プロフェッショナルな音楽誌って、アーティステックに見せようとクールなコンテンツを発信しがちな印象。でも、ジンは読者をどうインスパイアするかってのが大事。だから、小難しかったりまどろっこしいことなしに、読者が知りたいことを常に発信できる読むとワクワクするようなジンにしたい。
Issue #2- DO IT YOURSELF
M:単純に読みたくなっちゃうようなね。ピンクノイズを読んで、誰でもできるんだってことを感じてもらえたら本望。
H:その願い、読者にしっかり届いてるんだろうね。その証拠にいま、カリフォルニア、テキサス、ベルリン、アムステルダムと国内外から注文殺到、そして完売。どんな手を使ったの(笑)?
M:私たちが聞きたいー(笑)。宣伝にお金を払ったことなんてないし、自然と人気になっただけなの。スーパーラッキーだったと思う。ウェブサイト以外にも、レコードショップで置いてもらってるんだけど、それも売り切れ。
A:実を言うと、レコードショップにはもう置いてもらう必要もないかなって。わざわざ国外からウェブサイトで購入してくれる人もいるんだし、そっちを優先させたい。ウェブから売れるってことは、欲して探してた読者だと思うから。くどいようだけど、私たちも読者と同じ初心者。読者と一緒に成長するマガジンってのがミソなのかも。
H:読者はやっぱり、エレクトロ好きやDJをはじめたい女性が多かったり?
M:もちろんそれもあるけど、幅広い層の人が見てくれている。年齢関係なく、はじめたい人なら誰でも読んでもらえるコンテンツがギュッと詰まってるもの。
A:実は男性購入者も多いの。
H:確かにデザインもわかりやすいフェミニストルッキングにしていないですよね。やっぱりそのあたりもいろいろ考えて工夫を?
M:ノン(ゼロ)。男性購入者を増やすためのビジュアル工夫なんて意識したことない(笑)。わかりやすく、かつ親しみやすいコンテンツのおかげじゃないかな。
Issue #2- DO IT YOURSELF
H:先出のニューヨーク拠点の「ディスクウーマン」に「フィーメールプレッシャー」など、女性のDJを盛り上げる団体は各地にあるよね。ピンクノイズはジンとしてこれからどう働きかけていく予定?
M:はじめたいけどなかなか一歩が踏み出せない女性の背中を、ポンッと押してあげること。大それたことはできないけど、それはできる。事実、ジンがきっかけで「DJはじめてみようと思う」ってメッセも何件かきた。
A:スケールは小さいかもしれない。でも、どこかに大きく響くのではなくて、個人個人に届けることができるというのが、ジンだと思ってる。どんなこともそれがスタートだよね。それってすごく重要なことじゃないかなあ。日本のどこかからも連絡がきたの! 英語で書かれているジンだしそもそもすっごく遠いのに、これってクレイジー!
H:そんな親愛なる読者との距離を縮めるため、ワークショップやパーティを計画していたり?
M:もちろん。近い将来、確実にやる予定。
A:読者と繋がれて友だちになれるなんて最高じゃん。ちなみに私、いまDJ勉強中!!!
H:次号はすでに制作中とのこと。内容をこっそり(?)教えてください。
A:これまでは技術面やハウツーに焦点を置いてきたんだけど、次号はセンシティブな内容に踏み込んだ意見ベースのコンテンツ多めの、ディ〜プな1冊にしようと企み中。タイトルは「リアル・トーク(REAL TALK)」。たとえば、エレクトロシーンでゲイとして生きていくこと。そういった、メインストリームの出版ではなかなか声に出しにくい内容の、シーンに実際にある問題に切り込む。ピンクノイズは炎上や叩かれることを恐れない。
M:発売日に関しては、まだはっきり言えないなあ。うちら2人しかいなし、取材・デザインから製本まで全部手作りだし。状況によって遅れちゃうこともあるから。プレッシャーを感じながら作るのもちょっと違うしね。
H:確か、大学のプリンターを使っていたんだよね(笑)
M:前回200冊製本後、手がいうこと聞かなくなった(笑)。けどまあ、数ヶ月後ってとこかな?
H:読者には長い目でみてもらいましょう。そのときには初ローンチイベントも開催、上達したDJアナスタシアがフロアを沸かすことになるかもしれないですね!
M&A:イエース。
Interview with Moira Letby and Anastasia Glover, Clubland
Photos via Pink Noise
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine