「そのお肉、幸せだった?」“マインドフル・ミーツ(大事にされた牛肉)”を買い求める人たち。お肉を選ぶ話はどこまで進む?

オーガニックかどうか、どころではない。「その牛、大切に育てられたんですか?」を問う消費者たち。
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産地はどこなのか。オーガニックなのか。グラスフェッドなのか。それら「お肉を選ぶ」基準に、近年こんなものも入っている。「このお肉は、幸せだったのか?」

「ストレスを抱えずに、のびのびと育てられたのか」を、牛肉の購買における大切な判断基準にする人も増えているという。
  

インスタグラムで「牛たちの元気な姿」を公開

   
 食べる肉に対して「何を食べて育ったのか」、そして「大切に育てられたかどうか」を重視する消費者たちがいる。それは、ヘルシーかどうかの追求、または倫理的な観点からくるものだが、一般的に、糖質の摂取量が多い穀物牛より、牧草牛の方が「ヘルシー」だといわれている。理由は、牧草がビタミンやミネラルなど健康的に育つ上で欠かせない栄養素を豊富に含んでいること、また、カロリーやタンパク質の摂取量が少ないことから、成長が緩やかで、脂質が少なくなることがあげられる。ちなみに、霜降り肉は穀物牛であることが多い。
 
 本当のところは牛に聞かないとわからないが「牛だって不健康より健康でいる方が幸せだ」とすると、牧草牛の方が、穀物牛より幸せということになる。よって、「大切に育てられたかどうか」を突き詰めると、行き着く先は「グラスフェッド(牧草飼育牛)」になることが多い。

 とはいえ、「大切に育てられたかどうか」をどこまで突き詰めるかは、消費者にしろ生産者にしろ、各人によって異なる。「牛の生来の性格」や「食していた牧草地の状態」「解体されたときの年齢や体重」まで知りたいという消費者がいるということは、それに応える生産者も出てくるということで…。なかでも「行くとこまで行ったなー」という印象を受けたのが、カリフォルニア州のマインドフル・ミーツ(mindful meats)というブランド。そのまま訳せば、思いやった肉、つまり「大事にされた肉」である。

 同ブランドの牛は、農薬や添加物などの化学系のものを一切使っていないカリフォルニア州の豊かな牧草地で、のびのびと育てられる。どのくらい「のびのびと」かというと、多くの(食用)牛がたった2年ほどしかこの世に生きることを許されないのに対し「私たちの牛は、平均すると約6年ほど」と長い。そして、最期の日には「牛1頭1頭の目を見て『ありがとう』と感謝の気持ちを伝える」のだそうだ。

 また、牛に恐怖やストレスをあたえないように細心の注意を払う。無理やりではなく、牛たちが自然に牧草地から小屋に入るのを待ち、「牛たちが、何が起こったかに気づく間もなく安らかに眠ることができるよう、迅速に行動します」。動物の命への尊重であり、また「肉のクオリティにも影響するから」だという。


マインドフル・ミーツのオフィシャルウェブサイトより。
サイトのトップには、肉のパッケージ写真ではなく“牛たちの姿”をスライド写真で載せている、

 同ブランドのインスタグラムには、牛たちが牧草地で健やかに生活する姿も公開されている。ただ、母牛が子牛を愛でている様子をとらえたポストの隣には、牛肉の切り身が並ぶという不思議なバランスで投稿されている。実際、「自分が食べる肉とは、自分で育てるところから関わりたい」「幸せであることを自分の目で確かめたい」という消費者もいるのだと聞くと、牛の「健やかな姿」を確認できることは、一部の消費者にとって重要なのだろう。
 
 他にもカリフォルニア州のサクラメント・バレーで放牧を行う食肉加工会社「サンフェド・ランチ(SunFed Ranch)」も同様の方針で、商品を生産している。 
 
 このような動物の権利を尊重した「肉」は、コストや人件費がかかるため、一般的なものより通常5〜20パーセント高い価格帯となる(Humane Farm Animal Care調べ)。「それでも、人道的なものを選びたい」という消費者やシェフは年々増加している。その理由はその方が気持ちがいいから、そして、何よりその方が「おいしい」から、なのだそうだ。もちろん、味覚には個人差があるので、支持する人たちが「おいしい」と感じたという話にすぎないのだが。



マインドフル・ミーツのオフィシャルウェブサイトより。

どんどん複雑化する牛と肉のハナシ

 そんなに気にするなら「食べなきゃいいじゃん」という声もありそうだが、この「肉を食べる・食べない」における議論には、食における倫理的な話だけでなく、「環境問題」もくっついてくる。食肉の中でも特に「牛(ビーフ)」は、常々議論の的だ。なぜ、牛ばかりが槍玉にあげられているかというと、「牛肉は、環境負荷が高い」という声が高まっているからだ。

 平均的なサイズのハンバーガー1個に使われる牛肉(115グラム程度)を生産するために排出される温室効果ガスの量は、自家用車で15キロメートル走るのと同等という調査結果もあり、その量がずば抜けて多いと指摘される。比較して、同調査で豚は4キロ、鳥は1キロメートルと同等だった。

 そこで、ここぞとばかりにこの話を持ち出し、市場に躍り出てきたのが人工肉だ。大豆などの植物由来のものや、動物の細胞からとった少量のサンプルを元に培養したものなど、研究所で作られた人工肉が勢いをみせているが、牛肉そっくりの「人工肉」への注目の高まりが、環境への関心とも連動しているのは偶然ではない。
 人工肉の隆盛自体に異論はないが、支持者がその魅力をアピールするのに「環境負荷が高い牛肉より人工肉はサステナブルだ」といった文言を頻用して、人工肉を選ぶ正しさを大衆に訴えかける節があるのは気になっている。

 牛肉の生産者も言われっぱなしな訳ではない。「牛には環境負荷が高い」という指摘に対しては、「土壌による炭素隔離*の量を考慮すると、炭素の放出量は相殺される」と返す。これは「放牧して牛が二酸化炭素(温室効果ガス)を出す→牧草地の草木が呼吸・代謝して栄養素になり、土の中へ→土壌に還元→土壌が元気!」ということで、配慮した放牧をすればウィンウィンだという。

*大気中の二酸化炭素は植物が呼吸や代謝をすることで栄養素に変換され、植物の根を通し土壌に還元される。つまり大気中の炭素を土の中に“隔離”できる。

 “配慮した放牧”というのは、いわば「循環型の放牧」のこと。一ヶ所で放牧する「連続放牧」とは異なるやり方だ。場所を交代しながら放牧すれば草地の休養ができるので、牛が食べることによって減少した牧草は再生し、サステナブルな放牧の循環を生むという。また、上で述べたように、放牧することで環境に貢献する側面(土壌が活性化する)もあるので、ひとえに環境負荷が高いとは言えない。上述の、マインドフル・ミーツ、サンフェド・ランチは、この循環型のサステナブルな放牧を実施している。

 それゆえ、一つの研究結果をもとに「牛肉は環境に悪い。だから食べるのをやめよう」と言い切り、特定の方向へ人々を扇動するのはフェアではない。牛肉を食べないことが温暖化防止への「解決策」であり、食べることが「問題」といった、単純二択で議論を進めるのも危険だ。
 

放牧は「地域コミュニティ」にも関わる?

 この「サステナブルな放牧」が現時点であまりおこなわれていない理由は、「手間や人件費、そして知識が求められるから」。放牧の場所を変えるたびに、牧草地と家畜の健康状態を確認し、いずれかに変調があれば、移動させる期間や場所の調整が必要になる。なので、一見すると「効率が悪い」と解釈されてしまいそうだが、それは、牛肉の生産だけを考えた場合だ。

 いま、放牧の話は「地域コミュニティ」の話までに広がり、その視点で見れば効率が良い、という意見もある。放牧によって土壌の健康を保つことは、高品質の牛肉の生産に繋がるだけでなく、同じエリアで育つ農作物をより多く生産することに繋がり、結果的に農夫や牧場主の経営を助け、地域コミュニティの活性化にもなるからだ。また、牛が育つ牧草地という豊かな土壌は、森林と同様、私たちにとって不可欠なきれいな水と空気を生む、自然界のエコシステムの歯車の一つ。よって、長い目でみれば「土壌の健康を保つ放牧」は、究極にサステナブルだともいわれている。

さらに一歩踏み込んだ牛肉の透明性

 消費者が「透明性」を求めるようになって久しいが、食肉の場合、扱うのが動物ゆえに野菜や果物に比べて、情報の伝え方への配慮が求められる。消費者によっては「知りたいのはあくまでも肉の品質。解体前の牛の年齢や性格、名前なんて知ったら罪悪感でおいしく食べられなくなる」という人も、もちろんいる。

 そのため、各社、言葉選びは慎重だ。マインドフル・ミーツは、「生き物の命をいただくこと」へ多大な敬意を払いつつ、そのことを野菜や果物と同様の「収穫(harvest:ハーベスト)」という言葉で表現する。「食肉処理(解体)する」を意味する「slaughter(スローター)」よりも「ハーベスト」の方が「より人道的な意味合いを含むから」だという。
      
 また一方で「その牛が幸せだったかどうか」から、さらに一歩踏み込んだ視点を持つ消費者もいる。上述のように、今日食べる牛肉の品質だけでなく、地域の環境、未来の環境まで考慮したサステナビリティを追求する人たちだ。そういった消費者が追求したいのは、牛肉の品質に加えて、牛が育った牧草地の「土壌の状態(土壌の炭素隔離の量など)」「大気中のCO2濃度」もである。すでに、こういったネクストレベルの追跡が可能な牧場や食肉加工会社は存在し、今後、その数は増えていくと予想されている。
 
 サステナブルな牛肉とはなにか。それについては現在進行形で、さまざまな研究や議論、それにもとづく取り組みがなされている。いまや、見た目だけでなく味も香りも「牛肉そのもの」に限りなく近い人工肉が、研究室から安定供給できるシステムも整いつつある。

「穀物牛か牧草牛か」「死に際に『ありがとう』と言われた牛か」「今日食べる牛だけでなく、その牛の子どもが育つ土壌の未来まで考えて育てられた牛か」はたまた「研究室で作られた人工肉か」。
 少し前は、「産地」「オーガニック」といった情報が、消費者にとっての「どれを買うか」の選択の助けになっていたが、これほどオプション、および情報量が増えるとどうしていいのかわからなくなる。絶対的な正しさや正義はないゆえ、肉選び一つも「私はここまで追求する」と自分で線引きをし、行動指針を決めていくことが求められていくのかもしれない。

Photos via Mindful Meats
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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