戦後、日本生まれのアメリカ人の少女が大人になって撮った。現実逃避ではなく、「考えるための戦争映画」
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宮崎駿、黒澤明、深作欣二、大島渚、阪本順治、是枝弘和、黒沢清監督作品など、邦画200本以上の英語字幕を手掛けてきたリンダ・ホーグランド。監督らからの信頼は厚く、数々の映画祭でも通訳として“お伴した”彼女は、自身も映画監督。

日本生まれ、アメリカ人。「日本が伝えるアメリカ」「アメリカが伝える日本」の狭間で育った少女が大人になって世に出したのは、戦争映画だ。

悲惨な現実を「美」が問い直す

 戦争、原爆、動物虐待。これらのテーマには、必然的に残酷で悲惨なイメージがつきまとううえ、論争の的でもあり、はっきりいって面倒くさい。しかし、ドキュメンタリー映画監督のリンダ・ホーグランドは、わざわざこれらをテーマにする。人が意識的にも無意識的にも無視できる現実から、彼女は目を背けることができない。
 日本とアメリカの間で生きてきた彼女の視点に、私たち観客は釘付けになる。死、ただれた人間、史実が物語る取り返しのつかない過ちといった、できるなら見たくない現実を突きつけてくる。しかし、最後まで観てしまう。そして考えさせられる。それはリンダが、私たちが知った気になって向き合っている現実について、「もう一度、考えてみようよ」と、はっとするような映像美で問いかけているからだ。

 彼女は映像の力を信じている。「美しい映像には、惨くて見るのが辛いものを、もう一度見てもらう、知っていたつもりのものに対する固定概念をひっくり返すような力がある」と話す。それから、観客を信じている。現実を忘れられるエンターテインメント映画以外を選ぶ観客がいることを。映画を通して「自分にも起こりうること」と体感してほしい。そしてそのために「薄っぺらいものはつくらない」。

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 プロデュース第1作目の『TOKKOー特攻ー』(2007年)では、元特攻隊員の生存者や親族、さらに特攻隊によって撃沈されたアメリカ軍艦の乗組員らの証言を通して、狂信的でも、死を恐れない軍神でもなかった、普通のどこにでもいる青年だった特攻隊員たちの姿を浮き彫りにした。
 特攻に向かう際の鬼気迫る証言とともに流れるのは、よく見る白黒の突撃シーンの写真ではなく、アニメーションで、見ていると自分がコクピットにいるような気持ちになる。

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「共感」が関心を引き付けることを、リンダは知っている。監督第1作となった『ANPO』(2010年)では、1960年の日米安保条約と60年安保闘争という熱い時代の日本を、アーティストがどう作品で表現したのかを描いた。第2作『ひろしま 石内都・遺されたものたち』(2013年)では、被爆して亡くなった人たちの洋服やくつなどの遺品を撮る写真家、石内都の作品を軸に、原爆を物語った。焼け野原で痛々しい広島の姿ではなく、そこに生きた人々の「忘れ形見」でヒロシマを見せる手法は、「こんな服を着て、普通に生きていた人だったんだ。私と同じだ」という共感を静かに宿らせてくれる。この三作を、リンダは「太平洋三部作」といっている。

「日本が伝えるアメリカ」「アメリカが伝える日本」

 宣教師の娘として京都府に生まれ、山口県や愛媛県で育ったリンダ。当時としても珍しく地元の小中学校に通っていたため、日本教育を受けた。リンダは忘れない。「米国が原爆を落とした」と教わったとき、クラス中からの視線を浴びたことを。10歳のときだった。
 それからリンダはずっと二つの国の間でもがきながらも、「日本が伝えるアメリカ」「アメリカが伝える日本」を通して芽生えた違和感から目を反らさずに向き合ってきた。(リンダのウェブサイトから、当時の写真が見られる。)

 これをどう表現するのか。伝えるのか。彼女にとってそれは映像になった。
「白黒はっきりつけて史実を評価するのは簡単。でも現実はそうじゃない」というテーゼを与えられた観客は、グレイゾーンに立たされる。悶々と自分について、母国について考えさせられることになる。それでもきっと同じ思いにたどりつく。「戦争はするもんじゃない」と。

 死者に対する誠実さと事実をとことん追求する律儀さ。彼女生来の生真面目さがあってこそ、三部作は完成した。いまでは、米国内ではタブーになりがちなリンダの作品を教材用に扱う教育機関もあるほどに。
 幼いころから向き合ってきた葛藤が晴れたリンダは、憂いから解放されたように、『The Wound and The Gift』(2014年)を世に送り出した。史実や葛藤に縛られずに挑んだ同作は、「ゼロからの創作だった」と振り返る。

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美しさに惑わされるなかれ、は贅沢な悩みか

 ここでも、リンダの自分自身の経験と向き合う姿勢は変わらない。同作では、虐待される動物たちとそれを保護(レスキュー)する人間の交流を描いた。この映画の監修の二大巨頭は、リンダが飼っている猫のスイーティーとボーンズ。ボーンズの名の由来は「レスキューしたときは痩せこけていて骨ばかりだったから」。そのしっぽは、リンダがレスキューした際、タールで固まってしまっていたという。「この子らに会わなかったら、この映画は生まれてないかな」。ボーンズを撫でながら、リンダはいう。

 鶴の恩返しをモチーフにした同作は、動物を助けることで実は私たち人間も救われている、という事実を淡々と教えてくれる。リンダの「美しく見せる」十八番は健在。スーパースローモーションで収録した鶴が舞う姿、馬が駆ける姿、ライオンが勇猛に動くさまは、息を飲むほど美しい。また、「動く紙芝居」とリンダが命名する、鶴のイラストレーションのシーンも、静かにゆったりと贅沢なまでの全画面展開で見せる。

「ゆっくりじっくり」がリンダの間の取り方。邦画との付き合いは、字幕を手掛けた200本以上だけではない。「アメリカでは公開されていない邦画をクラシックを含めて、何百本も観てきたから」と前置いて、「見せ方にはいろいろな手法があることを知っているし、引き出しがある」と自負している。途端、「というか、ペース(間)とかタイミングはまったく邦画よね」と笑う。

 予算の事情で監督自らカメラを回す、というドキュメンタリー映画が多い中、「私は素晴らしいカメラマンに恵まれている」と明かす。三部作のうちの二作は、是枝弘和監督の『誰も知らない』などの撮影監督として知られる山崎裕氏が、そして今作では、アカデミー賞受賞作『シチズン・フォー』を撮ったカースティン・ジョンソン氏が撮影監督だ。自らが撮ると使えない映像が多い中、第一線の撮影監督が撮ってくれたものは90%使えるのだという。「だからこそ大変。上がってきた映像の美しさにまどわされずに、最高な状態で見せるには、どうお膳立てすれば、つまり、編集するのかにかかってくる」

ドキュメンタリーにも利く、フィクションのルール

 編集作業において最も力を入れたのは「構成」。三部作での学びを徹底的に生かした。特に『ANPO』編集時に、阪本順治監督からもらった、「はじめの10分で観客の心をつかむこと。そのためには、みんなが知っていることは省く。客をビックリさせる」という助言をリンダは大切にしている。
「フィクションのルールですが、ドキュメンタリーにも大いに使えます」。リンダは今回、監督だけでなく「脚本」のクレジットも入れている。

「私は私の伝えたいことを、言葉ではなく映像でしか伝えられない。だから最もうまく伝わる方法を、考え抜きました」。美しい映像に負けない構成力。リンダが監督として、新たに立てた命題でもある。


リンダと、ボーンズ(左)とスイーティー。

 最新作は『Edo Avant Garde』。なんと「江戸アバンギャルドの守り人」という。きっかけは母校、エール大学で見た、長谷川等伯による「波濤図屏風』。
「これ見てみて。墨と金箔、金と黒で遠近を出しているのよね。ものすごくabstract(抽象的)だけど、よく見ていると、波の音が聞こえてきそうなほど、生きてると思うのね」と、アイデアを綴ったファイルを開いて話してくれた。彼らのクリエイティビティを刺激したものは何なのか、それが次回作のテーマだ。リンダの中にはすでに一つの答えがある。

「自然だと思うのね。日本古来の、木の葉にも川にも魂、もっといったら神が宿るという神道アニミズム的な心象で世界を体験すると、もっと世界は違ってみえるんじゃないかって思って。自然、四季を愛でるからこそ、ディティールにこだわったアートが誕生するんだと思う」

 絵師たちが描いた風景画、特に屏風とふすまに限って取り上げる。なぜなら、この二つが、日本独特の空間を作るアートだから。動くことを前提に作られたアートを通して見えてくるだろう美意識のほかに、リンダが捉えたいものがある。それは、「何がモダンで、何が進化なのか」ということだ。「4Kのカメラを持って、風景画の場所を、そのままのアングルで撮る。つまり、絵師とカメラの対決ね。おそらくカメラが負けると思うんだけど」
 負けが見えてても撮る。現実と自身の問いに向き合い続けるリンダ・ホーグランドの映像美だから、私たちに考えさせることがある。

thewoundandthegift.com
lhoaglund.com

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Photos by Kohei Kawashima
Text by HEAPS

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