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  • Jan 8, 2017
ある日、ゲイだと気づいてしまった。妻も子どももいるごく普通の日常で<前編>
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ある日、自分がゲイだと気づいてしまったらあなたはどうするだろう。
妻も子どももいて幸せな家庭を築いている、ごく普通の日常で。

一人の男性に出会い、同性愛者となったロブ。妻子持ちで、人生も半ばの頃。
妻に打ち明け、訴えられ、会社も追われ、貯金も何もかもを失い、それでも自分を偽って生きることをやめて残りの半生をゲイとして生きた。

これは、ロブに出会い最後の数年間をともにした恋人の、日記をもとに書き起こした実際の手記だ。

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午前3時前

 ロブが死んだ。確かな時間は覚えていない。なんだかぼんやりと遠い記憶のようだ。深夜と明け方の、ちゅうぶらりんな時間帯。ブルックリンの病院から、何度か家に電話があった。もうずっと泣き続けていたから、まさにその瞬間、泣いたのかどうかなどとりたてて記憶はない。どんどんと悪くなっていくロブの容体。
あの日から、避けることのできない「その時」に向かって、ぼくたちはゆっくりと歩んできていたのだろう。そして、たどり着いてしまったんだ。

2、3日前

 容態が思わしくないため、ロブはホスピス(末期患者のための病院)に送られた。脳の出血が思った以上のダメージを彼にあたえたらしい。ただし、もはやとりとめのないことなのかもしれない。だって、その時すでに彼は、ただ息をしているだけに過ぎなかった。今更ダメージが何になるというのだろう。もうぼくのことをわからないのだ。看護婦はというと、最小限の痛み止めをあたえただけだった。
もう、人口的に延命する必要がなくなったということなのだろう。

 ロブは77歳。ぼくよりも22年も長く生きている。そう、父親ほど離れている人なんだ。彼はいつだって健康で、快活だった。毎日一生懸命に働き、それが彼を若くとどめていたのかもしれない。彼の年齢にありがちな、高血圧、高コレステロールなどもなく、本当に健康そのものだった。
「イタリア人の遺伝子だ」と、誇りに思っていたみたいだ。自分の作るイタリアンをいつも自慢にして、よく振るまってくれた。少しばかりヘビースモーカーだということをのぞけば、彼の体は本当に何ともなかったんだ。

6時間前

 ぼくは彼の手を握っていた。時々、握りしめるようにして、話かけ続けた。聞こえていたのか、ぼくの話すことを理解していたのかはわからない。彼は音をたてて呼吸をし、痛みのない眠りにいたようにみえた。彼のiPodを取り出してヘッドフォンをつけてあげ、曲を流した。”Non Je Ne Regrette Rien (No Regrets)”にして、ぼくはロブの頬にキスをし「おやすみ」と言い部屋をあとにする。家に帰った。

6日前

 ぼくは、脳卒中患者の病棟に向かって歩いていた。この日は病院に着くのが少し遅くなってしまった。
セラピストはちょうど、ロブに、慎重にアップルソースを食べさせているところだった。彼はがっつくようにそのアップルソースを貪っている。それもそうだろう、病院に運ばれてから、彼が飲み込むことのできる初めての食事だったのだから。

 彼の目は、しっかりとぼくを捉えた。ぼくたちの間の唯一のコンタクト方法、“視線”だ。病院に搬送された次の日、ロブが失ったものは声だった。
「声を失う」ということは喉(?)に脳の指示が正常にいっていないことだと認識していたから、彼がアップルソースを飲み込んでいることに驚きを隠せなかった。

「飲み込むことはできないものだと、てっきり」。
「そのはずだったんだけれど」と少し困惑したように主治医は言った。ぼくは頷いて、戸惑いながらもスプーンとアップルソースを彼女の手から取り、「いいですか?」と聞いた。
「最初はゆっくり。それから一回の量が多すぎるとだめ。飲み込んだときに変なところに入って苦しくなってしまうから」。ロブも隣でぼくたちの会話を理解していた。

 ロブは、まだ世界をきちんと認識している。自分の周りの出来事がわかっている。ただのアップルソースなのに、ロブはとても欲しがった。ぼくはゆっくりアップルソースを食べさせた。彼に、このちっぽけな栄養をあげられることがうれしかった。

6時間前

 その数時間後、ぼくはまたアップルソースをあたえた。このとき、さっきのうれしさは消え、代わりに恐怖がこみあげる。
「まるで赤ちゃんだ」。
 話すことすらできず、何かしたいときは体で訴える。ロブはまだ生きるのだろうか? 一体、何のために? 
 そう思いはじめても遅い。ロブはアップルソースを欲しがっている。何とかパニックを抑え、あたえ続けた。
 彼の横たわるベッドを離れ、廊下に出て歩いているスタッフに背を向けて、ぼくは一人で泣いた。声はでなかった。

昨日

 ロブは癇癪を起こした。ひどく興奮していたようだ。彼は容態が悪い間、我慢強さのかけらもなかった。病気をしたことがないからだ。珍しく風邪やインフルエンザにかかっても、すぐに回復してしまうのがロブだった。
 だからこの状況が我慢ならないんだろう。友人や家族から送られた、もはや萎みはじめた花に囲まれて、麻痺した体をベッドに横たえている。ぼくを見上げ、何か口のなかでもぐもぐ言うが、ぼくにはわからない。だから落ち着かせようと手を伸ばす。この状況に打ちのめされ、怒り狂ったこのイタリアンはぼくの手を払いのける。しばらくすると疲れ果てて静かになり、手を握ることを許す。小さなスポンジに水を含ませて、彼に吸わせる。ほとんど飲み下すことなどできないが、これが彼が水を飲むたった一つの方法なのだ。彼はひどく乾ききっていた。ひび割れた唇で何かもぐもぐ言うが、ぼくにはわからない。彼は黙って、ぼくを見つめる。

 彼の額を撫で、「大丈夫」と耳元でささやいた。「君が望まないことはしないよ」と。ぼくは、「君はもうすぐ死ぬよ」とは言わなかった。病院という場所で、ロブが既に心身ともに疲れきっているのがわかったからだ。
「ただ、少しの間の辛抱だよ」と言った。彼はゆっくり瞬きし、ぼくの手を、「わかった」とでも言うように強く握った。

4日前

 ぼくは、ロブの息子と一緒に病院にいた。ロブはかつて結婚していて、子どももいた。彼らはみんなとっくに成人していて、ぼくより少し若いくらいだ。ぼくは、ロブの家族やその親戚たちに“家族”の一員と認めてもらっている。ぼくとロブが一緒にいたのなどたったの3年であるにも関わらず、だ。ぼくたちは外科医や神経内科医、その他ありとあらゆる医療機器に囲まれていた。

「これが、昨日病院に搬送された1時間後のロブの脳です」と、脳外科医がMRIで撮ったと思われる写真を指していう。「そしてこれが、」今度は右側のもう一枚の写真を指して「1時間前」。

 ぼくはロブの息子を見た。「出血はひどくなっています」。外科医は続ける。「すぐに手術をしなくてはなりません」。真ん中の息子の目に、涙が溜まっている。「ちょっと待ってください」とぼくは遮った。「どういうことになるのでしょうか? 手術をしたら大丈夫なんですか?」。どうにか涙を流すまいと努力していたからか、声が震えてしまった。答えはわかっていた。きっと息子たちもそうだ。外科医は、データやらパーセンテージやら、長い説明を辛抱強くしてくれた。見込みはゼロに近いようだ。

 ぼくはぼんやりとした頭で想像した。歩くことも、話すことも、食べることも、飲むこともできない人となって手術室から出てくるロブ。その先に待っている日々を、人生と呼べるのだろうか。手術を許し、彼をこんな姿にさせたぼくたちを、ロブはきっと大嫌いになるだろう。MRIの写真を眺めて比べた。そして、ぼんやりと車椅子に座ったロブを思い描いた。スコッチをなめることも、自分の料理に舌鼓をうつことも、煙草をくゆらせることはもうないだろうロブのことを。

「手術はしません」、ぼくは言った。ぼくの隣に立っていた息子たちも頷いた。医者たちは困惑していた。手術のあとにどんな状態になろうと、命を救う手だてをするのが医者の仕事だからだ。ロブは、それまで紆余曲折だらけの素晴らしい人生を送ってきた。そしてこれが、彼の残された時間ということだ。

 医者はこの答えを予想していなかったようで、本当にそれでいいのか何度も聞かれた。「一度決めたら、もう戻れません」と。「1時間で出血はひどくなり、容態はぐんと悪化します。あとから手術をすると言っても手遅れになるんです。それでいいのですか?」

「はい、手術はしません」とぼくは繰り返した。涙はもう留まってくれなかった。ぼくの言葉が、小さな部屋でこだまする。

 互いにすがりついて泣くぼくと息子を残して医者は部屋をあとにした。医者は親戚たちにこのことを伝えるのにあちこちに忙しなく電話をしていた。静まりかえる部屋で、繰り返される同じ話。大勢の親戚と友人。彼はこんなにも人に囲まれてきた人間だ。

搬送された日

 病院の廊下を走っていた。ロブが緊急治療室に搬送されていく。ぼくはロブの右手を握った。ロブが強く掴んできたからだ。ショックでいっぱいの顔でぼくを見た。恐怖と、何が起こっているのかわからないという表情だった。周りではスタッフが一秒も惜しいというほど忙しそうに動きまわり、患者が運び込まれたりどこかに運ばれていったりしている。

 さっきまでディナーを用意していた。ロブが、何かとぎれとぎれにぼくに言うが、よくわからない。「…で、それ…どくんと感じて…」。ぼくはとにかくロブの手を強く握った。彼の体が、針やチューブでいっぱいになっていく。看護婦は行ったり来たりしている。

 ロブはMRIに入れられた。30分ほどして戻ったときにはひどく憔悴していた。ぼくに寄り添ってきて、耳元でささやいた。「俺のニップルリングを外してくれ」。ロブの息子も聞こえたようで、ぼくたちは少しだけ笑った。ぼくは注意深く両の乳首からリングを外した。ロブは感謝を込めてぼくを見た。その数時間後、ロブは集中治療室にいた。そしてさらにその数時間後、ロブはもう話すことができなくなっていた。

 看護婦はぼくと息子を見て、「誰が決断しますか」と聞いた。「彼が」と、息子がぼくを見て言った。看護婦はぼくにキリのない程の用紙にサインすることを求めたが、ぼくとロブの関係を訪ねることはなかった。ぼくとロブは結婚していない(ニューヨークでは同性婚が認められているが)。ただ、一緒に暮らしていた。

 深夜2時頃、やっと家についた。玄関を開けて気づく。ロブがこのドアをあけることなど、もうないのだろう。ゆっくりと部屋に入ると、作りかけのディナーはまだストーブに乗ったままだった。ロブの発作が起きたのが、たった数時間前だなんて。テーブルの上のものを乱暴にどかして、突っ伏して泣いた。まるで悪い映画の中にいるみたいだ。ただし、どうやらこれは現実で、劇的な奇跡のハッピーエンドが待っていることもなさそうだ。ベッドに横たわり、ロブがいつも寝ていた側に触れてみる。もう一緒に眠りにつくことはない。

 気づいたら朝だった。

1週間前

 ぼくとロブはマサチューセッツへとドライブしていた。ロブの一番小さな孫の「洗礼式」のために「家族全員」で集まることになっていた。せっかくだから数日の休みを取り、ボストンの前にプロビンスタウンのビーチでのんびりと過ごした。ものすごく長いドライブで、ぼくたちは終止冗談を言ったり、とりとめのない話をして煙草を吸ってコーヒーを飲んだ。ロブは、つい先日のMRIの検査で異常なしの結果を受け取っていた。数週間程、頭痛や眠気、ものがかすんで見えたりするなどのちょっとおかしな症状が出ていたのだ。こんなこといままで起こったことがなかったから不安がっていたけれど、この結果にぼくたち二人は本当に安心して、ビーチに行くことを楽しみにしていたんだ。

 ぼくたちは小さなコテージを入り江の向こうに見つけた。ちょうど二人で過ごせるほどの小さなバルコニーもあり、スコッチをなめて煙草を吸いながら、日が沈んでいくのを眺めた。一日中アトランティックに車を走らせている間、ロブは彼の両親の話をしてくれた。その夜、ぼくたちは近くのレストランまで歩いた。

 また別の夜、ロブは小さな丘をのぼりきることができなかった。ぼくは先に歩いてしまって、しばらくしてロブがぼくよりずっと後ろを歩いていることに気づいた。「大丈夫?」ぼくは心配になって訪ねる。「ああ、何ともないよ。ただ少し疲れただけだ」。ぼくは彼が追いつくのを待って、今度は彼の肩を抱いてゆっくり歩きはじめた。

3ヶ月前

 ぼくはロブを乗せていくところだった。小さな撮影をするのだという。ロブは、「家族のおじいちゃん」役でモデルとして参加することになっていた。数時間後、ぼくがロブを迎えに行くと、まだ撮影は続いていた。ぼくを見つけると、煙草を吸おうと言うので側に寄ると、彼の左手はバンデージだらけで血が滲んでいる。

「何があった?!」
 ぼくはわめいた。「ああ、カメラマンのくそ犬が噛んだんだよ」と、まるで傷を負った英雄のように少し誇らしげにそう言った。

 彼はいつだってタフな男だった。傷はひどいようにみえたが、かすり傷みたいに手をふるロブ。吸いかけの煙草を置いて、撮影に戻る。ぼくは感染症が怖いからと病院に行くように言ったが、ロブは頑固にそれを拒んだ。ぼくが、病院に行かないなら孫の洗礼にボストンには一緒に行かないから、とすごい剣幕でいうと、やっと折れて病院に行った。

 救急措置室の医者は、傷を消毒して新しいバンデージを貼って、きれいにしてくれた。彼女は感染症の薬の処方箋を書いている。「薬飲んでいるときにアルコールは飲んでいいのか?」などとロブが聞き、「駄目に決まっているでしょう」「服用したらアルコール全般は禁止です」とぴしゃりと言われていた。

 日曜でもう夜だったため、少し離れた薬局しか開いていないようだった。「ここで一番近くのバーはどこだろう?」。結局、ぼくたちは薬局に歩いてる間に見つけた近くのバーで一杯ひっかけることにした。その日、クイズ大会か何かを催していたため、バーはひどく混んでいた。クイズに正解すると、お酒が飲めるらしい。ロブは勝ち進んでどんどん酒を飲んでいた。おぼつかない足で薬局が閉まるぎりぎりになってたどり着き、「よし、そのくそみたいな薬を、おれにくれよ」とロブは言う。ぼくたちは馬鹿みたいにいつまでも笑っていた。

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