階級社会の最底辺、アメリカ低所得者団地「プロジェクト」で育つ、育てるということ
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昼下がりの公園。遊具で遊ぶ子供たちは、じゃれ合い、駆け回る。そんな平和な情景を瞬時に遮ったのは、「パン!」と、何かが弾ける音だった。
「何の音?まさか…」。筆者が立ちすくんでいたのは数秒間。気づくと子どもたちはいない。反射的に地面に伏せるか、四方八方に走り去っていた。「銃声だ!逃げろ!」。予想でもしていたのか、よくあることなのか。自分の身を守ることを知っている。
ニューヨークの街を歩いていると、ときおり目にする茶色の集合住宅。ぱっと見は、日本の「団地」に似ているが、人々はこういう。
「あそこはプロジェクトだから気をつけてね」

「プロジェクト」とは、アメリカの低所得者用の公共団地。日本語では「スラム地区」などと表現されることもある。というのも、プロジェクトには昔からネガティブなイメージがつきまとってきたからだ。薬物売買の温床、ギャング抗争、強盗、発砲などの凶悪犯罪の巣…。ニューヨークは安全になった、とはいえ、冒頭のような出来事も時折起こる。プロジェクトの子どもたちに備わっている「危機感知能力」がいい証拠だろう。防災訓練と同じだ。サイレン音が鳴ると、瞬時に机の下に隠れる。それは、何度か経験したからこそ備わった「能力」だ。

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「あんなところで育ったら、ロクな人間になれない」

 それが、この国の「プロジェクト」に対する「ステレオタイプだ」と話すのは、自身も「プロジェクト」で育った経験を持つジャーナリスト、Rico Washington(リコ・ワシントン)だ。
 ニューヨーク在住フォトグラファーの柳川詩乃とタッグを組み、2009年よりプロジェクト住民約60人に会い、インタビューとポートレイト撮影を行ってきた。14〜15年春、その内容を『We The People』という名の展示会で公開。それまでアメリカ社会の影に押し込まれていた「彼らの『声』を世に届けたい」。そんな想いが込められた同写真展は、大きな反響を呼んだ。

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「子どもが犯罪に巻き込まれないか、ギャングに勧誘されないか」。親たちはそう気を揉む。標的になりやすいのは「未成年の少年たち」。インタビューを通して明白になったのは、標的にされるのは、“悪い人たち”からだけではなく、「警察からも」であることだった。「ストップ・アンド・フリスク(通行人を呼び止めて所持品検査を行うこと)*」で、自身も兄弟も友人たちも、警察からのハラスメントに合っている。そう憤る少年もいれば、うつむく少年も。胸のうちは複雑だ。

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「そんな時、どうすればいいのか」。諭してくれる同性の成人男性が身近に少ない。成功した者は、『プロジェクト』を出るし、家庭の事情で家にいない、また、諸事情により刑務所にいるなど、事情は様々だ。

「僕の道しるべとなったのは、学校の先生だった」。そう話すのは、全米でも最も劣悪な環境の町の一つ、といわれるブラウンズヴィル地区のプロジェクトで育ったデション。大学卒業後は広告会社に就職し、現在はコピーライターを務める。世間一般でいう「ホワイトカラー」の仕事だ。『We The People』では、コーディネーターを務めた彼。幼少期を振り返り、こう指摘する。問題は、家に血の繋がった父親がいるかどうかではない。身をもって「お前には努力さえすれば、何にだってなれる可能性がある。標的にされても強くあれ!」と教えてくれる「見本」が足りていないことだ。

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 Tシャツの「Never Fit the Description」は、「政府が勝手に描く犯罪者予想像なんかに、僕らは決して当てはまらない」というメッセージなのだそう。
 幼少期をプロジェクトで過ごした俳優のエフライムも、「誰も自分たち“なんか”のこと気にかけてくれない」と、「プロジェクト」で育つ子どもたちは悲観的になりがちだと話す。「そんなことはない」、と伝えたくて主催しはじめたのが、地元民のためのコミュニティイベントだ。夢を叶え忙しい日々を送るいまも、「子どもたちの笑顔のために」時間を見つけては自分が育ったプロジェクトに足を運ぶ。

 “プロジェクト育ち”ゆえに、「自分は社会から偏見の目を向けられている」。ジャーナリストになったリコが、そう気づかされたのは中学生のときだった。歴史の授業でのディスカッション。リコはある女生徒と意見が対立した。最終的には、彼女がいった一言にクラスメイトたちが「Exactly(その通りだ)」と賛同。その瞬間、女生徒は「あんたはプロジェクト育ちだから、分からないかもね」と、得意顔でいい放った。

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6年越しに届いた“敬意”

「プロジェクト育ちだから…」。だから、うちの近所にはスクールバスが来ないんだ、だから、従兄弟たちはギャングなんだ…。だから、うちの母親は、家に近所の友達を呼んじゃダメっていうんだ…。自身を取り巻くいろいろなことに合点がいった。以来、「思春期の頃はずっと、“プロジェクト”という自分の家を恥じていた」と明かす。

 だが、いまの彼に「恥じる」気持ちはない。むしろ、「プロジェクトは、僕を些細なことにも感謝できる大人にしてくれた」と誇らしげだ。「プロジェクト」で過ごした「記憶」。それは必ずしも美しいものではない。苦しく、切ないものでもあるだろう。だが、いつかは記憶と和解したり、あるいは折り合いをつける日がくる。そんな記憶との関係性が、大人になるということなのかもしれない。だとしたら、悩み、奮闘した分だけ、人より多く心のひだを成長させることができるだろう。その分だけ、人の機微にだって、触れることができる。

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 リコは最後にこんなことを話してくれた。この“プロジェクト考究”のきっかけとなった、冒頭のソニア・ソトマヨール氏。6年前、ヒスパニックでは初、さらに“プロジェクト出身”の現連邦最高裁判所判事になった女性だ。当時、彼女にも「インタビューをさせてもらえないか」と問い合わせたという。だが、それは選任直後。多忙を極めていたことから、返ってきたのは「いまは難しい」という回答だった。ところが2015年、『We The People』の展示会の噂を耳した彼女から、突然こんなレターが届いたという。

「あなたたちの行ったことは、とても社会的意義のあることです。心より敬意を表します」
「That means a lot to me(とても嬉しかった)」。しかも、お役所のスタンプなんかじゃなく、ちゃんと直筆のサイン付きだったそうだ。こんなストーリーもまた、「プロジェクト」で育ち、育てる人々の「明日への希望」となるに違いない。

debunkthemyth.org

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Photos by Shino Yanagawa
Text by Chiyo Yamauch

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