仮に「ラグジュアリー = 高価ゆえに一部の人しか体験できないもの」だとすると、もっともラグジュアリーかつわかりやすい体験の一つに「プライベートジェット」がある。SNS上で醸成された「プライベートジェット・セルフィー = ステータス・シンボル」という共通の価値観は、人々の投稿とシェアを通してさらに拡大しつつある。
それに対し、「誰もが無料で乗れるプライベートジェットを用意しました」というアーティストがあらわれた。一部の人ではなく、誰もがプライベートジェットに乗ったセルフィーを撮れるようにすることで、「そのセルフィーのステータス価値を無効化してみましょう」というのだ。果たしてその意図は?
やっぱり鋭い。あの異端の現代アーティストの新プロジェクトはソーシャルメディア風刺か?
プライベートジェット・セルフィーは、SNS上の「ステータス・シンボルだ」。そう言うのは、ヒープスでも以前取り上げた、異端の現代アーティスト「The Most Famous Artist(最も有名なアーティスト)」こと、マティー・モ。彼が新たにはじめたプロジェクト「セルフィーサーカス(SelfieCircus)」が注目を集めている。
やることなすことすべてが「異端」であることは、前回紹介した通り(▶︎「現代アートはスタートアップと似ている」。徹底的なデータ分析と直感、最も有名なアーティストが証明した“売れるアート”)で、ある意味、炎上アーティストではあるのは否めない。だが、インターネットやソーシャルメディアをテーマにした彼の現代アート作品は「その時代の世相を反映したアート」としての評価は決して低くはない。
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マティー・モさん。ご無沙汰してます。
インターネットが人や社会に及ぼす影響力とはどれほどのものなのかをはかる、いわばアートを通じた社会実験的な活動を続けている彼だが、今回のプロジェクト、セルフィーサーカスの“移動式インスタレーション”「ザ・プライベートジェット体験(The Private Jet Experience)」もその流れを汲むものだ。プライベートジェットを思わせるインスタレーションを通して、「まるでプライベートジェットに乗っているかのようなセルフィーが撮れる」という体験を無料でみんなに提供する。
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これがそのインスタレーション。
ご覧の通り、インスタレーション単体を見るとだいぶふざけているようにもみえる。過去の作品同様に、おそらくこれも「わざと」なのだろう。セルフィーさえ撮れればいいと言わんばかりの簡素な作りで、「そんなの(アーティストでなくても)誰でも作れるだろ?!」「アートじゃない」とヤジが飛んで来そうな隙は十分にある。そんなふうに人の違和感、嫌悪感を刺激するのも、彼のスタイルとして定着しており「そんなの誰でも作れるだろ?」への返答は、一貫して「なら、お前がやってみろよ?」である。
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マティー・モ氏、プライベートジェット(インスタレーション)組み立て中。
SNS上で醸成された“実態のないステータスシンボル”のカラクリを突く。
一般人はなかなか乗る機会のない「プライベートジェット」こと自家用ジェット。自家用とはいえ、実際は所有している人よりレンタルやチャーターする利用者の方が多いことを考えると、「それ、プライベート(自家用)じゃなくね?」「自分の都合で飛んでくれる飛行機ってこと?」と曖昧さを含む固有名詞だが、なにはともあれ「プライベートジェット」という言葉には、いまだセレブやビジネスエグゼクティブなど、影響力とお金を持った人のみがアクセスできる特別なものというイメージがあり、クレジットカードでいうところの、プラチナやゴールドと似た、ステータスシンボルとしての価値を内包している。
近年、その共通認識や価値観をさらに醸成しているのがSNSだ。以前は、人がプライベートジェットに乗っている様子など、一般人はテレビや雑誌など限られたメディアでしか目にすることがなかった。しかし、近年はセレブやビジネスエグゼクティブだけでなく、SNSから生まれた多数のインフルエンサーたちが、積極的にプライベートジェット・セルフィーを発信することよって、そのラグジュアリーな様子を目にする機会が圧倒的に増えた。
露出が増えれば、より多くの人の「プライベートジェットいいな。乗ってみたい」という欲求が刺激される。そして、刺激された人の数が、つまり、プライベートジェットに憧れるオーディエンスが増えれば増えるほど、プライベートジェットのステータスシンボルとしての地位は確固たるものになる。
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“プライベート・ジェット”でセルフィー中。
そういった背景を踏まえて、プライベートジェット・セルフィーは、SNS上の「ステータス・シンボルだ」とマティー・モは言っているわけだが、決してプライベートジェット・セルフィーを投稿する人たちを仰いでいるわけではない。むしろ、SNS上でインスタントに醸成された「プライベートジェット = 一部の人だけが体験できるラグジュアリー」という価値観および、そのステータスの脆弱さに気づいていたからこそ、無料で誰もが体験できる「誰でもプライベートジェット」は生まれたのだと思われる。
なぜなら、彼はこう話している。
“一部の影響力のある人しか撮ることができないとされるプライベートジェット・セルフィーを、誰もが撮れるものにすることで、その投稿写真が持つステータスを無効化する。それによって、みんなにはもっとクリエイティブになっていただき、プライベートジェットの次の、本当に影響力がある人ならではの『ステータス・シンボル』を探していただきたい。”
ここで無効化される可能性があるのは「SNS上の投稿写真が持つステータス」であって、プライベートジェットそのもののが持つ便利さや快適さといった価値が不当に下がるわけではない。それも興味深いが、「誰もが撮れるものにすることで、その投稿写真が持つステータスを無効化する」カラクリも、なかなか。
というのも、彼が作ったのは誰もがプライベートジェット・セルフィーを撮れるインスタレーションだけで、“無効化の手を下す”のは、あくまでも参加者およびSNS上の閲覧者だ。プライベートジェットでのセルフィーに憧れていた閲覧者が参加者となってセルフィーを撮り、ソーシャルメディアに投稿することでミッション・コンプリートとなるわけで、マティー・モはきっかけを作ったに過ぎない。
やり方はプライベートジェットをSNS上のステータス・シンボルに押し上げたやり方とまったく同じ。ステータスを作り上げるのも無効化するのも、もはやソーシャルメディアなしには生きてはいけない私たち人間の行動よるものなのだ。
この移動式インスタレーションは11月のLAを皮切りに、12月はマイアミ、2019年は北米30都市をまわる予定だそうだ。