あの“世界最大級の百科事典”に潜んでいた差別。水面下で進む「気づかれない改革」とは?

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「あの小説のあらすじってどんなんだっけ」「あのアーティストについて、もっと調べたい」「この経済用語、わからない…」そんな時は、とりあえずウィキ。「つい頷いてしまったけど、さっきの会話ではじめて聞いたあの言葉、なんだろう」と知ったかぶってしまったときもこっそりウィキだ。

かつては“一家に、オフィスに一冊”だったろう広辞苑や家庭の医学のような存在感でもって、現代人の生活の中に君臨しているウィキペディア(wikipedia)。とにかく気軽に閲覧できることから世界中で重宝されている最大級のメディアプラットフォームだが、そこには多くのユーザーに気づかれず見過ごされていた「大きな問題」があった

Jens Mohr - www.lsh.se
Photo by Jens Mohr

ウィキ、女性編集者はわずか10%以下

 いまやウィキペディア(以下、ウィキ)は、どのウェブサイトよりも真っ先に検索結果に登場することも多いオンライン百科事典。英語版だけでも一日に約2億ページビューという数字を誇るなど、現代人にとって切っても切れない便利帳である。

 そこに、知らずして存在し創始から15年、ほとんど気づかれずに放置されてきた“問題”…というのが「ジェンダー格差」だ。そんなこと微塵も感じたことなかった…という声が聞こえてきそうなので、いくつか例をあげてみよう(英語版の場合)。

男性に比べ、女性についての記述には「結婚」「離婚」「子ども」のフレーズが目立つ

映画のあらすじで“レイプシーン”が“セックスシーン”、ひいては“ラブシーン”と記されている

女性向けドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』では、エピソードによって解説な2、3行しかないこともあるが、男性向けドラマ『ザ・ソプラノズ』では各ページごとにわかれているほど長い

 と、男女のトピックに対する「情報量・質の差」が存在するといわれてきた。そこで浮かびあがってくるのが驚きの事実、「ウィキ編集者の90パーセントは男性」だということ。ウィキを運営するウィキメディアの調べによると、女性編集者はわずか全体の8.5パーセント、トランスジェンダーにいたっては1パーセント以下らしいのだ。

Yhhue91
Photo by Yhhue91

 これでは、ウィキの情報ではじめて物事を読み知ったユーザーたちにその性差が、潜在的に植えつけられてしまう。そんな状況を目にし「ウィキが作りだしたジェンダーギャップを“編集”しよう」と密かにウィキペディアでアクティビズムを起こしていた団体があった。

ある小説家の指摘から明らかになった「気づかれない性差」

ウィキの性差に気づいたきっかけは、米女性小説家の“指摘”でした」と話すのは、取材に応じてくれたウィキ編集団体「Art + Feminism(アート・プラス・フェミニズム)」創設者の一人、ジャクリーン。
 その指摘とは、「多くの女性小説家が、ウィキの『米小説家』というメインカテゴリーから『女性小説家』というサブカテゴリーに移行されている」といったものだった。本来、女性であっても性別に関わらず小説家グループにリストアップされるべきなのに、わざわざ“女性”だけの小さなカテゴリーにふりわけられてしまった、と。
 なんかちょっと気にしすぎじゃないか? と思わなくもないが、考えてみれば女流作家とは言うけど確かに、男流という言葉は存在しない。そこに違和感を持ってこなかったのは「それが当たり前だったから」だ。

Michael Mandiberg
Photo by Michael Mandiberg

 さらに、情報量と質の差についていえば、ジェンダーだけでなく「人種」にも大きなギャップがあった。白人に比べ黒人史についての記述は少なく、たとえばアフリカ・ボツワナの歴史よりも米モンタナ州のページが詳細で、アフリカ系小説家のなかには著名ながらページすらない者もいた

 ジャクリーンは、知り合いのアーティストや司書、教授たちと協力し、アートとテクノロジー、そしてフェミニズムの力でウィキの性差をなくそう、とウィキ編集集会「エディタソン」を2014年にスタート。アカデミックな経歴のある司書や教授などを講師にし、参加者にウィキの編集方法をレクチャー、“公正な編集者”の育成を施す。参加者は、持参したパソコンで偏りのある記述やページを加筆修正している。

Art+Feminism Wikipedia Edit-A-Thon
Photo by Art Gallery of Ontario
Manuel Martagon - The Museum of Modern Art, New York-2
Photo by Manuel Martagon – The Museum of Modern Art, New York

 プロジェクト開始から3年経ち、これまで7100人の参加者が世界7大陸にわたって行われた480のイベントで1万1000記事を改良。ウィキペディア・アクティビズムは、世界のさまざまな人種・言語・性別の編集者たちの手によってコツコツと行われていたのだ。

あくまでも「ニュートラル」な視点で編集

 同団体がウィキに施してきた“お直し”をちょっと覗いてみよう。反差別運動「ブラック・ライブス・マター・ムーブメント」の一環で開催された集会では、黒人文化が根づくハーレムで古くから開催されているブックフェアのページを新規作成した。というのも、ハーレムよりも歴史が浅いブルックリン・ブックフェスティバルにはすでにウィキページが存在し、ニューヨークタイムズ誌などメディアでも頻繁に取りあげられていたからだ。
 
 他、アフリカ系アメリカ人女性彫刻家や、70年代に結成されたニューヨークのフェミニスト団体、ネイティブアメリカン・アニシナべ族の社会派女性アーティスト、イラン人女性デジタルアーティスト、ドミニカ系トランスジェンダーダンサーなどのページも作成した。

Jean-Frédéric
Photo by Jean-Frédéric
Michael Mandiberg
Photo by Michael Mandiberg

「『確証できる情報源を使い、中立的な視点で編集すること』。これを徹底できるよう、編集者をトレーニングしています」

 感情論にまかせ、気に入らない記述を削除・修正するわけではなく、あくまでもユーザー目線で、客観的な正しい情報を得られるように中立な編集を心がける。行き過ぎたポリティカルコレクトネスで逆差別が起きていた、なんていったら、それこそ元も子もない。

 日々訪問するウィキの水面下で地道に行われていた、ジェンダーアクティビズム。彼らの働きは、何もある日突然ウィキページで「あ、改善されている!」と気づくものではない。それはこれまで「ウィキにおける性差なんて別に気づかなかった」のと同じこと。しかし、気づかないところで性差表現を食い止めてくれているおかげで、以前よりも平等な情報を、自然と消費していることになる。そして、自然な情報消費こそ、不自然なく平等な意識を育んでくれるものだ。

Art+Feminism
Manuel Martagon - The Museum of Modern Art, New York
Photo by Manuel Martagon – The Museum of Modern Art, New York

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Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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