「不法移民の皿洗いがミシュランシェフへ」メキシコ人が果たしたアメリカンドリーム、ウソみたいなホントのハナシ

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きつい・汚い・危険」の3K揃った現場仕事、極寒でも冷水の洗礼を浴びせられる洗車場、とにもかくにもこき使われまくる工事現場…ではなく、レストランの裏方。ここ米国では、そんな嫌われ仕事を「ぜひ!」と自ら買って出る陽気な男らがいる。母国から出稼ぎに不法移民としてやって来るメキシコ人だ。残してきた家族への仕送りのため、最低賃金をはるかに下回る時給でも文句も垂れずに働く。

ハタチのとき身一つで渡米してきた、カルロス・ゲイタン(Carlos Gaytán)もそのひとりだった。しかし彼がほかと違っていたのが、夢に描いたような一発逆転の成功をおさめたこと。皿洗いからミシュランシェフへ—これは文字通りアメリカンドリームを掴んだ男の、ウソのようなホントのハナシである

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カルロス・ゲイタン(Carlos Gaytán)

そのミシュランシェフ、元「不法移民の皿洗い」

 シカゴにあるレストラン「Mexique(メキシク)」は、にっぱち(景気が悪い2月と8月)知らずの繁盛ぶりだ。予約は数ヶ月待ち。国内はもちろん、ヨーロッパやアジアのフーディーもわざわざ足を運ぶほど。メキシク、という店名からメキシコ料理を出す店と想像するのはたやすいが、ここはフランス料理と融合されたまさに皿の上の美、言っちゃ悪いが、溢れんばかりのビーンズにワカモレ(アボガドのディップ)どさっという、あのメキシカンとはちょっと違う(そういうのも美味いけど)。

「ぼくの店では、メキシコ料理“定番”の豆類やワカモレはおおっぴらに使わないし、マルガリータのカクテルも出しません。『そんなのメキシカンじゃない…けど、美味しい!』と、いい意味でお客の期待を裏切るんです」

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 電話越しに、スペイン語訛りを感じさせない流暢な英語で話すオーナーシェフのカルロス。4年前、世界ではじめてメキシコ人としてミシュラン一つ星を獲得、さらにアメリカのリアリティ料理番組『トップ・シェフ』では3位に君臨。いま米国内のみならず、世界から注目を集める料理人だ。「フランスで修行とかしてたんでしょ」なんて想像は間違いだ。カルロスのスタートは、「不法移民の皿洗い」だったんだから。もっとも、カルロスでなければ不法移民の皿洗いとは、従来のゴールであったはずだが。

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店を畳む直前の電話「星、獲得しましたよ」

 不法移民の皿洗いから人気シェフに成り上がったカルロスのシンデレラストーリー、はじまりは遡ることメキシコ時代。貧しい家庭に育ち、家計を支えるためバーベキューを売り歩く母を手伝っていた頃。「オーブンの火の付け方や肉の焼き方、思えばあれが料理を知るきっかけだった」。そして、転機は二十歳、従兄弟を頼りにシカゴへ出稼ぎに。だが当然、「ビザ? そんなもの持ってなかったさ」。

「案外簡単に見つかった」というはじめての仕事は、老舗ホテル・シェラトン内にあるレストランの皿洗い。興味があったのはやはりコックのポジションで、「午後3時からのシフトだったんだけど、朝10時に来て仕込みの手伝いをさせてもらった、もちろん無給でね。現場を見てここでの料理を覚えたり、見て学んだレシピを自分で試してみたり

 日中はキッチンで学び、帰宅後は自宅で料理の練習。そんな日々の努力がシェフの目に留まり、1年後にはトントン拍子でコックになっていた。「一緒に皿洗いしていたメキシコ人からは嫉妬されたよ。でも10年後に必ず自分の店を持って見返してやるって目標があったんだ

 2008年、宣言通りめでたく自身の店メキシクをオープン。が、当時リーマンショックで世界金融危機まっただ中という不運が襲い、軌道に乗れないまま4年の月日が過ぎた。「妻に店を畳むと告げたのが月曜の夜。そしたら翌朝ミシュラン社から電話が来たんだ。一つ星を授与されました、って。で、翌週から店は満員御礼

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レストラン順調。しかし2年後、まさかの星失う

 ミシュラン店となりレストランビジネスはすこぶる調子がよかった。しかし2015年、まさかの「星、剥奪」。というのも「評価は1年ごとに更新される。一度星を獲得した店には、年に数回覆面調査員がこっそり調査にやって来るんだ。どうやらオーナーシェフは常駐してなきゃいけないみたいなんだけど、その時、ぼくちょうどいなくて」。シカゴとメキシコを頻繁に行き来していた時期だった。

 料理どうこう以前の理由で星を失ったカルロス。さぞ腑に落ちないであろうと思いきや「そうでもないよ。星のために料理をしているわけじゃないから」とあっさり。「だって、星を失ってもおいしい料理が食べられるレストランであることには変わらない」。その証拠に、客足は全盛期と変わっていないそうだ。

 彼にとって最高の称号とは、お客はもちろん、従業員ともに自分の料理で幸せになってもらうこと。常に謙虚を貫き、“星”に傲(おご)らず。情熱で料理を届けているからこそ、店は順風満帆なのだ。

息子と
カルロス、息子と。

20年皿洗いも「珍しくない」

「ぼくらメキシコ人はとにかく勤勉。皿洗いを10年20年続ける人も珍しくない。よくいえば献身的だけど、ぼくはもっと挑戦していいと思うんだ」と同胞の仕事倫理について持論を展開する。

 現在、ミシュランの星を持つメキシコ人シェフは、世界にたった3人だけ。しかもメキシコ本国にミシュラン認定レストランはなく、この3人のシェフも拠点は海外だ。そこでカルロスは、ミシュランが手の届かないところにある同郷の“未来の料理人”のため「地元でシェフを目指す若者をサポートしたい」と、今年念願のメキシコ店をオープン予定。シカゴ、メキシコ間を行き来しているのはそのためだった。

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昨日、うちの皿洗いがブッチしちゃって。開店からずっとぼくが皿洗ってたよ」。愚痴をこぼすところで、カルロスは弾む声で楽しそうにそう言った。有名シェフになったいまでも、山のような汚れた皿を相手にしていたあの頃、皿洗い時代と同じ勤勉さで、料理の一環に対峙する。紆余曲折を経たシェフの一皿は、メキシコの太陽のような情熱で世界中のフーディーを虜にする。

Interview with Carlos Gaytán
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Photos via Carlos Gaytán
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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