【新連載】ギャング通の重要参考人が密告する「Gの活動報告書」アメリカン・ギャングスターズの知られざる“黒い雑学”

縦横無尽の斬り口で、亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がし痛いところをつんつん突いていく新連載、スタート。
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友は近くに置け、敵はもっと近くに置け

「友情がすべて」のマフィオーソの道。しかし、
昨晩、盃を交わした友が敵になる。信頼の友の手で葬られる。
“友と敵の境界線は曖昧”でまかり通るワイズガイのしたたかな世界では、
敵を友より近くに置き、敵の弱みを握り、自分の利益にするのが賢い。

冒頭は王道マフィア映画『ゴッドファーザー』の名言。
ジェットブラックのようにドス黒く、朱肉のように真っ赤なギャングスターの世界だ。
ゴッドファーザーのコルレオーネ一族やアル・パチーノのトニー・モンタナ、
デ・ニーロのアル・カポネ、ギャング・オブ・ニューヨークのディカプリオ。
冷血マフィアに荒くれギャングって兎に角、格好良い。
(フィルターを外せば、ただの犯罪者なのに)

ドン・コルレオーネが猫ちゃんをなでなでしている姿に
パチーノがマシンガンをぶっぱなつ姿に心を撼わすのもいいけど、
暗黒街を闊歩し殺し殺されたギャングたちの食、ファッション、表向きの仕事…
極道も人の子、彼らの生活に立ち入った雑学、知りたくないか?

まあ、知りたくなくても勝手にはじめてしまうぞ、「亜米利加ギャングスター101」だ。

といっても当方、刑事でもギャング研究家でもマフィアライターでもないので、
ここで重要参考人をつけることにした。
アメリカン・ギャングスター・ミュージアムの館長、ローカン・オトウェイ
9歳のころから筋金入りのギャングが周りにいる環境で育った、
最もギャングスターに近いカタギを

ギャング映画の傑作『グッド・フェローズ』の主人公故ヘンリー・ヒルともねんごろだったという館長と一緒に、
アメリカン・ギャングの正体を暴く

ギャングのいろはから、
ラッキー・ルチアーノに身だしなみを教えた「ファッショニスタギャング」
伝説の「女ギャング」、マフィアの主食ってやっぱりパスタか?「ギャング飯」
ギャングと「ゲイ」の意外な関係、「レコードレーベル」とギャング…
そこに館長しか知らないギャング秘話も盛ってみよう。

縦横無尽の斬り口で亜米利加ギャングの仮面をぺりぺり剥がし、
痛いところをつんつん楽しく突いていく少々きな臭い新連載、ここにてはじめ。

2のコピー

このミュージアムの背後には、金にまみれたギャング物語あり。「禁酒時代ゴロツキの巣窟スピークイージー、筋金極道とのデカい買い物」

「アメリカン・ギャングスター・ミュージアム」ほど、隠れ家のような秘密の館もない。場所は、ギャング臭が充満する街・ニューヨークの下町イーストビレッジ。飲食店や商店が立ち並ぶ雑居街、とあるアパートメントビルの1階に、まるでその身を潜めるようにひっそりと存在している。

 また、アメリカン・ギャングスター・ミュージアムほど、然るべき所に佇む館もない。というのも、この建物はその昔ホンモノのギャングスターが所有していたからだ。ミュージアムの隣にある劇場とパブも、元ギャングの巣窟。1920年・30年代、禁酒法時代真っ只中、筋金入りのギャングスターたちが夜な夜な出入りするもぐり酒場(スピークイージー)、ナイトクラブだった。当時、表には暖簾も入り口も皆無、中に酒池肉林なナイトライフが繰り広げられている気配はてんでない。ここにもぐり酒場があると知るごく一部の玄人たちだけが、隣の肉屋の裏口からダンスフロアへ辿り着く。まるでマフィア映画『グッド・フェローズ』の主人公が愛人とナイトクラブの厨房を通り抜けフロアへと舞い踊る、あのシーンそのまんまの世界だった。

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 パブの地下に掘られた洞窟(現在でも残っているらしい)から密輸酒の樽が次々と運ばれ、一週間で億単位の金が動くギャングたちのドル箱ー そんな禁酒時代が枯れたあとも、ギャングたちがこの場を牛耳っていた。が、60年代、劇場を経営したいと物件を物色していた館長の父がここを購入。禁酒法時代からのギャングで無頼漢のウォルター・シャイブという人物が担保つきで売却した(シャイブの前の所有者は、伝説マフィア、アル・カポネの友人フランク・ホフマンという密売人ギャング)。先祖代々からギャングが絡むいわくつき物件で幼き館長は育った、というわけだ。9歳のときには地下で発見された金庫をこじ開けるギャングたちと一緒に2億円の札束が出てくるのを目撃したり(この2億円はシャイブが根こそぎ懐に入れ逃走)、イーストビレッジがまだ無法地帯だった時代には父が何者かに刺されたり、劇場窓口係の母が強盗にあうのを経験してきたタフガイだ(実際会ってみると、強面に反比例した物腰柔らかな紳士)。

 数十年の空白の時間を経て、10年前の2007年、思い立ったようにギャング由縁のスポットにギャングミュージアムを開館することを決意した。理由は「ギャングって聞くと、みんなマシンガンをぶっ放つ冷血野蛮人だと思うよね。でも、素性は正しい理由のもとに金を動かすビジネスマンでもあり、ジェントルで愛しい人でもあるんだよ。扇動や偏見を抜きにした真のギャングストーリーを伝えたくて」。準備期間はわずか1年、某ギャングメンバー(誰かは言えないらしい…)から情報資料を集めたりしてオープンにこぎつけた。館にはギャングの歴史資料や事件を報じる当時の新聞、貴重な写真などに紛れて、トミーガン(トンプソン・サブマシンガン、小型軽機関銃)にアル・カポネが指揮したギャング抗争(聖バレンタインデーの悲劇)で使用された銃弾FBIから「危険人物ナンバーワン(Public Enemy No.1)」でマークされていた凶悪ギャング、ジョン・デリンジャーのデスマスクも堂々鎮座。メトロポリタン博物館やMoMAには飽きたツウのミュージアムビジターたちが、禁酒時代のセピア色写真や、蜂の巣と化したギャングメンバーのモノクロ写真を日々しげしげ眺めている。

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 次回の第一話では、手はじめに「ギャングスターって何者だ?」からはじめよう。ギャングっていつごろからいた? コロンブスもギャングだった? ギャングを語るときMワード(マフィア)を避けるべきワケなど、“ギャングスター”にこびりついたゴッドファーザーなイメージや世間の手垢を落としていこう

▶︎▶︎#001「コロンブスもラッパーもスヌーピーもギャング? ギャングスターの黒い正体」

Interview with Lorcan Otway

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重要参考人
ローカン・オトウェイ/Lorcan Otway

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Photo by Shinjo Arai

1955年ニューヨーク生まれ。アイルランド系クエーカー教徒の家庭で育つ。劇作家で俳優だった父が購入した劇場とパブの経営を引き継ぎ、2010年に現アメリカン・ギャングスター・ミュージアム(Museum of the American Gangster)を開館。写真家でもあるほか、船の模型を自作したり、歴史を語り出すと止まらない(特に禁酒法時代の話)博学者でもある。いつもシャツにベストのダンディルックな男。

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Eye catch image from the front page of the New York Evening Journal (Jan. 17, 1930)
Photos by Shinjo Arai
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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