科学を愛したあの夫人。マリ・キュリーの逆境に負けなかった言葉たち 「人のことより、アイデアに好奇心をもて」アイコンたちのパンチライン

シティの真ん中からこんにちは。ニュース、エンタメ、SNS、行き交う人から漏れるイキな英ボキャを知らせるHEAPS(ヒープス)のAZボキャブラリーズ。
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7月のテーマは引き続き「アイコンたちのパンチライン」。パンチラインとは英語では「ジョークのオチ」、ヒップホップ業界では「印象的な部分」を意味するが、ここでは「発言中で一番の聞きどころ」。人の脳天と心に響く、パンチのある力強い言葉。古今東西、みんなの記憶に残る世界のアイコンたちを編集部がピック、彼らが口にしたパンチラインを紹介する。

***

子ども時代、「キューリ夫人」と呼び間違えた人は、日本全国に何人いるのだろうか。それは、ニコラス・ケイジを「ニコラス刑事」だと思っているくらいの間違いだと思う。ニコラス刑事はどうでもいいが、図書館や本屋の子どもの本コーナーに行けば、“キューリ夫人”の伝記は必ずある。なぜ“夫人”と呼ばれるのかも、子ども心に不思議だった。キューリ夫人、改め、物理学者・化学者の「マリ・キュリー」が、今回のアイコンだ。

近年、さまざまな職種・業界におけるジェンダーの平等性や多様性は社会の大きなテーマで、世界共通の関心ごとでもある。そんな時代にもう一度学んでみたいのが、キューリ夫人こと、マリ・キュリーの生き様について。
彼女は、100年以上も前から、女性の科学者として数々の偉業を成し遂げていた。たとえば、放射能の研究でノーベル物理学賞、ラジウムおよびポロニウムの発見でノーベル化学賞を受賞。世界初のノーベル賞を受賞した女性であり、世界初のノーベル賞二度受賞した人物でもある。ラジウムとポロニウムは、RaとPoとして、元素の周期表に仲間入り。科学の世界を、聡明な頭脳と科学へのただならぬ愛で開拓していった。ラジウムの発見や研究は、のちのガンの放射線治療につながっていくことになる。

子どものころから耳にしていたけど、知っているようで知らない。そんな彼女のことを、マリ・キュリーとして改めて。数百年前から、しれっと科学界で権威をふるっていた彼女の口から発せられたパンチラインを3つ、紹介しよう。

1、「Be less curious about people and more curious about ideas.(人のことよりも、アイデアに好奇心をもて)」

マリ・キュリーは留学生であり、苦学生だった。

昔から勉学に長けていたため、ティーンの頃から家庭教師のバイトをしていたマリ。大学へ進学し勉学を続けたいという意思はあったが、なんせ当時は「女性が大学になんて」という時代。残された選択肢は「パリ留学」だった。女性でも科学教育を受けることができる数少ない教育機関のソルボンヌ大学へ入学。家庭教師で貯めたお金と微々たる実家からの仕送りだけで、苦学生ライフをスタートすることとなった。逸話によると、貧乏学生まっしぐらで、暖房代が払えなかったのか、冬の寒さをしのぐため家では持っている服すべてを着込んだり、勉強にのめり込みすぎて食べることを忘れ、空腹でぶっ倒れたり。かなりエクストリームな学生生活を送っていたマリ。

時として、人の目も気にせず科学への執着ともいえる熱を傾けていた彼女は、かつてこう言ったそうだ。

「Be less curious about people and more curious about ideas.(人のことよりも、アイデアに好奇心をもて)」

人との交流よりも科学へのアイデアを突き詰めた学生時代。結果、最優秀の成績で物理学の学位を取得し、大学を卒業した。

その後、マリさん、“人のこと”にも好奇心をもった模様。1894年にフランス人科学者のピエール・キュリーと出会う。キュリー夫人の“夫人”の所以が、彼だ。二人は結婚し、仕事上のパートナーとしても放射性物質について共同研究。「ラジウム」を取り出すことに成功し、1903年にノーベル物理学賞を受賞する天才科学者夫婦となった。お金や豪華な暮らしより、なによりも研究に入れ込む物理オタクだった二人の実験室は、雨漏りする古びた倉庫だったという。

2、「Have no fear of perfection; you’ll never reach it.(完璧というものに対して恐れはない。決して到達することはできないんだから)」

ノーベル賞夫婦として賞賛されたマリ・キュリーだが、家庭でも娘イレーヌの成長と教育にも抜かりなかった。一見すると公私完璧だと思われていた人生にも、悲運が相次いで降りかかる。

まずは、1906年の“夫の事故死”。ノーベル賞受賞の3年後、夫ピエールが荷馬車に轢かれ死去するという不幸がキュリー夫人を襲いかかる。しかし、残された娘を養いながら、夫のソルボンヌ大学理学部のポジションを受け継ぎフランス初の女性大学教授に就任する、と気丈に偉業を成し遂げた。

と、さらに彼女に立ちはだかったのが、“スキャンダル”。「キュリー夫人、妻子ある年下の科学者と不倫騒動」だ。未亡人となった40半ばのマリは、亡き夫の弟子で、旧知の仲だったポールと近しい関係となった。研究熱心な彼に心を奪われ、妻子のあるポールと禁断の不倫へ。その状態が続くはずもなく、ポールの妻が、夫の机の引き出しにマリが書いた手紙を見つけたことで「別れないとマスコミにバラすから!!」。結局、その手紙はマスコミの手にわたり、ビッグスキャンダルとして新聞の見出しを飾ることになってしまった。2度目のノーベル賞受賞*、3日前の話。

*ノーベル化学賞で、ラジウムとポロニウムという二つの新元素の発見などが受賞理由。

世界中からバッシングを受け(「ジョンをだまくらかして、ビートルズを解散させた」と世界からバッシングを受けたオノ・ヨーコのよう)、心身ともに疲労困憊。世間の冷たい目が刺さるなか、それでもノーベル賞授賞式には出席する。実は、裏には「批判なんて気にするな」とマリを擁護するアルベルト・アインシュタインの存在もあったのだとか。

「Have no fear of perfection; you’ll never reach it.(完璧というものに対して恐れはない。決して到達することはできないんだから)」

この発言は、研究において“完璧を突き詰めるがために、恐れをなしてはいけない”という意味だと察する。誰もが羨む地位と名声、偉業、私生活を手に入れたマリ・キュリーのような人生にも、完璧などないのだ。

3、「I am among those who think that science has great beauty.(私は、科学のことをとてつもなく美しいと思う一人です)」

私たち夫婦のたのしみは、夜の実験室に入ることでした。そして、暗闇に弱々しく光る薬品の試験管やカプセルを眺める…。美しい光景でした。まるで妖精の光のようで」

マリの手記にはそう書かれていたという。この“暗闇に弱々しく光る薬品の試験管やカプセル”の正体は、研究対象であった放射性物質だ(放射性物質は光を放つ)。それに、トリウムやウランなどの放射性物質も実験室にむき出しで置いたり、電灯がわりにベッドサイドに置いたり、サンプルをポケットに入れたりという無防備ぶり。それもそのはず、当時、放射性物質の危険性は認知されていなかった。

第一世界大戦後に、やっと科学者のなかで放射線被曝の危険について知られはじめるが、マリは放射性物質を素手で取り扱いつづけたため、その手は傷だらけだったという。

被曝しつつも(その認識があったかどうかはわからないが)、研究を続行。その証拠に、100年以上経ったいまでも、彼女の研究資料は放射線を出しているため、鉛(放射能を遮蔽する効果のある)製の箱に封印されたまま。防護服で身を守らないと触れない。今後、1500年は放射性があるほどだ。

図らずも自らの健康、寿命にリスクをあたえながら、研究を続け、66歳で再生不良性貧血という病にかかり死去。放射線被曝が原因だといわれている。彼女の研究は、現在のがん治療につながっている。科学の進歩に命を捧げたマリ・キュリーの信念を、この言葉で締めくくろう。

I am among those who think that science has great beauty. A scientist in his laboratory is not only a technician: he is also a child placed before natural phenomena which impress him like a fairy tale.(私は、科学のことをとてつもなく美しいと思う一人です。実験室にいる科学者は、単なるテクニシャンではありません。その科学者は目の前で見せられる自然の現象をおとぎ話のように目を輝かせて感動する子どもでもあるのです)」


次回の「アイコンたちのパンチライン」は、
日系アメリカ人初の下院議員を務め、
“ハワイの英雄”として愛された政治家のダニエル・イノウエ氏。

“Americanism is not a matter of skin or color”
(アメリカニズムとは、肌や色の問題じゃない)

人種やアイデンティティが大きなキーワードである現代に響く、
イノウエ氏のパンチライン。

▶︎これまでのA-Zボキャブ

「ありのままの自分を受け入れて」LGBTQの星、60歳のスーパースターエレンが放てば常套句もピリリ。アイコンたちのパンチライン

「ぼくは、ただの“音楽を演る娼婦”」フレディ・マーキュリー、愛と孤独とスター性が導く3つの言葉。アイコンたちのパンチライン

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もしも〈平成邦画の主人公のセリフ〉が英語だったら。空飛ぶ豚・フーテン寅さん・ジョゼ、平成30年間の「あの一言」。

「愛だけが、時間も空間も超えられる」2010s映画、歯の浮くセリフに罵り言葉を改めて細かく見てみましょう。

「シャキっとしなさい!」一筋縄ではいかない2000sキャラたちのパンチなひとことを吟味しよう。

「うげぇ、超サイテー」!—90年代癖あり名映画の名台詞を解剖。“90s米ギャル捨て台詞”まで。

このクソメガネ野郎が!—『E.T.』『スタンド・バイ・ミー』青春の置き土産、80s名台詞を解剖。

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Eye Catch Illustration by Kana Motojima
Text by Risa Akita, Editorial Assistant: Kana Motojima
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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