ブルガリ、ナイキも起用する“民族アート”。なぜ、アフリカ「ヨルバ神話のアート」はいま世界を引きつけるのか
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こんなうまい話があるかって、半信半疑だった」。ニュー・オーリンズでビヨンセ本人に会うまでは。ニューヨークを拠点とするナイジェリア出身のアーティスト、ラオル・センバンジョ(Laolu Senbanjo)だ。
それまで無名だった彼がインスタグラムでビヨンセに発掘されたのは2015年のこと。インスタグラムでフックアップされて一躍時の人、というのはもはや珍しい話ではない。だが、ラオル・センバンジョは次元が違った。彼の登場により商業アート界に異変が起きている。

彼のアートはそれまでなら「アフリカ系の民族アート」とカテゴライズされ、それは商業的に扱いにくいものとされてきた。彼はそれを覆し、メインストリームに乗せることに成功。いまでは、ブルガリ、ナイキといった世界的なブランドに起用され続け、彼のアートを纏った様々なプロダクトが商業デパートに陳列されている。影響力のあるアーティストやモデルたちもこぞって彼とコラボレーションをしたがる。これは一過性のブームではない。この時代だからこそ起きた、必然の現象だ。

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ラオル・センバンジョ

ギャラリーには見向きもされず。でも「ストリートには響いていた」

 ビヨンセのミュージックビデオの影響で「人をキャンバスにして描く人」というイメージの強いラオルだが、彼のキャンバスは人だけではない。壁にも、靴にも、ギターにも何にだって描く。もちろん、オーソドックスな「真っ白なキャンバスにも」だ。ただ、モチーフは一貫して「ヨルバ神話」。そこには一切のブレがない。

 出身はナイジェリア。ヨルバ族の血を引く彼は「幼い頃から、寝物語にいろんなヨルバ神話を聞かされて育った」。語り手はいつも祖母で、彼女とはヨルバ語で会話をした。だが、学校に入ると、英語以外の言語は禁止。「学校でヨルバ語を話すとペナルティが課されるんだ」。それは教育のためではなく「僕らのアイデンティティを剥奪するため」。植民地政策の名残はいまも続いているという。それでも「僕に道徳感やクリエイティブであることの素晴らしさを教えてくれたヨルバ神話は、僕のアイデンティティの大きな一部をしめていた」。
 
 親兄弟と同じ弁護士という生活を捨て、ナイジェリアからニューヨークへ渡ったのは2013年、29歳のとき。アーティストとしてのキャリアをゼロからスタートさせ、すべては独学だった。それでも、「自らの才能への自信はあった」という。チャコールやオイル、アクリル、カラーインクなど様々な画材を試し、キャンバスに想いを描き続けた。だが、どんな自信作もニューヨークのギャラリーシーンには響かない。「アフリカ系の民族アートね…」と一蹴された。要は、ギャラリーシーンはラオルのアートを「流行らない、売れない」と判断していたのだ。

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 貯金も底をつきはじめ、彼は考えた。「新しいキャンバスを買うより、いま持っているものに描いて売ろう」。特に、Tシャツやスニーカー、バッグなどの「身につけるもの」の力はすごかった。「なんだ、ギャラリーシーンには響かなかったけど、ストリートには響くじゃないか!」。ストリートに響いたのは偶然ではない。“人権の時代”といわれるいま、ラオルのアートは多くの人々の心の声を代弁していたからだ。これまでであれば主張が強すぎて手余されがちであった民族アート、「ヨルバ神話」というマイノリティのアートは、人々の社会に対する疑問やマイノリティの人権、セルフアクセプタンスといった声にならない心の叫びと共鳴しあった。

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心の奥深くに眠っていた個々の輝きを引き出す「白マーカー」の魔法

 14年、ラオルはインスタグラムの、とあるポストをみて閃いた。彼の作品の前で佇む友人が写った一枚の写真。「まるで、僕の絵の中にその人がいるみたいに、はたまた、彼女のカラダに僕の絵が描かれているように、人のカラダと絵の間の境界線が曖昧にみえたんだ」。この瞬間を界に、「人の肌の上に直に描く」“実験”をはじめた。

 カラフルな絵画作品の多い彼だが、肌に描く際に使用する色は、白いマーカーのみ。「個々人が持つ、肌の色の美しさを活かしたいから」だ。 
 作品をよく見ると、肌の上に散りばめられた、三角形や渦巻きなどのシンボリックな模様の色は、黒。つまり、モデルの肌の色が主役であり、彼の描く白い線はシンボルを引き立てる陰になるように計算されているのだ。
 人間の身体は左右対称のようで、そうではない。さらに、鎖骨のくぼみや、乳房の膨らみといったこの世に無二の曲線を持つ。そんな十人十色のカタチをした人のカラダに、彼は下書きもなしに、微塵の迷いもみせずに、縦横無尽にペンを走らす。

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@laolunyc

 

「顔から足先まで、全身に描く場合は、6−8時間くらいかかる。その人の心が僕に何を描いて欲しいか訴えてきて、僕はその想いにこたえるように描く。黒い肌の上に白々とペンを走らせ、様々なストーリーを描いていると、僕の心だけでなく、相手の心の仕組みも透けて見えてくるような気がする。そういう眼にみえないバイブレーションが起こるも少なくない」とラオル。
 また、モデルをつとめた人たちは、こう語る。「多かれ少なかれ、誰でも自分の身体にコンプレックスがあると思う。世の中の美のスタンダードに合わないことを理由にね。でも、彼のアートはそんなネガティブな感情を変えてくれる。そして、その人の心の奥深くに眠っていた自信や魅力、輝きを引き出してくれる」。
   
 こういったモデルの反応について、ラオルはこう語る。「僕の祖母は、オリキと呼ばれるヨルバの神への礼賛歌を暗唱していて、よく聞かせてくれた。当時は詩の意味をいまいち理解しきれなかったけれど、いまはわかる。僕はこう解釈しているんだ。『あなたという人は、(押し付けられた)西洋文化にはない特別な何かを持った人間です』ってね。それを考えると、僕のアートが、その人のカラダに宿ったとき、内側で眠っていた輝きが目を覚ますというのは、ある意味、必然のことなのかもしれない」

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「ビヨンセ効果」の光と影。「それでも彼女は僕を信じてくれた」

     
 上述の通り、全世界で2億回以上再生されたビヨンセのミュージックビデオ『Sorry』に参加したことで、ラオルは一躍時の人となった。アルバムがリリースされた16年の春以来、コラボレーションの依頼は絶えない。ナイキをはじめとする大手企業やブランド、セレブリティ、グラミー・ミュージアムやスミソニアン博物館などの教育資料館、また「1年前は僕のアートに見向きもしなかったギャラリー関係者たちからも」と、依頼主は多岐にわたる。ビヨンセというクイーン・オブ・ポップスターは、まるで、モーゼがユダヤ人のために海を切り開いて道を作ったように、ラオルのアートが世界へ広がる航路をつくったのだ。

Beyoncé, Sorry

「ビヨンセのチームは、僕が無名にも関わらず、僕のアートと僕自身を信じてくれた。その意味はとても大きい」。一方で、この「ビヨンセ効果」について、ラオルは複雑な想いを抱えている。「もちろん、たくさんの人に僕のアートをみてもらえるようになったのは、心からうれしく思う。ヨルバ族の歴史や、植民地化されたアフリカ諸国の現状、また、アメリカで生まれ育ったアフリカにルーツを持つ人々が、そのことを少しでもポジティブに捉えることができたなら本望。ただ…」。
 自身のアートの価値が急上昇していることへの違和感は尽きない。なぜなら、彼のスタイルは、渡米した頃から変わってないからだ。「ずっと、同じスタイルでやってきた。僕のアイデンティティ形成に影響を与えたヨルバ神話をモチーフにね。一体、価値って何なんだろう

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「ピカソのライフストーリーを知って、僕のを知らなくていい理由なんてない」

 多くのニューヨークのアーティストたちがそうしているように、半年前まで、彼もブルックリンのスタジオを他のアーティストとシェアしていた。それがいまでは、ハイエンドなマンハッタンのチェルシー地区の3階建の建物を丸ごと借りて、オフィス兼スタジオの「自分専用スペース」を確保するまでに。そのスケールアップぶりは、彼のアートの価値の上昇度合を如実に表している。

「僕が弁護士を辞めて以来、まともに口を聞いてくれなかった頑固な父ですら、僕のアートを買って家に飾ってくれた。そして、これは我が息子の作品だと自慢している」と笑う。ラオルは、誰がなんと言おうと、自身才能と価値を信じてきた。そして「誰にだって、誰が作るアートにだって価値はある。たとえ、それがメインストリームが作り上げた基準に合わなくても、だ。だから、ピカソのライフストーリーを知って、僕のを知らなくていい理由なんてないよね」。 

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 できあがったばかりのブルガリの香水ボトルを手に「これ、すごいでしょ?」と呟く。言わんとしているのは、ブルガリとのコラボレーションが「すごい」ということではない。「ヨルバ神話をモチーフにしたアートが、かつてアフリカ大陸を侵略し、民族固有の伝統を剥奪したヨーロッパ先進国の、空港やデパートに並んでいることがすごい」と言っているのだ。抹消されかけている民族文化が、抹消しようとした先進国のデパートや国の窓口である空港に並ぶなど「前代未聞。こんなことができたのは、メインストリームの力があってこそ。そしていま、この時代だからこそ」。
  
 彼が取材の最後に観せてくれた絵画作品には、伝統と歴史、思想、経済、テクノロジーの発展、温暖化、貧困、格差、犯罪…。彼の目に映る、すべての連鎖が、彼のタッチで描かれていた。これは、もう“アフリカ系”でも“民族系” アートでもない。まぎれもなく「僕のアートだ」。

Interview with Laolu Senbanjo

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Photos by Kohei Kawashima
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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