本家よりうまく演奏しない「個性は5パーセント」“ジョン・レノン”に聞く真似の天才〈プロのカバーバンド〉の業

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先日、“ジョン・レノン”と電話で話した。正確に言うと、彼はそのとき“ジョン”ではなかったが。彼は言った。「もう“ビートルズ”を演るのも今年で28年目だね」。ビートルズは、10年目で解散したはずだが。そしてその翌日、“ザ・ビートルズ”の生演奏を観た。ただし本物のビートルズではなかったが。

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28年間ビートルズ、ベテランカバーバンドがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!

 平成生まれの古い音楽好きにとって、考えるだけで身悶えしてしまう悲痛といったら「リアルタイムで、あのバンドを観たかった」。泣いても叫んでも、解散してしまった60年代バンドを観ることはできない。メンバーがもう天国にいる場合も多い。ほぼオリジナルメンバーのまま現役でワールドツアーをこなすローリング・ストーンズのような化け物バンドとなれば話は別だが。「自分の生前に解散してしまったバンド、当時観ることのできなかったバンドの生演奏が聴きたい」というファンの捨てきれない夢を拾ってくれるのが「カバーバンド」の存在だ。コピーバンド、トリビュートバンドともいわれている彼らは、場末のパブで爪弾くアマチュアから大きなハコを転々とツアーするプロまでいるが、本家バンドの名を背負い、忠実に再現する熱意にあふれたプロフェッショナルたちである。

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 “昔のバンド後追い世代”の筆者もこれまでカバーバンドを観て心の穴を埋めてきたこともあるが、常にカバーバンドに聞いてみたいこともあった。それは「本家バンドという大きな存在を背負う責任」「複数いるカバーバンドとの区別」「既存の曲のカバーしかできないというミュージシャンとしてのジレンマ」」など。つまり、カバーバンドとしての音楽と存在、そしてそのプライドを聞いてみたかった。

 こんな問いをぶつけるのに最高のバンドが、ビートルズのカバーバンド「ストロベリーフィールズ(Strawberry Fields)」だ。ビートルズ歴28年と本家より活動歴が長いベテランバンドで、先月末閉店したマンハッタンの老舗ライブハウス/レストランのBBキングで公演を終えた。バンドリーダーで“ジョン・レノン”役のトニー・ガロファロ(元NY市警〈サージェント〉なのでリアル・サージェントペッパー)にミュージシャンとして骨にしみる「カバーバンドの葛藤と歓び」を取材した(ちなみに本文中のカッコ内は、発言にあてたビートルマニア筆者の勝手なる選曲なので無視してください)。

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HEAPS(以下、H):トニーさんは、いつジョン・レノンになりましたか。

トニー(以下、T):1981年からだよ。『ビートルマニア』(ビートルズのカバーバンドが出演するブロードウェイミュージカル)の巡業団としてジョン・レノンを演っていた。ストロベリーフィールズのジョージ担当(ジョン)もリンゴ担当(マイケル)も巡業団にいた。ポール担当(ビリー)は、70年代の元祖ビートルマニアの初代メンバーだから大ベテランだ。バンド結成前からみんなそれぞれ、ビートルビジネスに関わっていたということになるね(『Tax Man』)。

H:4人のプロのビートルが集まったスーパーグループが、ストロベリーフィールズ。

T:“ビートルズ”を観るのに100ドル以上のチケットを支払ってブロードウェイに行くのではなく、バーやクラブ、レストランなどのベニューでもっと手に届く値段で体験してほしかったんだよね。だから、1991年に自分のカバーバンドを結成して(『Come Together』)、BBキングでも毎週土曜のブランチショーを18年間続けてきたというわけだ。

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H:“ジョン”はとてもファン想いだ(『Ticket to Ride:涙の乗車券』)。ジョンになった理由も、やはりフェイバリットビートルがジョンだったから? カバーバンドのパート決めってとても気になる。

T:基本的には自分の演奏楽器からパートは決まる。でも、知り合いには元々はドラマーやベーシストだったけど、ジョンになりたかったりジョンに似ているからギターをはじめたってやつもいる。だけど、無理にギタリストになったから結局続かなかったという(笑)。

俺は、1歳から母親のかけるビートルズのレコードを聴いて育って、5歳にはギターをはじめた。いま53歳だから、かれこれギタリスト歴も48年か…。ジョンは、昔から一番好きだった。言いたいことをはっきり言う正直さだろ、人の意見に捉われない性格だろ。彼の音楽が世界を変えただろ。彼は言いたいことがたくさんあった。そりゃ人としては完璧じゃなかったけど、はっはっは。

H:ジョンは皮肉屋でひねくれ者、変わり者でしたから(『I Am the Walrus』)。役になりきるためにはどのような努力をしましたか。

T:俳優の役作りのようなことだ。コンサート映像からインタビュー映像まで何百時間ものビートルズのビデオを片っ端から観た。口調やアクセント、癖などをマスターしてキャラクターを演じる。それに一番重要なのは、観客の前でいかに本家バンドに似せて歌うことができるかだ。ファンはビートルズの大ファンなわけだから、一曲一曲隈なく知っているし、最初の数曲でカバーバンドの良し悪しがわかる。正しく演奏できているかできていないかなんてすぐにお見通しだから。

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H:カバーバンドがぶち当たる難関は?(『A Hard Day’s Night』)。

T:多くの曲はビートルズが20代のときのものだから、まだ彼らも若い青年で声も高いんだ。ファルセットの域で。それを俺たちみたいな50、60代が歌わないといけない。歳をとるにつれ、しっかり歌の練習をしないと、高い声が出ない。対策としては、ライブの前日はしっかり睡眠をとる(『I am Only Sleeping』)。たとえ、当日、眠くても酔っ払っていても、なにか心の中にモヤモヤ悩みごとを抱えていたとしてもステージに立ったら忘れないといけない。喉が痛くたって疲れていたって腹が空いていて喉が渇いていても、ステージ上では“ビートルズ”。スーツにウィッグ、メイクをすれば、もう“ジョン”だ。

H:やはり本家バンドの音楽を背負っているカバーバンドとして、ファンに対する責任みたいなものがあったり。

T:責任はあるね。さっきも言ったけど、映像を何百時間も観てレコードも何万回も聴いて「ビートルズに関することで知らないことはなにもない」というレベルまでいかないと。実際、ビートルズの曲で弾けないものは一曲もないよ。

お客は、ビートルズを聴きはじめた3歳からエド・サリバンショー(ビートルズが64年に出演した音楽番組)の観覧やシェイスタジアム(いまはなきNYのスタジアムでの65年の伝説のコンサート)で、実際ビートルズを観た80歳までいるから。それに、当時ビートルズのチケットが手に入らなかったファンもいる。5、60回も観に来てくれているストロベリーフィールズのファンもいるし(『Get Back』)、プロのミュージシャンもいる。この前なんて、他州のカバーバンドの“ジョン・レノン”が観に来ていた(笑)。

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H:同業者同士の交流もあるのか(『WIth Little Help From My Friend』)。それより、シェイスタジアムで演奏済み!!! これはすばらしい。

T:2005年にね。あれは、史上最高にいい演奏だったよ(『I Feel Fine』)。シェイの40周年記念コンサートで、本家ビートルズをシェイに招致したプロモーター(シド・バーンスタイン)が俺たちを招いてくれた。本物のポールやリンゴもいたなか、 4万5,000人の前で演奏したんだ。

H:ビートルズカバーバンドでは唯一、ヤンキーススタジアムやフェンウェイパーク、シティフィールドなどのスタジアムでもコンサートをしたんですってね。ビートルズのカバーバンドって世界中に星の数ほどいると思うけど(『Across the Universe』)、他バンドとはどう違いを出していく?

T:まず、バンド名がキャッチーでしょ? ストロベリーフィールズはビートルズの故郷リバプールにある孤児院の名でもあるし(『Strawberry Fields Forever』)、セントラルパークにある記念碑としても有名だ。それに俺たちの場合は、ユーモラスなビートルズのように、ステージ上でジョークを飛ばしたり、メンバー、お客を巻き込んで掛け合いをして会場をダンスさせる。他カバーバンドのなかには黙々と演奏してお客も黙々と2時間着席ってこともあるけど、それじゃあ退屈だよね(『It Won’t Be Long』)。

H:それじゃあ、レコードを聴いているのと同じということか。実際、世界中にビートルズのトリビュートバンドはどれくらいいる?

T:有名なのは3組しか思いつかないな…。あとはアマチュアだ。まあ100以上は確実にいる。英語が喋れないイタリアのバンドもいるし、ビートルズの衣装を着ているバンドも着ていないバンドもいる。一人だけ飛び抜けてうまいけど、他のメンバーはまあまあ、とかね。

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H:ビートルズは4人の化学反応ですから(『Magical Mistery Tour』)。

T:そう、4人の個性の融合だからね。ストロベリーフィールズは、衣装の質にもこだわるし、楽器は全部ビンテージ。アンプやドラムセットも忠実に再現している。本家を完璧に真似して演じることが、お客を喜ばせる(『Happiness is a Warm Gun』)。

H:どこまで忠実に本家バンドをコピーするか、オリジナリティを入れるのか。カバーバンドって、そこらへんの塩梅が難しそうだなと。ストロベリーフィールズは完璧な模倣がモットー?

T:カバーバンドのなかには、元の曲を延長させて中間でオリジナルのギターソロを入れてみたりするバンドもいるけど、俺たちはレコードになるべく近いところまで突き詰める。本物のままに、そして曲に敬意を払うのが俺たちの流儀だ。

それに、素顔の露出は控えているんだ。俺たちは衣装を着ていないと意味がない。お客はビートルズのことは知っているけど、俺たちのことは知らない。リンゴ役のマイケルはつるっ禿げだし、ポール役のビリーは衣装を着ていないと全然ポールに見えない。でも、お客たちにとって俺たちは「2時間だけビートルズ」だ。

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H:パートタイム・ビートルズ。2時間だけのビートルズを28年続けていると、同じ曲を何度も演奏しなきゃいけないでしょう。正直、疲れることは(『I am so Tired』)?

T:それがね、どういうわけか疲れないんだよ。

H:毎回のライブで、セットリストを変えるから?

T:そうだね。ラジオでかかるようなヒット曲はもちろん一定数入れておかなければいけないけど、時には長らくライブ演奏していない曲やお客のリクエストにも応える。ドラムソロやギターソロも入れたり。それこそ、さっきも言ったように何度も来てくれる常連客からプロミュージシャンまで、幅広い客層全員を満足させなければならない。セットリストは事前に決めずに、公演前にささっと打ち合わせて決める感じ(『Let It Be』)。

それに、知ってる? ビートルズは、66年に一切のコンサート活動を休止してスタジオに篭った。だからそれ以降のアルバム(『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』『マジカル・ミステリー・ツアー』『イエロー・サブマリン』『レット・イット・ビー』『アビイ・ロード』)の収録曲は、実は本家ビートルズでさえステージで未演奏なんだ。カバーバンドとして、ビートルズも演奏していない曲を、お客のために演ることができるのはユニークだね。

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H:ヒョー。『オール・ユー・ニード・イズ・ラブ』のステージ生演奏の音ってないのか。選曲でストロベリーフィールズの味を出す。本家バンドに忠実にしながら、要所で個性を出す。

T:95パーセントは本物通り、5パーセントは個性を注入する感じかな。その5パーセントは自分のスタイルや才能、性格、たとえばステージ上の掛け合いだったり、歌い方のニュアンスだったり。ロバート・デニーロやアル・パチーノも100パーセント役になりきるわけではなく、少しだけ自分の個性を入れるだろ。完全コピーはやはり無理だからな。

あと、わざと自分の演奏スキルを少し抑えるのも大事。たとえば、俺たちのジョージは、本物のジョージより20倍30倍もギタースキルが高いんだ。だから、なるべくレコードの音に正確に近づけるためにも、演奏の質を本家に合わせなければいけない。自分の腕を誇らしげにひけらかしてはダメだ。

H:意外な苦悩。じゃあ、トニーもジョン・レノンよりギターはうまい?(『While My Guitar Gently Weeps』)

T:もちろんだ! ジョン・レノンは平均的なギタリストであって最高峰のギタリストではない。しかしな、ソングライティングにおいては世界最高峰だ。とにかくビートルズは、混じりあった4人の才能が超次元的だった(『Lucy in the Sky with Diamonds』)。

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H:自分のスキルを抑えて、正確な演奏に徹する職人ミュージシャン。本来の音しか弾けないカバーバンドのメンバーの一面と、本当はもっとうまく演奏できるプロミュージシャンの一面。カバーバンドとしては新曲はつくれないわけだけど、プロとして作曲したいと創作意欲はわく?

T:カバーバンドのメンバーは、たいていそれぞれサイドプロジェクトがある。ジャズにヘビーメタル、ロックンロールバンドにいたり、スタジオミュージシャンとして活動したり。俺は、ピアノやトランペットなどクラシックミュージックを演奏しているよ。

H:通常のバンドって常に「新しいサウンドを開拓しないと」「新曲では既存とは違うスタイル、アプローチにしよう」と模索しますよね。それがプレッシャーになっている部分もあったり。でも、カバーバンドにはもう完成されている音楽、そしてその中には大ヒットの曲があるわけです。そういう部分で安心感はありますか。

T:それはある。新しいものをつくる(create)という圧力はないけど、もう完成されたものを、オリジナリティを少々くわえながらも忠実につくり直す(recreate)という難しさはあるよ。お客はジョン、ポール、ジョージ、リンゴを観にきたわけで、ジョンを演じている“トニー”を観に来たわけではないからね。

Interview with Tony Garofalo of Strawberry Fields

ライブ当日のはなし(『A Day In The Life』)。サウンドチェック真っ最中の会場内で「ハロー」と声をかけてくれた“ポール”に気づかず、通り過ぎてしまった(『Hello, Goodbye』)。楽屋のドアをノックすると開けてくれた“ジョージ”は落ち着いた紳士の色気を漂わせ、ステージ20分前の“ジョン”はモミアゲづくりに没頭。“2時間だけのビートルズ”を観賞したあとバックステージに急ぐと、すでにウィッグを外した“リンゴ”に鉢合わせした。

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ジョン(トニー・ガロファロ)
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ポール(ビリー・レイ)
メンバーで唯一、本家ビートルズのコンサートに行ったことがある。
「1965年、ちょうど『Help!』が出たときに彼らを観たよ。ぼくのフェイバリットビートルは実はジョンで、ポールよりジョンを観ることに興奮していた。でもカバーバンドでは、“ポール”にならなければいけなかったんだよ。なぜかって?ぼくは左利きだからね(ポールは左利きのベーシスト)」
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ジョージ(ジョン・コルバ)
1990年代中期から“ジョージ”を演じるジョン(本名)。
「ジョージのギターはメロディアスだから、ちょっと難しい。好きなギターパートがある曲は『And Your Bird Can Sing』。ジョージ役をこなすのは簡単だよ。彼、無口だったから、あまり話さなくていいし」
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リンゴ役(マイケル・ベッルーシ)
最初に話しかけたとき、無言で見つめ返してきたマイケル。実はこれも“演じていた”のだと思う。一回口を開けば止まらなくなった。「ミュージシャンを目指したのは、ありきたりだけどビートルズをテレビで観てから。リンゴってみんなから愛されているよね。演じていて楽しいこと? これ(ウィッグ)をつけることができるから(自分で爆笑)』

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Photos by Shinjo Arai
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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