一部のおっさんが(本当にほんのひと握りだが)愛してやまない“楽しみ”がある。おっさんたちがその趣味に没頭する姿に…一般的な生活を送る人は免疫がない。彼らの正体は「AB/DL」。見慣れない字面を読み解くと、「AB(アダルトベイビー):幼少期に退行し楽しむ大人」「DL(ダイパーラバー):おむつ愛好家。おむつフェチの大人」のことだという。
いまでこそネットの普及により、アングラカルチャーや奇異な趣味愛好家たちが人の目に晒されることも多くなった。アダルトベイビーやおむつフェチたちのことも「う、うん…そっか」と理解できなくもないが、まだまだ人知れずタブーだった20年前の90年代。ある写真家は5年にわたって、この奇妙でシュールな大人の異世界を撮り続けていた。
5年間、おむつ姿で床を這う「おっさんたち」を追った
「おむつ姿でおしゃぶりくわえて。肌にはベビーパウダーもはたいていたわね。デッカい尻を振ってハイハイする成人男性たち。それは奇妙で、シュールで、なんとも受け入れがたいビジュアル。まるで“奇妙な”不思議の国のアリスのようだったわ」
回想するのは、1990年代に35人のアダルトベイビーとおむつフェチをカメラで追ったオーストラリア人写真家のポリー・ボーランド(Polly Borland)。先月ロサンゼルスで開催された自身の個展で、撮影から約20年を経てはじめて“彼ら”の写真を一般公開した。その画の破壊力たるや。瞬時に話題をかっさらったのは言うまでもない。
もともとファインアートとポートレート(かのエリザベス2世英女王も撮影)でその名を馳せていた40年のベテラン・ポリー。その彼女をアダルトベイビーたちの世界へと手招きしたのは、当時仕事で多く触れたサブカルチャーだった。「トレッキー(映画スタートレックの熱狂的ファン)やヌーディストなど、一風変わった被写体を撮ることが増えていって」。流れで行き着いたのがアダルトベイビー、「好奇心をくすぐられた」。
アダルト雑誌の広告欄で発見したアダルトベイビーたちの「ベイビー・クラブ」に電話し、撮影懇願。そこから、文字通り、おっさんたちの尻を追いかける5年がはじまった。
いたって普通の60歳がミルクを貪る
週末の夜、ベイビークラブにて。ポリーの目の前に広がっていた光景は、ベイビーに扮した19歳から60歳までの幅広い年齢層の大人の男たちが赤ちゃん・子どもとして振る舞う姿。生後6ヶ月の赤ちゃんから5歳の子どもまで退行した彼らは、無垢に戯れたり、お母さん役の“マミー”におむつを取り替えミルクを飲ませてもらっていた。「(撮影取材に)同行したライターは呆然。でも私は魅力的に感じたわ」
「クラブでは、男性の一面が垣間見えることもなく、誰もが完全に赤ん坊になりきっていた」が、意外にも仕事やその他の趣味、交友関係など、彼らの日常生活はいたってノーマルだったという。ゆえ、家族や同僚に「実は、赤ちゃんになるのが趣味で…と」公表できるわけもなく、羞恥心と罪悪感は常に抱いていた。
彼らがアダルトベイビーになった理由はさまざまだ。幼少期に母親から満足のいく愛情が得られなかったから。不安感に打ち勝つため、あの頃感じた愛を再び感じたいから。気楽で幸せだった子どもの頃に戻りたいから。はたまた、オムツをコスプレとして着用し排泄することで性的興奮が得られるから。「私はクラブでの性的行為を見たことはなかったけど、何かしらの手段で個人でマミーを見つけるベイビーズもいたから、当然“それ目的”ってこともあり得るわよね」
その後、ポリーはフランス、アメリカ、オーストラリアと世界各地で多くのベイビーズと戯れた。彼らを引き連れ一緒にディズニーランドに行ったり、ロサンゼルスからサンフランシスコまでドライブに出掛けたりもした。道中、宿泊先のバスルームで撮影もした。「彼らはみんな共通して優しくて、ちょっと受け身なジェントルメンだったわ」
ベイビーのように純粋な心は、もろくて悲しい
ピンクのベビー服やおしゃぶりで可愛く着飾ったデカくてたるんだ体型。正直、アダルトベイビーズは美しい被写体とは言い難い。が、不快の一言だけでは不十分だ。なんだろう、彼らから、異常な居心地の良さをみて取れるのだ。写されたこの過激な被写体らには「いけないことをしている」という罪悪感が見えない。
ほっぺに泡をつけて甘えるようなその上目遣いも親指しゃぶって寝転がる無防備な姿も、どれも被写体としてのポーズではなく、アダルトベイビーになった彼らの自然な仕草だ。「最初に撮影オファーしたときは疑われたわ。笑い者にしたいのかって。でも偏見なんて一切なかったし、長期間を一緒に過ごしたおかげで信頼関係も築けた」。
長年、カメラに著名人たちをおさめてきた。撮られることに自信がある人の撮影は、時間を要さない。しかし、アダルトベイビーズの場合、ベビー服の中身はコンプレックスの塊。撮影慣れなどしているわけもなく、モデルとしてはド素人だ。「彼らを撮るために、これといった特別なテクニックはなかったわ。時間をかけて築いた信頼関係こそ大切だった。リラックスしてくれたから」
賛否両論を生みそうな被写体に、写真家も「このシリーズを快く思わない人もたくさんいると思う」。しかし「たまたま嗜好が違うだけのことで、アダルトベイビーたちも同じ人間。作品を通して異世界を知り、受け入れ、彼らの脆弱性を感じてもらえると嬉しいわ」。当時、タブー視され誰にも触れられることのなかったアダルトベイビーの実態が、20年越しに明るみに出た。色眼鏡で見ないポリーが残した表情は、痛々しくて、悲しくなるくらい純粋だ。
Interview with Polly Borland
Polly Borland/The Babies
All photos by Polly Borland
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine