女とバイク。この組み合わせがいま、ニューヨークで大活躍している。
女性バイカーといっても、“レザースーツに豊満バディをねじ込んだ峰不二子系”ではなく、重量級バイクを乗りこなす腕っ節の強いゲイの女たち。「男の憧れでも、女の憧れでもないであろうマイノリティ」だと自嘲する。そんな「我が道を行く」「タフなはぐれ者」の女たちがバイクにまたがり街を疾走…するのにはワケがあった。「わたしたちには、いますぐに届けなければならないモノがあるんです」
Photo by Justin Chauncey
渋滞もスイスイ。バッドアスなバイクライダーが運ぶ意外なモノ
乳児は母乳で育てた方が良いだとかどうだとか…は、子持ちではない私でも聞いたことがあった。だが、母乳が欲しくてもでない人がどうしているのかについては知らなかった。
母乳が十分にでなくて(もしくは手元になくて)困っている人のために、母乳を集め、殺菌して保存している「母乳バンク」というのがあるらしい。「わたしたちもその団体から連絡をもらうまで、そんなものがあることすら知らなかった」と話すのは、Sirens Women’s Motorcycle Club(サイレンス・ウェメンズ・モーターサイクルクラブ)の代表ジェン。彼女のもとに、母乳バンク「New York Milk Bank(ニューヨーク・ミルクバンク、以下、ミルクバンク)」から連絡が入ったのは2016年。突然のことだった。「母乳を、私たちのクライアントに届けていただけないでしょうか」。
相談内容はこうだ。マンハッタンの中心部から車で片道約1時間のところに、ニューヨーク州初の母乳バンクを開設する予定で、街の病院や個人宅へ母乳を届けたい。しかし、車では渋滞に巻き込まれることが多く、配達時間が読めない、または緊急時に対応できないのが問題。そこで、車よりも渋滞の影響を受けにくい「モーターサイクルクラブのあなたたちの力をお借りしたい」という。
メンバーに意見を仰いだところ、総勢約50人、全員一致で「Why not? (力になろうじゃないの!)」。そう、彼女らに届けて欲しいと依頼のあったのは、母乳。リキッド・ゴールド(Liquid Gold、金の液体)と呼ばれるほどに価値のある、命の源だった。こうして、彼女たちバイカーのボランティア活動がはじまる。
Photo by Kim Wetzel
母乳って高価なんです
モーターサイクルクラブのメンバー最年少は26歳、上は76歳。人種も年齢も職業もさまざまだ。フリーランサーやパートタイム勤務の人もいれば、ジェンのように平日はフルタイムで別の仕事をしている人も多い。
やり取りにはアプリのグループチャットを使用。母乳バンクから「今日はこのロケーションに母乳ボトル何本を届けて欲しい」という依頼が入ると、都合のつくメンバーが「わたし行けるよ!」と返す。メンバーの誰も都合がつかなければ、「ミルクバンクは輸送サービスの特急便を使うか、職員が配達するんだけれど、特急便は高額だし職員もいまの仕事だけで手一杯なのを知ってるからさ。できる限り協力したいんだよね」とジェン。
ここ数年、母乳バンクの認知度が上がり、需要は「バンクの保存スペースが足りないほど」伸びているそうだ。
Milk Bank
とはいえ、母乳は高額。今後、高額医療費貸付制度のようなものが適用される予定らしいが、現時点ではボトル1本、85gで約15ドル(約1500円)。500mlサイズのペットボトルの約1/6のサイズでだ。乳児の成長具合にもよるが「一週間で75本も飲むんだって。今日なんか150本も配達したよ」。ざっと計算して、一週間の子供のミルク代が10万〜20万円。それが払える、ということは「ほとんどは裕福な家庭。例外もあるけどね」。
「子を持たない人生」を選んでも、子の未来には真剣
ミルクバンクの職員もそのクライアントにしても、彼女たちにとって「この仕事をしなければ、交わることのなかったタイプ」の女性が多い。ひょっとしたら、モーターサイクルなんて「うるさいし、野蛮」と思っていたかもしれない。それが、ひょんなことから「母乳の配達」を通して出会い「いまではLGBTQパレード(クライアントにはゲイカップルも多い)やイベントに来てくれたり、私たちをホームパーティーに呼んでくれたり」の親しい関係を築いている。
「数週間前に届けたミルクでこの子はこんなに大きくなったのかって、毎回、感動させられるよ。ほら、この子なんて…」と、自身の携帯にはクライアントの子どもと一緒に写っている写真が。配達とはいえ、モノを届ける側と受け取る側、それ以上の関係を築いている様子が伺える。
「タイプは違えど、女同士。頑張っている人をサポートしたいと思うのは自然なこと。特にいまはこんなご時世だし、手を取り合っていかないと」。
ミルクバンクが探していたのは、ただの運び屋ではなく、女性のニーズを頭だけでなく心から理解し「母乳を届ける」という任務の重要性に共感してくれる「仲間」だ。「だから、このプロジェクトは女性に頼みたかった」。
重要な任務ゆえ、配達はボランティアではなく有料サービスにすることだってできたかもしれない。だが、そうしなかったのは、ひとえに近助の精神。
「バイクは不良の乗り物だとか。世間に根づくバイクに対するネガティブなイメージを壊していけたらいいね。外見やステレオタイプでジャッジし合うのは寂しいよ。協力し合えることはたくさんある」。命の源である母乳をバイクで届ける救世主。未来を担う子どもたちに多様性を体現する彼女たちは新しいロールモデルだ。
Photo by Kim Wetzel
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Milk Bank/Sirens Women’s Motorcycle Club
Text by Chiyo Yamauchi
Edit: HEAPS Magazine