「あの日がすべてを変えました」。異国に逃げた原発難民の現実<前編>
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2011年3月11日に起きた、大地震と原発事故は言うまでもなく日本に大きな変動をもたらした。特に東日本に住む大半の人々の人生に、大小の差はあれど、変化をあたえた。
その中には、放射能汚染を恐れ、異国で暮らすことを決めた人たちもいる。彼らはどんな暮らしを送り、何を思っているのか? 

2013年〜15年にかけて、僕はニュージーランドで暮らしていた。空気も水も透明で、人も優しい、とても住みやすい国だった。
僕は急進的な反原発論者ではなく、日本を離れることにしたのは放射能汚染が直接的な理由ではなかったけど、ニュージーランドは原発が1基もない国。原発事故が由来で移住した人は多く、彼らと袖触れ合わせ、時には寝食をともにするうちに、彼らの声が気になりはじめた。

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Image by Chris Gin

すぐに仕事をやめた。20歳以上年上の男性と結婚した元OL

 最初の出会いは、海沿いにあるヒッピータウンでのこと。
 街をぶらついているときに知り合い、仲良くなった日本人女性に、僕がライターだと伝えると原発事故が理由で移住してきた友人を紹介したいと言いだした。

 ノーメイクで素肌をさらし、長い髪を無造作に束ね、香ばしい緑のにおいがしみついた麻地のキャミとスカートをアンニュイに着こなす彼女は、郊外にある山のふもとにある、瀟洒(しょうしゃ)な家に住んでいた。聞けば彼女も、あの事故直後にニュージーランドに移り住み、ここで出会った男性と結婚したのだという。相手はスペイン人で、この土地の永住権を持っている。年の差は20歳くらいあるが、彼女のお腹には新しい命が宿っていた。

「あの日は東京にいたんだけど、海外に住んでいた友人に危ないって言われて。怖くなって、当時会計の派遣社員だったけど、仕事を辞めて、すぐにワーホリビザをとった。こっちでフルーツピッキングの仕事をしながら暮らしているときに、主人と出会って」

 彼女は、人もいいし食べ物も産地を選ばなくていいし、この国は安全、という。

「でも、日本人女性は放射能におかされているからまともな子どもが産めない、と、心ない人にひどいことを言われたこともあったわ。わたしは、子どもが生まれたら日本で暮らしたいという気持ちもある。主人も日本で住むのが夢だったというの。いまは、絶対だめだっていうけど」

 夫婦で話し合った結果、子どもが大人になるまでには日本の土をふむことはあきらめた。
 彼女の日常をみせてもらったが,出来るだけお金や電気などの資源を使わずに暮らしていて、水は雨水、灯りはろうそく、火は薪でまかない、排泄物を水で流すことさえ拒否し、土をほって埋めるスタイルを貫いていた。

「あの日をさかいに、無駄を削りたくなった。この生活は、あの事故へのちょっとした反抗。日本でこんな生活してたかって? してるわけないでしょ。普通のOLだったんだから」

森の中、ドラッグで現実逃避する男

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 彼女に連れられて郊外にある林の中に入ってゆくと、髪を腰まで伸ばし、タイパンツを着た上半身裸の男が立っていた。彼女が紹介したいというのは、この30代後半の男らしい。
 細い目、焼けこげたような黒い肌。何人かわからない形相だが、ひと懐っこそうな笑顔。背後にあるかなり年季の入ったテントが彼の寝床だ。

「あの事故の後、しばらくは日本にいたけど、放射能が恐くなって旅に出て、最初はアジアや南米を転々としていたけど、いつの間にかここに落ち着いた。ぼくはワーホリっていう年でもないから観光ビザ。働けないよ。だから、テント生活。ゴハンは教会でたきだししているから、もらいにいく。食うのには困らないね」と、なぜか自信満面な面持ちでぼくを見て言った。

 彼がこの地に来て3ヶ月がもうすぐ3ヶ月がたつという。そろそろビザが切れ、オーバーステイとなる。いままさに大きな選択を迫られているのだが、当の本人は「捕まったら、強制帰国だ」と笑うだけ。ビザは延長可能だが、めんどくさいのでここで潜んで暮らしてゆくつもりだという。

 以前は、高円寺で暮らしていたという男は、料理を愛し、エスニックレストランでコックをしていた。まあまあ繁盛していたし、充実した毎日だったという。しかし、あの事故をきっかけにかなり大きな変化が起こったようだった。
 当時、つきあっていた彼女は、放射能への恐怖から少し不安定になり、熱中していたハードコアのバンド活動はメンバーが避難の為に東京を離れて解散。大きな目標を失ってしまった。

「なんかそれでどうでもよくなって。もう料理はやりたくないし、既存の社会システムに嫌気がさしたんだ。人間の関係は、簡単に崩れるということも知った」という彼の姿、生活スタイルは、ヒッピーというよりもまるでホームレスだ。ここでは、安くドラッグも手に入るので、現実逃避をしながら時間を消費している。最近、精神的に不安定にもなっているという。

 これからどうするの?ここでずっと暮らすのか?という質問をした。
「なんとでもなるよ」と、彼は言った。しかし、目の動きが不安定に揺れた。

 夢、心の支え、充実した日々と仕事は、あの日を境にうたかたのものだと彼は悟り、それが現在の状況にいたる選択を生んだ。話をほればほるほど、輝きを失い灰色がかかってゆく目。
 もしかしたら起きることのない最悪のシナリオを信じ、自暴自棄になってしまっただけなのかもしれない。だが、あの事故さえなければ、高円寺で未だコックをしながら、週末には2万ボルトあたりで仲間とライブをする、好きな人生を送っていただろう。

▶︎後半、
「親には縁を切られた」「子どものために離婚してきた」
胸の内を明かす、原発難民の話は続く。

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Text by Daizo Okauchi

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