ボブ・ディランにパティ・スミス。 伝説のロッカーたちが溺愛するギター職人の奇抜な制作現場

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あのアパートが取り壊される、こっちのパブが改築される。

ニューヨーク市内の建物が取り壊しになると工事現場に顔を出し、古材集めに街中を忙しく駆けまわる男がいる。彼の名は、Rick Kelly(リック・ケリー)。大御所ミュージシャンたちの間では、ちょいと知られたギター職人だ。

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ニューヨークの一部をギターにしてしまう男

 リック・ケリーは、ギター職人(66)だ。彼の手作りギターを愛用するのは、ボブ・ディランにキース・リチャーズ、故ルー・リードに、それからパティ・スミス。

 リックのギターが伝説のロックンローラーたちに愛されているのは、もちろん彼の確かな腕によるものなのだが、もうひとつ特別な理由がある。それは、グリニッジビレッジにある彼のギターショップ「Carmine Street Guitars(カーマイン・ストリート・ギターズ)」に隠されていた。

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 作りかけのギターのボディや工具、CDが散らばる作業場の奥に高く積み上げられているのは、古材。そして一本一本にはマーカーで、「Bowery(バワリー)」、「Chelsea Hotel(チェルシー・ホテル)」、「Chumley’s(チャムリーズ)」と。

「この古材たちは、“The Bones of New York(ニューヨークの骨)”。ニューヨークのランドマークともいえるべき古い古い建物を支えてきた大切な骨組みだよ」

 いまはなきニューヨークの歴史ある建物から出た廃材を使ってギターを手作りする。彼は、“リクレイムドウッド”ギター職人なのだ。

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たった一人で集める、200歳の古材たち

「これが人生で初めて作ったギター」とリックが見せてくれたのは、葉巻きタバコの木箱で作ったギター。18歳のときに「一番安くギターを手に入れられるから」と自作したのだという。リクレイムドウッド・ギターの原点だ。

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「ぼく以外、リクレイムドウッドでギターを作る人、知らないなあ」。工場で大量生産されるギターのボディは、伐採したばかりの新しい木材で作られる。古材はひび割れていることが多く、打ちつけられた釘を抜くにも手間がかかる。

 誰にならうわけでもなく、はじめからギターを古材で作ってきた。かつてはデビッド・ボウイも訪れたこのギターショップを守り続けて半世紀、ニューヨークの古材をギターに生まれ変わらせてきた。

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「工事現場にたまたま通りかかった時、作業員たちに聞くんだ、『この古材、もらってもいいかい?』って」
 
 ニューヨークには築150年や200年などの古い建物が多く、1800年代ものの建築物には、ニューヨーク州郊外で採れたマツの木が使用されている。
 数百年もニューヨークを支えてきた木々たちだが、古材となってしまえばたどり着くのは海。古材のほとんどは、海に捨てられてしまうというのだ。

ディランのギターは「行きつけの酒場」、ルー・リードのは「伝説の宿」で。

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禁酒時代から続いていたグリニッジビレッジのもぐり酒場、「Chumley’s(チャムリーズ)」。詩人のディラン・トーマスやヘミングウェイ、スタインベックら文豪たちの、のちにはビートニク作家たちの溜まり場として栄えた文化人のサロンだ。

「ディランのギターはその酒場の古材で作られなければならなかったんだ。なんだって、チャムリーズは、彼の行きつけ酒場だったからね。ボディにあったシミを見て彼、『これ、俺がこぼしたビールのシミさ』と言っていたらしい」と笑う。

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 ニューヨーク・パンクの女帝パティ・スミスやトム・ウェイツ、セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスらミュージシャンたちの定宿となっていた「Chelsea Hotel(チェルシー・ホテル)」。ロックバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのシンガー、ルー・リードが晩年愛したギターは、このニューヨークのアイコン的存在のホテルの古材だ。

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取材中、Ricky, Ricky, Ricky!」と陽気に作業場にリックを訪ねに来たのは、パティ・スミスのギタリストLenny Kaye(レニー・キー)。バワリーやチェルシーホテルのギターを持っている、長年の顧客で友人だ。

 Bowery(バワリー)ストリートに立ち並んでいた安宿や19世紀後半に売春宿として有名だった「McGurk’s(マッガークス)」の古材、インディペンデントフィルムの巨匠、ジム・ジャームッシュ監督のアパートの古材からギターを作ったこともある。

 つい最近はニューヨーク最古の教会、トリニティ・チャーチの改修工事で出た古材を、昨年夏には火災で全焼してしまったセルビア教会の焼け焦げた古材を運び出してきた。

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 ニューヨーク中の古材を集めてきたリックにも、まだ手に入っていないリクレイムドウッドがある。今は服屋になってしまったパンクロックの老舗ライブハウス「CBGB(シー・ビー・ジー・ビー)」と1854年から続くニューヨーク最古のバー「McSorley’s Old Ale House(マクソリーズ・オールド・エール・ハウス)」だ。「前々からお願いしているんだけどね。なかなか手に入らないんだよなあ」

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ザ・ローリング・ストーンズのキース・リチャーズに、ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズ、ジャズ・ロック・バンドSteely Dan(スティーリー・ダン)のギタリストWalter Becker(ウォルター・ベッカー)もリックのギターをこぞって買う

タバコの煙も歴史も吸い込んで。リクレイムドウッドは生きている

 リクレイムドウッド・ギター職人は、古材を見ただけでギターの音が想像できるそうだ。「叩いてみてもよくわかる」、そういって、コンコン、と古材を叩く。

 古材は新材よりも良い音色が出るという。十分成長せずに切られてしまったためまだ柔らかく、音に成熟感がない新材と違い、古材は乾燥しているためボディの共振が弦に伝わり良く響くのだ。

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「ギターを作るからって、新しい木を伐採する必要ないのにね。ぼくは古材を使うことで、木々たちに少しでも長く生きてほしいと思うんだ。木を長く育てていくことの大切さや木の将来を若者たちにも考えてほしい」と木に対する素朴な愛と敬意を注ぐ職人。

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「ニューヨークの建物を支えてきた一本いっぽんに、歴史がある。何世代にもわたり家主や住人たちに受け継がれてきた。たとえば、高級ホテルだったのが、安宿になり、アパートになって。木々には、タバコの煙を吸う時代もあり、パーティーの熱気を吸い込む時代もあった」

 シミやヤニがこびりついていても焼け焦げてしまっていても、それはしっかり年を年月が経過した証。ギターの弾き手も自分の通い詰めたバーや泊まった安宿に思いを馳せる。

「古材たちはいわば、歴史の目撃者。まだ生きているんだよね」。リクレイムドウッドギター職人が街中から集めてくるもの。それは古材にたっぷりと吸い込まれたニューヨークの歴史と文化、そしてミュージシャンたちに届けるノスタルジアなのだ。

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Rick Kelly

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Photos by Kohei Kawashima
Text by Risa Akita

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