“紳士の国”イギリスには、格式高い「ジェントルマンズ・クラブ」というのが多々存在する。サヴィル・ロウであつらえた高い背広に、車一台買えそうな時計をはめ食事会に社交会。いわば、カッコつけの飽和状態である(アメリカでジェントルマンズクラブは“ストリップクラブ”だが…)。日本でも増えてきたメンズ・クラブ、年齢層は幅広くなったとはいえ、やはり、格好いい。
敷居の高いジェントルマンズ・クラブ界に、誤って紛れ込んでしまったかのような敷居の低い(?)メンズクラブがある。標語は「It’s OK to be dull(まあ、だらだらしてていいんじゃない?)」。平凡な男たちが集う、カッコつけないメンズのための会員制クラブ「ダルメンズクラブ」だ。
“平凡賛美・退屈趣味偏愛”のゆるゆる男たち
ダメンズではない、“ダル”メンズだ。「ダル(dull)」とは、平凡な、普通の、だらだらした、ゆるゆるの、のんびりした…などの意味。きっとテーマソングは、ボブ・マーリーのドント・ウォーリー・ビー・ハッピーか、モンティ・パイソンのオールウェイズ・ルック・オン・ザ・ブライト・サイド・オブ・ライフ〜♪ あたりである。
ダルメンズたちは、平凡であることを賛美し、(他人の目からみたら)かなりつまらない趣味に情熱を掲げ、急がず焦らずマイペースな時間を心と体で愛する“フツウの男たち”だ。会員には、牛乳瓶集めに取り憑かれた男、ペンキが乾くのをじっと見つめるのが趣味の男、手帳コレクター、レンガコレクター…。「ダルメンズクラブ(DMC)」の会員になるためには、ありふれたものに美を見出す達人であることが条件だ。
個性が大事! と叩き込まれる昨今。時代に流され、自己啓発本をきばって読むも次の日には元どおり、“人とは違う”をSNSで必死にアピールしている誰彼も、このダルい紳士たちを見なされ。個性とは、突飛で奇抜をすることだけにあらず。平凡なものを愛で突き詰めたところにも潜んでいるのである(それに、彼らはまったく無理していない)。彼らの動画にはこんなキャッチフレーズもあった、Born to be Wildならぬ「Born to be Mild(マイルドでいこう)」。
世界一気の長〜いメンズクラブの真髄を知りたく、創設者で会長のグローバー・クリックと話す。2時間遅れの取材は、とってもダルにはじまった。
会長のグローバー・クリック(本名:リーランド・カーソン)
HEAPS(以下、H):「ダルメンズクラブ」会長、グローバー・クリックさん。
Leland Carlson(以下、L):ところで言い忘れたかもしれないが、私の本名は「リーランド・カーソン」だ。
H:えっ?
L:“グローバー・クリック”はペンネームだ。まあ、そうだな。今回はリーランドでいこう。
H:(早くもダルメンズワールド突入…。)まず最初に確認したいんだけど、クラブ名にもなっている「ダル(dull)」という言葉について。辞書には「退屈な、単調な、なまくらな」とあるけど、ダルメンが定義する“ダル”って?
L:ダルメンズは怠け者集団ではないし、退屈人間グループでもない。四六時中やることに追われている多忙なメンズだ。我々にとってのダルとは「ありきたり(ordinary)」を意味する。あれもこれも手に入れなければというプレッシャーには抵抗し、大きな目標に向かって邁進することを拒否する。自分たちにいま与えられたものを受け入れ感謝し満足する。肩肘張らずダルな感じでまあいいんじゃないか、という理念だ。
会長から送られてきた“ダルでいいじゃん”のイメージ画像。
H:ダル、一言で表すには意外と難しい。今回はあえて訳さずダルでいくことにします。会長はいっつもダル?
L:ダルであることにとても満足感を覚える。私は半隠居の会計士なのだが、帳尻合わせなどの作業は、すべて部下にやらせている。
H:仕事ぶりもダル、ですね。次は、クラブの成り立ちを教えてください。
L:はじまりは、バーでの会話だった。私はいまでもニューヨーク・アスレチッククラブというスポーツクラブの会員なのだが、ある日仲間たちとサロン内でクラブ会誌を眺めていた。ボクシングに柔道、レスリング…。仲間の一人がこう呟いた。「わしらはどの競技もやらないね」。もう一人はこう返す。「やっぱりわしらはダルだよね」。そして私は言った。「じゃあ、“ダルメン”のページを設けようじゃないか」。半分冗談で、半分本気だった。
ダルメンズクラブ公式サイト。
ダルメンズクラブ公式フェイスブックページ。
H:こうしてダルくはじまった…。いまでは公式ダルメンズサイトとフェイスブックページで、世界中のダルメンズが、自分のダルライフをシェアしている。
L:世界中のダルメンズがサイバー上で繋がっている。フェイスブックのメンバーは現在1万4,000人だ。それに、ダルメンズ委員会も世界各地にある。委員会といったって、よくある“委員会”にすぎない。(つまりカタチだけで)実際はなにもしていない。ときどき、退屈なミーティングをするだけだ。来年は英マンチェスターでダルでつまらないサミットも開催する。まあ、退屈に関する本を書いた著者を呼んだりするが…。
H:つまらないミーティングって言っちゃった…。どうやったらダルメンズ会員になれるの?
L:絶対条件は、「過剰な刺激を避ける人」。入会テストもあるよ(記事最後で受けてみよう)。
H:ダルメンには、あらゆるメーカーの牛乳瓶集めに凝る人やダルグッズのコレクター(レンガ、レストランのメニュー、楊枝、機内のゲロ袋、石鹸、ハンガー、ホチキスetc)、郵便ポスト撮影マニアがいます。地味な趣味を掛け持ちしているダルメンもいる? ギターや料理、ハイキングなどのいわゆる“趣味”も楽しんでいたり? ダルとダルじゃない生活のバランスって、どうとっている?
L:イエス。
H:(イエスで全部まとめたダル回答…。)では会長にとっての「ダルな〇〇」一問一答。まずはダル趣味。
L:公園のベンチに座ること。
H:ダル映画。
L:ノルウェーのスローテレビ(ありふれた出来事をゆったりゆったり放送するテレビ番組の種類)。たとえば、トナカイの大移動を延々流す放映時間168時間(7日間)のドキュメンタリー。
H:ダル旅。
L:ぼけっと周囲を見渡せる公園のベンチと好きなときに昼寝できる場所があれば、どこでも。
H:ダル本。
L:辞書が好きだ。他の本のように字が散乱しておらず、きちんと整列しているのがいい。
H:ダルミュージック。
L:メトロノームの音。
H:ダルスポーツ。
L:クリケットとカーリング(オリンピックでよく見る氷の上をゴシゴシしているあの競技)。
H:ダル飯。
L:マック&チーズ(マカロニにチーズソースを絡めた米国の定番料理)とオートミール。
H:マック&チーズ!(笑)!!! 気になったんだけど、ほかのメンバーのダル趣味、たとえば牛乳瓶集めや郵便ポスト撮影には興味ある?
L:いや、全然興味ない。ところで、君は「トレインスポッティング」を知っているか?
H:ああ、あのカルト映画。ヘロイン中毒ジャンキーたちが主人公の。
L:いや、そっちじゃない。ダルメンズの“トレインスポッティング”は、列車の車両番号やエンジン番号を記録する「鉄道ファン」のことだ。また、私個人はトレインスポッティング(記録)はしない。“ドレイン”スポッティングというのもあるんだ。
H:なんですか、それ?
L:道端にある排水溝(ドレイン、drain)、あるいはマンホールを愛でる人たちだ。英労働党党首のジェレミー・コービンもマンホール写真撮影が趣味だ。有名人のなかにはダルメンになれそうな人が結構いる。ロック歌手ロッド・スチュワートのダル趣味は鉄道模型。ツアー先の宿泊ホテルでは、模型組み立て用の部屋を追加で借りるそうだ。あるサッカー選手なんかはヒーローインタビューで、「どう祝いますか」との質問に「家に帰って柵のペンキ塗りを終えたい」と答えたそうだ。マンホール、といえば、日本にもマンホール蓋の愛好家たちがいると聞いた。
H:そういえば、日本のマンホールってその町のシンボルになっている鳥や植物などが彫られています。切手やコイン集めみたいなものか。
L:うん。ああ。そうだ。
H:最近は、個性的であることがかっこいいとされたり、前のめりに高みを目指す“意識高い系”もいる。ユニークであればあるほど善し、とされる社会についてはどう考える?
L:プレッシャー社会だよね。携帯電話など気を紛らわすものが多すぎる。それに、選択肢だって多い。スーパーのシリアルコーナーに行く度に、新しいブランドと味が増えている。ストロベリーにバニラ、チョコレート、ミックス…。
誰もナンバーワンにはなれない。それにナンバーワンが一番いい立ち位置かといえば、そうでもない。「2番目のねずみがチーズにありつく(必ずしも、1番目がいいとは限らない)」ということわざがあるだろう。若者よ、スローダウン。思い切ってダルになれ。
H:生き急ぐ社会に逆行して、あえてダル。
L:ダルは創造性を生む。刺激がなくて退屈だと、なにか新しいことを生み出そうとアイデアが生まれるんだ。テレビもない田舎で育ったある漫画家は少年時代、手に入るものでおもちゃの銃を工作した。
自転車に乗るときもだ。地面に顔を伏せてばかりいないで、ペダルをゆっくり漕ぎながら周りの風景を楽しむ。夏には草木がしゃくしゃくと育つのを観察する、秋にははらりと舞う落ち葉を目で追う、冬には雪がしゃりっと溶けていくのを見届ける。
H:あなたは松尾芭蕉ですか。
L:…。ちょっと最後の最後に話したいことがある。すぐ終わらせるから、いいか。
H:ええ、どうぞ…。
L:日本に行ったときの話だ。店でお弁当を6つ買おうと注文したのだが、なぜかみんな笑うんだ。なにかと思ったら、私は、おべんとうを“おべんじょ”と言ったらしい、「おべんじょを6つ」。
H:はっはっはっはっは!
L:オーケー、バイバイ。
会長の似顔絵(自身のフェイスブックのプロフィール画像)。
Interview with Leland Carlson from Dull Mens Club
1. なにかしないと、と衝動に駆られたことはあるか? 衝動を乗り越えることができたか?
2. あなたの好きな色は“灰色”か?
3. いままでで一番ワクワクした出来事を3つ挙げよ。3つ以上挙げられるか? それ以下か?
4. いままでで一番ダルだった出来事を3つ挙げよ。3つ以上挙げられるか? それ以下か?
5. 以前あったことのある人に挨拶し、「お会いしたこと覚えていませんなあ」と言われたことがあるか? そしてあなたの返答は「大丈夫です、私も覚えていませんから」
6. 訪れたことのあるダルな場所を挙げよ。1つ以上あるか。
7. 空港の荷物引き取りコンベアーを見るのが好きか?
8. これまでに読んだことのあるダルな本を挙げよ。1冊以上あるか?
9. 一番好きなパスタはマック&チーズか?
10. マーマイト*が好きか、それともベジマイト**か?(あるいは両方か?)
*英国圏で手に入るマズいと評判のペースト。
11. 機内食(エコノミー)は好きか?
12. 好きなデザートはライスプディングか?
13. あなたの嫁やガールフレンドは、あなたがダルであることを知っているか。
14. あなたを後援してくれるダルメンが2人いるか。
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All images via Dull Men of Great Britain book
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine