ノートルダム大聖堂の木造屋根が焼け落ちてしまった惨事が記憶に新しいが、現在世界各地では多数の「木造高層ビル計画」が遂行中だ。建築界における次世代の注目株は「木造」。高層ビル(スカイスクレーパー)とベニヤ板(プライウッド)を文字って、木造高層ビルのことを指す「プライスクレーパー」などという造語も出現している。
木造高層ビルのムーブメント前夜に考えたい〈木で作る高層建築と未来の都市〉。先日、“新しい木造建築”の概念を生み出した、ドイツの研究者に意見を聞いてみた。
高まりつつある、“プライスクレイパー(木造高層ビル)”ムーブメント
いま世界の建築業界が注目している素材が「木」だ。無論、金閣寺や日本一高い現存建築物といわれる東寺の五重の塔(55メートル)など、木造建築は太古の昔から存在するが。昨今の建築家たちは、鉄筋コンクリート製のビルがひしめき合う都市部に、木製の高層建築物を建てようとしている。
デンマークでは建築会社「C.F. Møller」が、木とコンクリートを素材とした22階建てのハイブリッド高層ビルを考案中であるほか、ロンドンには新しい木造建築材・CLT*を使用した10階建てアパート群が開発済み。日本では住宅業界大手の住友林業が2041年までに木材を主部材とした高さ350メートルの超高層ビル(東京タワーより少し高い)を都内に建設する構想を発表。また、今春には、世界一高い木造ビル「ミョーストーネット(Mjøstårnet、85メートル)」がノルウェーで完成したばかりだ。
世界初の鉄筋コンクリート高層ビルが建てられてから116年。「高層ビルといったら鉄」だった100年の時を経て、いま木造に回帰する理由は?
「木材は大いにサステナブルですから」。そう話すのは、独シュトゥットガルト大学のデザイン研究チームメンバー、ディラン・ウッド氏。同デザイン研究所が進める、“木の特性”を活かした14メートルの木製タワー「URBACH TOWER(アーバック・タワー)」のプロジェクトリーダーとして木造高層建築ムーブメントを肯定する。「強靭ながらも軽量、そして自然から生まれ自然に還るサステナブルな資材は、木材以外ないですからね。だからある意味、木材は“建築家が夢見る材料”なのかもしれません」
*1990年代にドイツで開発された木質構造用材料。小角材を並べた層を重なるように貼り合わせ、分厚い素材にしたもの。断熱性と省エネルギー効果、優れた耐震性があり、環境に配慮した“夢の素材”として注目されている。
自ら曲がっていく木材?テクノロジーも駆使、一歩先の木材建築デザイン
年々注目が集まる木造高層建築だが、今年に入ってから話題なのが先述のアーバック・タワー。この、ぐにゃりとツイストがかかった木製タワーのことだ。「このプロジェクトの目的は、木材を使ってこのように“冒険的な新しい建築の形”を実現できると証明することです」。
なにが新しくて冒険的なのか。まずはタワーの仕組みを説明しよう。この建物は、12枚の木のパネルを繋げるようにしてできている。そしてその1枚のパネルには「2枚の木の板が重なり合っていて」、「それぞれの木の板に含まれる水の量が違う」。その二つが、冒険的建築のキーとなる。
伐採した自然の木には、木が吸いあげた水分が含まれていて(その水分の割合を含水率という)、通常、木を木材として建築に使う場合は、木を乾かすところからはじめていた。というのも、乾燥していく途中で、木がねじれや反りを起こしてしまうから。だが、同プロジェクトではこの“弱点”に着目。異なる含水率をもつ2枚の木を意図的に層として重ねることで、水の少ない方の木が先に乾いき、結果、自然に曲がりはじめる。木の自然の力だけで、ツイストのかかった木材に仕立て上げていくのだ。木材のマイナスの側面を「私たちは利用したのです」。3日から5日かけて木が自らが曲がっていき、この曲線を生み出す。
なぜあえて木材を曲げる必要が? と思うかもしれない。建築の世界において木材を曲げることは「よくあることです。アーチや円柱を作る場合や強度を上げたいとき、また使用する材料の量をなるべく抑えたいケースなどですね」。これまでは「大きくて重い鋳型などを使用し、そこに木を押しはめて、木の曲がりを作っていました」(日本では、水分を多く含んだ木材を高温の蒸気で蒸して曲げる技術「曲げ木」も昔から活用されているが)。研究チームは、鋳型などの装置を導入する代わりに木が自然にしなる性質を利用することで、コストも時間も削減できると話す。
さらに、木材を曲げる過程ではテクノロジーを導入。コンピューターシミュレーションで、木材一枚いちまいの含水率から曲がりを予測し、希望する曲がり具合にまで調整することができる。木材のパネル12枚が自然の力で曲がったら、それらを建設場所へと運び、人の手とクレーンを使って組み立てる。所要時間はわずか5時間だ。
現在タワーは、大学の近くにある田舎町ウーアバッハの丘に立っている。空洞になっている下部には5、6人が入れるスペースを確保。「周辺の村のために作りました。地元民たちの交流の場になってくれたら」。都市部でのタワー導入は現時点では考えていないというが、木の“自然に曲がる力”を利用した木材を高層建築に応用してみたい、という。
「木材でビルを建てることは、“野菜”で建てることと同じ?」エコロジーな未来都市の木質化
“コンクリートジャングル”と形容される都市部は、環境へ悪影響をあたえているとして、近年槍玉にあげられている。たとえば、摩天楼ニューヨーク。数十年、数百年前に建てられた古い高層ビルは、日光が燦々と入ってくるガラス張りが多い。そのため、夏は暑くなりやすく冷房をガンガンかけ、反対に冬は寒くなりやすいため暖房をガンガンに入れる。省エネとは逆行し、二酸化炭素排出量が増えることから、「今後ニューヨークでは、鉄筋コンクリートのビルやガラス張りの高層ビル建設は禁止!」と、環境問題に熱心な市長が思い余って言ってしまうほど(正式に禁止されたわけではない)。一方で、二酸化炭素の吸収作用があり再生可能原料である木材は、このように温室効果ガスの放出量が多い都市部の建築利用を期待されている。
「木造高層ビルは、都市建設の未来を担うと思います。近年、社会や文化はナチュラルなものへとシフトしていますよね。私たち人間の建物や都市もそれに倣うべきだし、きっと(ナチュラル志向へ)シフトしていくと信じています。木材でビルを建てることは、まるで“野菜”でビルを建てているようなものです」。
世界の多くの都市で木造建築物の高さを制限しているなか、従来6階までとしていた木造建築の高さ制限を撤廃し「木造高層ビルを合法化した最初の州」も登場している(米国オレゴン州)。今後、高層マンションや高層オフィスビル、商業ビル、レクリエーション施設など、用途や目的も違うさまざまな都市の建物が木で造られますかね? 「はい。木材や木材を用いた建築システムは、万能性・適応性が高いので、木造建築はさまざまな機能をもった建物にも応用できると思います」。木造高層ビルと聞いて心配になる、耐火性や耐久性についてはどう考える? 「CLTのようなエンジニアリングウッド*は、耐火できるように、また万が一火災がおこった際にも、避難できる時間をじゅうぶんに確保できるように、耐久性も考えて開発されています」。
*木を原材料に工場で二次加工された木質材料のなかでも、強度特性が設計段階で所定の要求水準を満たすように計算された木材。
最後に。ウッド氏たちが開発した例のタワーは、あらゆる記事で「セルフ・シェーピング(自ら変形する)」タワーと紹介されていたので、その写真を初めて見たときは木材パネルが互いにしなり、骨組みもなしにそびえ立っているのか…なんて思ったが、そういうわけではなかった。無人で木と木だけが支え合う建物ではないのですね、とウッド氏に伝えると、「今後、建設現場で木材たちが自ら三次元の建物を作っていくようなシステムも編み出したいと思っています。想像してみてください。騒音もなく、機械もなく、大気汚染もない現場を」。ずっとずっと遠い未来都市では、ジャックと豆の木のようにニュルニュル、シュルシュル生えそびえる木のビルが立ち並び…。はて、こんなファンタジー世界のようなことが実現されるのか、それとも“バベルの塔”になってしまうのか。
Interview with Dylan Wood
All Photos: © ICD/ITKE University of Stuttgart
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine