世界の大学には「本当か!?」と疑心暗鬼ながらも感心してしまう“夢のような授業”がある。ハンバーガー専門学校や寿司アカデミーは序の口で、ビヨンセの成功例から社会を読み解く「ビヨンセ学」や、ゾンビの存在意義とゾンビ映画制作を学べる「ゾンビ学」や社会やアートにおける男根を掘り下げる「陰茎学」も過去に存在した。そして、ある大学には126年続く伝統ある「名門アイスクリームクラス」がある。
生徒集め目的のお遊びクラスでしょ、と斜めな見方は残念ながら不正解だ。ラグジュアリーアイスの金字塔「ハーゲンダッツ」にポップでフレーバフルな「ベン&ジェリーズ(B&J)」、そしてサーティワンの「バスキンロビンス」とアイス界の巨頭たちが、みんなここの卒業生なのだから。彼らにアイスクリームを教えた、母なるアイスクリームクラスをすくってみよう。
Photo by Kohei Kawashima
“Cow to Cone(牛からコーンへ)”。126年「アイスの基本」を教えるクラス
起源は旧約聖書時代、デザートという嗜好品になったのは紀元前にローマの英雄ジュリアス・シーザーやアレキサンダー大王が、氷雪に蜜やミルク、果汁をかけて食べたこと、とされているアイスクリーム。その後、16世紀ごろからイタリアやフランス、イギリスで現代のいわゆる“アイスクリーム”が製造され、アメリカへと伝来。1846年には主婦が手まわしアイスクリーム攪拌(かくはん)機を発明、ある牛乳商が“余った生クリームの処理に”とアイスクリームを生産し、米国に流れ込んできたイタリア系移民たちもジェラートをせっせと手作りしていたという。
アイスクリームというデザート文化が浸透してきたころの1892年、ペンシルベニア州立大学で開講されたのが「アイスクリームクラス」だ。キャッチフレーズは“Cow to Cone(牛からコーンへ)”、目的はアイスクリーム製造の基本を教授すること。「地元には、数多く酪農農家がありました。酪農業が比較的忙しくなくなる1月に、このクラスはスタートしたのです」と歴史を遡るのは、同大学食品科学の主任教授で、20年前からアイスクラスのディレクターを務めるロバート・ロバーツ教授だ。「クラスでは、アイスクリームの原材料から組成、味つけ、製造過程、冷蔵保存のテクニックまで、質の高いアイスクリームの基本的な作り方を教えるのです」
Photo via Penn State Berkey Creamery
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126年の歴史をもつアイスクラスの存在は世界中に知れ渡っており、毎年受講の申し込みが殺到、およそ120人の生徒が参加している。これまでに世に送り出してきた卒業生は4,400人、「大きなアイスクリームメーカーから家族経営の小さなアイス屋、アイスクリームビジネスに参入したい起業家や食品科学業界の人々まで、幅広い生徒を教えてきました」。この“大きなアイスクリームメーカー”には、みな一度は口にしたことのあるハーゲンダッツ、ベン&ジェリーズ、バスキンロビンスが含まれているのだ。
原材料の配合&質が肝。大手メーカーにも吹き込むテクニカルな知識
「最高のアイスクリームを作る3つのキーは、〈バランスの取れた原材料の配合〉〈高品質の原材料〉、そして〈綿密な製造プロセス〉。あ、あとは〈細部に注意深く〉です」
毎年1月に開講されるアイスクラスには、アイス製造経験のない起業家や小規模アイスブランド向けに製造の基本中の基本を教える2日間の「アイスクリーム101」と、アイス製造業に携わりスキルアップを目指すメーカー向けの1週間の「アイスクリーム・ショートコース」がある。ショートコースの方がやや上級者向けで、使用するミルクや乳製品、砂糖のことまで詳細に学ぶ。「オンラインでもアイス作りについては学べます。最近はビデオもハイクオリティですし。しかし、情報の信憑性も不明ですし、わからないことを即座に質問できない。クラスでは実現できる“アイス業界のネットワーク作り”、これもできないですね」
Photo by Kohei Kawashima
アイスクリームの主原料は、もちろん牛乳。そこにクリーム、バター、練乳、粉乳などの乳製品と砂糖、果糖、ブドウ糖、水あめなどの糖分、水、フレーバー(チョコアイスの場合はココアパウダーなど)、卵黄、着色料、アイスクリーム内の組織を均一にする乳化剤などが加えられる。「おいしいアイスかどうかは、原材料の配合によって左右されます。材料によって配合も変わってきます」
そして味は、大元の素材の良し悪しにも左右される。シンプルな原料でできているアイスクリームには、その原料の質が味に直接反映される。つまり、アイスクリームの最も重要な原料「乳」が要ということだ。「私たちのアイスクリームは大学で飼っている150から200頭の乳牛から採れたミルクを使用しています」
材料を正しい配合でブレンドし「アイスクリームミックス」が用意できたら、ホモジナイザーと呼ばれる機械でミックスに含まれる脂肪球を細かくし、成分の組織を均一に完全混合。その後、低温殺菌し、0から5度で冷却(エージング)を経て、高速で撹拌(かくはん、混ぜること)し、急速に冷却・凍結(フリージング)。この凍結速度が速いほど、ミックス内の水分が細かい氷の結晶となり、なめらかな食感になる。「質の高い製造工程がアイス作りの肝になる。そこに、オーバーラン。さらに、いかに凍結速度を速くするかなど、細部への注意が必要になります」。
Photo by Kohei Kawashima
オーバーラン、アイスクリームクラスの基本用語が出現。これは、アイスクリームミックスを攪拌しながら凍らせる際に入る「空気の混入量」のことで、これがアイスクリームのなめらかさを決める。オーバーランが低いとねっとりと、高いとふわっとした食感になるのだ。
大手メーカーのアイスに「解決」を叩き込む
ベン&ジェリーズ、ハーゲンダッツ、バスキンロビンスも「彼らの方から私たちのクラスを見つけて参加してきました」。パッケージングデザインやブランディングなどは教えない。「アイスビジネスの“イノベーション(革新)”ではなく」、アイス製造の基本を叩き込むのだ。
「私の考えでは、物事は『すべて調子がいいときは多くを知らなくても問題なし』。車も調子よく走っていれば何も心配はいらない。しかし故障したときに、車がどうやって作動するかを知らなければ直すことはできません。だから、アイス製造工程で何かが間違っている場合、トラブル解決のスキルを知るべきなのです」。材料の配合や手順など、製造過程でのミスからおいしいアイスクリームができない、なんてことを防ぐためだ。「私たちのアイスクラスが、メーカー工場内でのテクニカルな問題解決に役立っていればうれしいです」
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ベテランアイスメーカーたちをも教えたクラス、126年の間でその授業内容も時代のニーズや社会背景に合わせて少しずつ変容させている。たとえば、「食文化のトレンド」や「テクノロジー」などの要因に合わせて。
「近年は、低脂肪や無脂肪、低糖や無糖、そしてハイプロテインなど、アイスクリームのトレンドも授業に盛り込んでいます」。さらに、広がりをみせるベジタリアンやビーガン用のノンデイリー(動物性乳製品フリー)オプションなども。あ、ソイミルク(豆乳)やアーモンドミルクで作るアイスクリー…。「乳を使用していないものは“アイスクリーム”とは呼べないですよ。強いていうなら“フローズンデザート”ですかね。製造方法は基本的に同じですが、生徒からは『豆乳を使うと、牛乳とは同じような仕上がりになりません』との声があります。そりゃ、豆乳は牛乳ではないのですから、タンパク質や脂肪分も違う。同じようには作れませんよね。私たちは世の中の動きやトレンドも注視しなければいけません。ノンデイリー・フローズンデザートは私たちにとって新しい分野なので、リサーチプログラムを発足したところです」
Photo via Penn State Berkey Creamery
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テクノロジーの発展も、アイスの品質向上に役立っている。「急速に加熱や冷却、凍結させる技術も進歩していますし、冷蔵の温度調節など機能も高性能になっている。将来、アイスクリーム製造のオートメーション化も進むと思いますが、絶対に“人間の手”は入ってくるので、人為的ミスは免れないです」
アイス教授によると、大手のアイスメーカーは工場も拡大し成長。中規模は消え、アーチザナル志向の小規模メーカーやアイスクリーム起業家は増加しているという。「大手アイスメーカーは、大量生産するためフレーバーの数も限られています。反対にアーチザナルメーカーは少量生産なので、ユニークなフレーバーも作れますね」
“一番安い快楽”「質を見極めるならバニラを試せ」
夜中に食べるといささかの罪悪感を覚えるアイスクリームだが、古代では疲れた体を癒す「健康食品」として摂られていたというから驚きだ。本当にヘルシーな食品なのか? 「もちろんです!アイスクリームには、3〜4パーセントのタンパク質に10〜15パーセントの脂肪分、炭水化物、そしてミネラルも含まれている。栄養素はバッチリです」
引き続き、アイスクリームにおける「ローシュガー・ローファット・ハイプロテイン」、そして「ノンデイリー・フローズンデザート」の需要はあると予想する。「フィットネスのあとに摂取するプロテイン食品としてアイスクリームが消費されるとみています。また、ベン&ジェリーズが市場を開拓したキャラメル、チョコレート、クッキーのような高脂肪でリッチなフレーバーや、ラグジュアリーなバニラフレーバーも根強いですね」
Photo by Kohei Kawashima
アイスの基本を教えるアイス教授が好きなフレーバーは? 「おぅぅぅぅぅ…。いまこの瞬間、目の前に出されたアイスクリームならなんでも好きです」。アイス博愛主義者だ。「最高のアイスクリームは、なめらかでクリーミー。そしてパッケージに書いてある通りの“味”がきちんとすること。ラズベリーと書いてあるのに、味が偽りのラズベリーではいけません」
来年1月に、開講127回目を数えるアイスクラス。アイス教授は、今後もクラスには需要があると楽観する。「過去も現在もアイスは、快楽に溺れる“一番安い”方法です。そしてもしどのメーカーが一番おいしいかを判断するなら、『バニラ』を試してみなさい。一番シンプルなフレーバーだから、素材の味が試されるし、誤魔化せませんからね」。誰かから聞いた「シェフの腕はシンプルな『オムレツ』で試される」と同じ原理か。おいしいアイスのようになめらかでいて濃ゆ〜い助言だ。
Interview with Dr. Robert Roberts
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine