磯の香り漂う街に鳴り響く、はた織り機の音。まだ鼻たれ小僧のころ、筆者の地元(京丹後市)のいたるところで「ガッシャン、ガッシャン」と聞こえていた。その“思い出の音”が、ほとんど響かなくなって久しい。
伝統工芸が日本のいたる日常風景から消えてしまったいま、特に若い世代が漆塗りタンブラーや有田焼ビアグラスをはじめ、伝統工芸を現代プロダクトに落しこむなど、地元の工芸品を再興しようと奮闘している。
三重県・白子(しろこ)にも、伝統工芸を守っている若者がいた。地元に1200年続く「伊勢型紙」の職人。傍らではホームページ制作や映像制作などもこなすという“ハイブリッド職人”の木村淳史(あつし)さんだ。
伊勢型紙とは主に着物、浴衣、手ぬぐいなどを染めるために使う道具。かつては着物やネクタイ、ベッドカバー、アロハシャツなど伊勢型紙の染物は多くあったが、スクリーンやプリントの普及で需要は激減している。1980年代には300人いた職人が現在では20人ほどで、平均年齢も70代前半と高齢化。
「あと5年でなくなる」といわれている厳しい現状において、木村さんが新たに提案するのは、「伊勢型紙の修業ができるゲストハウス『テラコヤ伊勢型紙』」だ。
「昔の『職人がみえる白子』を取り戻したい」
ゲストハウス「テラコヤ伊勢型紙」。宿泊しながら木村さんや熟練職人の手ほどきで、伊勢型紙を彫り、オリジナルの夏着物、浴衣、手ぬぐい作りをする。
コースには、1日体験コース、2日間のオリジナル制作コース、長期滞在の弟子入りコースがあり、“ひとまず”伝統工芸に触れてみようか、という人から、腰を据えて手に職をつけようとする人まで対応。「職人になりたい人の受け皿として修業できる空間」を提供している。
伝統工芸後継者不足の根底にあるのは、「後継者となりうる人材がいない」のではなく「育成する場がない」という問題だ。事実、職人も高齢になり弟子を取るのも困難、さらに「需要のない技術を若者に教えるなんて無責任なことはできない」という思いも手伝って、白子でも弟子入りを懇願する若い人を門前払いしていたそうだ。
伝統工芸を用いたプロダクト開発とは一線を画し、後継者問題の根源から変えていこうとするテラコヤ伊勢型紙。日本中の伝統工芸の「後継者不足」を救うモデルケースとなりそうだ。
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Text by Shimpei Nakagawa
Edit: HEAPS Magazine