孤高の巨匠、ロバート・フランクと過ごした10年。日本人写真家A-CHANが語るその日々と、彼女が写すもの。
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圧倒的な美や強烈さ—たとえば神秘的な自然だったり個性的な被写体—ではっとさせるものではなく、センセーショナルでもない。被写体は彼女の日常で、彼女が惹かれるものを切り取る。だが、 というか、だからこそ誰もが「どこかできっと見ている光景」の写真は、切なさと懐かしさを漂わせ、見た人をその人の過日に引き戻す。

彼女、とはA-CHAN(アーチャン)ことヤマザキあゆみ、写真家だ。彼女ほど過日の匂いを漂わせる写真を撮る人を、私は知らない。
それから、A-CHANが写真家として、一人の人間として特別な存在であるのは、世界で最も重要な現代写真家の一人、ロバート・フランク(91)とともに10年間の時を過ごし、彼の写真と人生に携わり続けてきたからだろう。

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© A-CHAN,
Vibrant Home (2012)より

スポーツ少女「一人でできるものが欲しかった」

「ダンキン・ドーナツの帽子を被ってたんですね。だから、この人はきっと、ユーモアのある人だって」。自身初の写真集『Picture(2002年発刊)』を抱え、巨匠ロバート・フランクを訪ねた日のことをそう振り返る。A-CHANがニューヨークに渡った2007年のことで、もう約10年前だ。
 存命の写真家では最重要とされる一人であり、作品には最も高値がつけられる。本人は成功と名誉をさらりと受け流すようなスタンスなのだが。仕事ごとのアシスタントはいたが、ロバートは長年のアシスタントや弟子をのぞまなかった。今日までずっと居続けたのは、A-CHANだけ。

 東京生まれ、茨城育ち。A-CHANが写真の世界に足を踏み入れたのは、18の時。小さい頃は専ら“運動派”。アートとは無縁で、「自分が人よりできるものはスポーツだった」が、高校卒業と同時にやめた。運動部特有の人間関係が合わなかった。だから、大学で「自分一人でできるもの」として手に取ったのが、カメラだった。


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この日は、暗室でロバート・フランクの写真をやいていたA-CHAN。

 東京工芸大学の写真科に進み本格的に学ぶ。当時から活躍していた若手写真家・佐内正史のアシスタントも務め、1年後、フリーとして活動をはじめた。初の仕事は、雑誌『H』での椎名林檎の撮影。
「若い頃は『アーティストはアバンギャルドだ』という考えがあったんですね。営業のときは、写真集をぼんと机に投げてその横でわざとゲームボーイしたりして」と、いまの姿からは想像できない過去を話す。それを面白がってくれたのが、現在は雑誌『spoon.』の編集長であり、当時『H』にいた斎藤まこと氏だったそうだ。

「仕事はなんでも面白かったですよ」。広告、雑誌の表紙、CDのジャケットなど商業撮影で活躍する傍ら、作家として自分の撮影もこなした。そんな8年間を終えて、A-CHANはニューヨークへ。

散らばったネガとコンタクトシートからはじまった、小さな制作

 ロバートに初めて会った次の日にまた、スタジオを訪れたという。「サンドイッチとか食べたりしてましたねえ」と、力を抜いて話す。そこには、自分は友人、というA-CHANのスタンスが滲む。

 家のあちこちに散らばる写真や、ネガ、コンタクトシートを片付けているうちに一緒に制作するようになった。
「日常の延長のようにはじまりました。『忘れていることがあったら教えてくれ』というロバートに、たとえばメガネを探してあげるとか、電話のことづけをする、とか。
バラバラのネガとコンタクトシートをあわせたり、まとめたりするようになって。それで、2000年以降に撮ったものはあまりプリントしていなかったので、これとこれプリントしてみたら? とそんな感じで」。

 そのやり取りからA-CHANがロバートの写真をプリントするようになり、二人で手がけた初の写真集、2009年の『Seven Stories』に繋がる。翌年には『TAL UF TAL AB』、その次年には『Pangnirtung』を出版。これまでに8冊、A-CHANが携わったロバート・フランクの写真集が出版されてきた。

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Seven Stories(2009)
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WHAT WE HAVE SEEN(2016)
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PALTIDA(2014)
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A-CHAN © Robert Frank, PALTIDA(2014)におさめられた一枚

 

「いつでも、彼にインスピレーションをあげられる人でいられたら」という。とはいえ、何か大それたことをするのではなく、たとえば「花のきれいな季節には少し摘んでいったり」。日常の、小さなことだ。

 A-CHANが初めてロバートを訪れた当時、既に83歳。
「自分から何かをしよう、という感じではなかったですね。83歳の人の過ごし方です。でも、日常の端々に彼のクリエイティビティが、ぽん、と反射的に出てくるんです。ポケットからいきなりサイコロが出てきたり、言葉遊びをはじめたり。過ごし方は変わっても、鈍らないクリエイティビティはあるんですよね。そんな彼の毎日が、少しでも楽しくなればいいな、って」。応援できたらいいな、という感じですよね、と。

 8冊の写真集が世に出たことには、間違いなくA-CHANの存在がある。

白と黒と、言葉遊び

 ニューヨークに渡ってからは初となる写真集『Vibrant Home』『OFF BEAT』(ともに2012年発刊)は、2008-9年に撮影したもので、ロバートに出会い、初めて携わった写真集『Seven Stories』を出した頃に重なる。
 当時を含め、これまでに、彼と過ごす時間からどのような影響を受けてきたのだろう。

「OFF BEATでは、写真をモノクロで撮るようになりましたね。モノクロがリアルライフだ、と彼は言います。あとは、写真集に言葉を入れるようになりました。ロバートにあゆみの文章はいいので入れなさいと。そういった影響は受けています」。
 特に何かをドラマチックに語るわけではない淡々としたA-CHANの口調の中で、だから大切にしていることだけが、くっきりと聞こえる。

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© A-CHAN , OFF BEATより

 ロバートのスタジオ兼自宅に通うようになってから、彼中心のスケジュールに変えた。「この日はこの時間帯に会えそうだから、そこを避けて自分の予定を入れたりしていた」。
 それは、2日に一度は会うといういまもあまり変わらない。お昼にロバートを尋ねて、サンドイッチを食べてお茶をして、今日と明日から何ができるのかを話す。

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Robert Frank ©A-CHAN

 18歳の時、A-CHANが初めて撮ったのは、オイルストーブの緑と赤のボタンだった。そんなように、彼女の写真はどれも個人的な視点で捉えたもの。近所、小さな店、公園、駅、食パン、ファミレスのコーラ。それは日常のもので、誰にとっても「見たことある気がする」。それだから彼女の写真は、私たちをそれぞれの過去にぐいと引き戻すことができる。

 が、優しい気持ちで浸れるものとはちょっと違う。よく聴いていた曲のイントロだけで、強引にあの頃が蘇える、その感覚に似ている。過ぎ去った日々と、そこで失くしてきたもの、いまはもうないものを、一枚一枚が思い出させる写真なのだ。

 撮った本人は「もう見たくない。穴掘って、埋めちゃいたいですね」と笑う。

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© A-CHAN , Salt’n Vinegar(2016)より

 現在は自身の作家活動と、ロバートが1980年あたりに撮ったものを整理しているという。不躾を承知で、別れを意識することはありますか、と聞く。
「私が彼に出会ったときですでに83歳でしたからね。毎年、今年が最後かもしれないという想いはありますよ」。

 写真家として、常に自身の撮る日常という過去に触れ続け、ニューヨークでの10年、失うという感覚を意識的に持ち続けてきたA-CHANにしか撮れないものは、ある。

『Salt’n Vinegar(ソルト・アンド・ビネガー)』は彼女が今月出版する写真集だが、ぴったりのタイトルだと思った。
 しょっぱくて、酸っぱい。歳を重ねるほど、過ぎた日に触れることは、甘いことなんかじゃない。
 生きていることは、日々を重ねるようであって、一日一日を失い続けることでもある。それでも、失っても失っても、過日を抱えてしか生きていけないことを、A-CHANの写真を見るとチクチクと思い出すのだ。

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Salt’n Vinegar 2016
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©A-CHAN

(—敬称略)
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Photos by Kohei Kawashima
Text by Sako Hirano
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