27歳という若さで自らに銃をつきつけ命を絶ったカート・コバーン。先日の4月5日は命日ということもあり、多くのメディアで彼の若き頃の写真が出回った。それから四半世紀が経過するも、2017年には、グランジロックを牽引した「サウンドガーデン」のクリス・コーネル、その2ヶ月後には人気ロックバンド「リンキンパーク」のチェスター・ベニントンが。2018年には、人気DJアヴィーチー、そして先月にはUKエレクトロ・ロックバンド「ザ・プロディジー」のキース・フリントが、自殺。悲しいことに、“ミュージシャンの自殺”は、ここ毎年のように紙面の見出しを躍っている。
一向にボロボロなままの“音楽業界におけるメンタルヘルス”を回復しようと、近年、ミュージシャン専用の電話相談窓口が開通した。さらに、所属アーティストに“セラピー代を払うレーベル”も登場している。
プレッシャーに完璧主義。メンタルヘルス低下中のミュージシャンたち
ミュージシャンとメンタルヘルスというのは、いまにはじまった話ではない。たとえば、クラシック作曲家ロベルト・シューマンと統合失語症。ジャズミュージシャンと精神病というのも切っても切れない関係で、セロニアス・モンクやマイルス・デイヴィスなどのメンタルは、ドラッグの使用も合間って崩壊していった。
昨今の音楽業界で、ミュージシャンのメンタルヘルス問題は深刻化している。音楽産業リサーチ協会の調査(2018年、約1200人の米ミュージシャンを対象)によると、アメリカにおいてここ数週間で気持ちの落ち込みを感じているミュージシャンは、50パーセント以上(ミュージシャン以外の成人の場合は25パーセント以下)。ここ数週間で「死んだほうがいい」とまで感じているミュージシャンは、11.8パーセントもいたという(ミュージシャン以外では3.4パーセント)。
音楽大国・イギリスでも、音楽系シンクタンクがおこなったアンケート(2016年、約2000人のミュージシャン対象)では、71パーセントが不安を抱え、68.5パーセントが鬱気味だということがわかった。さらに、ノルウェーのあるリサーチでは、セラピーに通うミュージシャンは、ほかの職種に比べ約3倍多いという結果も出た。
ミュージシャンがメンタルをやられてしまう理由としては、コンサートなど大勢の前に出ることへの不安に、レコード会社からの圧力、完璧主義ゆえからくる自分へのプレッシャー、世間の自分たちに対する評価への恐れ、ツアーなど不規則な生活、アルコールやドラッグの乱用などがあげられる。専門家によると「年齢や経験豊富かどうかは関係ありません」とのこと。ちなみに、ミュージシャンだけでなく、プロデューサーやマネージャーなど、音楽業界人すべてのメンタルヘルス低下も指摘されている。
ミュージシャン専門ヘルプライン、音楽レーベルも「セラピー代払います」
メンタルが弱ればセラピーに通えばいいじゃないか、と思うかもしれない。しかし、金銭的にも余裕のないミュージシャンの場合は、セラピストに通うのはそもそも難しい。また、根本的な問題としてあげられているのは、大手レーベルが所属ミュージシャンに対して健康保険を提供していないケース。「レコードレーベルはアーティストに健康保険をあてがっていないくせに、生命保険はかけているんだな。笑えるぜ」と某ラッパーが暴露したこともあった。
さらに「なぜレコードレーベルは、所属アーティストのためにセラピストやメンタルヘルスのスペシャリストを雇わないのか」という疑問の声もあがっている。あるアーティストは、初めてレコード契約をしたとき、父親から「レコード会社からなにか福利厚生が提供されるのか」と尋ねられ、「思わず『そんなのないよ』と笑ってしまった」という経験も。レーベルにも顧みられず、セラピストに通うお金もないミュージシャンたち。先ほどの英国の調査によると、音楽業界の半分以上が、メンタルヘルスの問題を抱えていても、どこに助けを求めたらいいのかわからない状態なのだそうだ。
この状況を改善するため、さまざまな取り組みがおこなわれている。30年前からミュージシャンの経済的・精神的問題を解決しようとサポートしている米国の「ミュージケアーズ」もあるが、近年話題となったのは、英国発ミュージシャン専門の電話相談窓口「ミュージック・マインズ・マター」。また、ミュージシャンのチャリティを目的とした非営利団体「ヘルプ・ミュージシャンズ・U.K.」がおよそ1年前に開通、ミュージック・マインズ・マターの資金集めのために、アーティストたちがアルバムをリリースしたばかりだ。
相談窓口は24時間体制だ。セラピストたちが電話の向こう側から、アドバイスや心のサポート、セラピー療法のカウンセリング、さらには借金や法的な相談などにも乗ってくれるという。実際に窓口のセラピストを務めたことのある男性いわく、電話をかけてきたのは、誰か話し相手がほしいと当惑したバンドマネージャーや、自殺したいと漏らす年配のミュージシャン、不安症と鬱を抱えるミュージシャンなどがいたそうだ。
同様の電話相談窓口はオーストラリアでも開通されている。音楽業界人を対象にした24時間無料電話相談窓口「ウェルビーイング・ヘルプライン」では、プロの精神科医たちが悩めるミュージシャンたちの聞き手になっている。
慈善団体だけではなく、レーベルも動く。マック・デマルコを擁するカナダのインディーレコードレーベル「ロイヤル・マウンテン・レコーズ」は、今年2月から、所属ミュージシャン全員にセラピー治療代などメンタルヘルスにかかる費用を1500ドル(約15万円)まで支給するプランを発表。レーベル創設者は「ツアーをしたりバンド活動することはタフ。バンドたちが仕事をやりやすくするためレーベルが手助けするべきだ」とプランに踏み切った思いを述べた。
実際に、メンタルヘルス代を支給されたレーベル所属アーティストのひとりは「現在、不安症と鬱の薬物療法を受けていて、セラピーにも通っている。なので、このようなサービスにはとても感謝している」そうだ。
ウェルネスブームにのって、音楽業界のメンタルヘルスも向上?
大手レーベルも何もしていないわけではない。2016年、ソニーUKがメンタルヘルスの慈善団体とパートナーシップを結び、従業員のメンタルヘルス向上のため、オフィス内でヨガやボディ・アクセプタンスの講義、本社で「メンタルヘルスと音楽についてのパネルディスカッション」を開催するなど、音楽業界で働く人の心を癒そうと尽力している。
また、毎年米国テキサス州オースティンにて開催される音楽・映画のインタラクティブフェス「サウス・バイ・サウス・ウェスト(SXSW)」でも、今年は「ウェルネス部門」が登場し、各ブースではフィットネスクラス開催やウォーターボトル、靴下などが販売された。「音楽とウェルネス」を、直接繋ぐプロダクトやサービスがあったわけではないが、ウェルネス全盛期のいま、来年には音楽人たちを癒すウェルネスが登場してもいいだろう。
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Eye catch image by Kana Motojima
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine