青二才、六人目「友人と作るってことはわたしが持つ表現の一つだと思う」

【連載】日本のゆとりが訊く。世界の新生態系ミレニアルズは「青二才」のあれこれ。青二才シリーズ、六人目。
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「最近の若いのは…」これ、いわれ続けて数千年。歴史をたどれば古代エジプトにまで遡るらしい。
みんな、元「最近の若者は……」だったわけで。誰もが一度は通る、青二才。

現在、青二才真っ只中なのは、世間から何かと揶揄される「ゆとり・さとり」。
アメリカでは「ミレニアルズ」と称される世代の一端だが、彼らもンまあパンチ、効いてます。
というわけで、ゆとり世代ど真ん中でスクスク育った日本産の青二才が、
夏の冷やし中華はじめましたくらいの感じではじめます。
お悩み、失敗談、お仕事の話から恋愛事情まで、プライベートに突っ込んで米国の青二才たちにいろいろ訊くシリーズ。

六人目「友人と作るってことはわたしが持つ表現の一つだと思う」

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立て続けにお騒がせしますが、まだまだいきますよ、青二才シリーズ。

青二才六人目は、前回登場してくれたジュリアン君と同じく映画監督として活躍するアディナ・ダンシガー(Adinah Dancyger)、24歳。

そのアンニュイで柔和な見た目とは裏腹に、弱冠24歳にして精力的な映画制作を行うアディナちゃん。21歳で制作した短編映画『Chopping Onions(チョッピング・オニオンズ)』はベルリンやカンヌをはじめとする各国の国際映画祭を巡回、3年ぶりの新作『CHEER UP BABY(チア・アップ・ベイビー)』は先日のサンダンス国際映画祭で上映された。演じる側としてもこれまでいくつかのインディペンデントムービーにも出演していて、アイコンとしても注目される彼女。若くしてこれだけのキャリアを持つ彼女だから、すでに若者ならではの苦悩や葛藤も多く経験しているはず。

ということで、世間はクリスマスシーズン(取材はその頃でした)の中、ズケズケとお宅にお邪魔してきました。「青二才・映画監督アディナのあれこれ」。

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アディナちゃん。

HEAPS(以下、H):こんにちは。今日はお家にお招きいただきありがとう。

Adinah(以下、A):いえいえ、スパークリングウォーターでもいかが?

H:では、遠慮なく頂戴します。ニューヨーク生まれニューヨーク育ち、生粋のニューヨーカーなアディナだけど。

A:マンハッタンで育ったわ。小さい頃はフィギュアスケーター(笑)。父がポーランド人だからユダヤ系の学校にも行ったし、母方は韓国だから、韓国系の学校にも通ったわ。両親ともに野心家だったから小さな頃は色々とやらされてたわね。

H:映画に興味を持ったのも早かった?

A:小さな頃から、父の影響で映画は見てた。撮ることをしはじめたのは13歳くらいかな、中学校でできた友だちにアートをやってるおもしろい子たちがたくさんいて。フィギュアはじめ詰め込まれていた習い事は一切やめて、友だちたちを撮りはじめた。といっても、この時は写真。

H:そこに飾ってあるヴィム・ヴェンダースをはじめ、写真家と映画監督を横断する人や、写真家から映画監督へとキャリアチェンジする人は多くいるけど、写真から映画へと興味が向かったのは自然な流れ?

A:ヴィム・ヴェンダースは初めて見たときに衝撃を受けた映画監督の一人。さっきの中学時代の話に戻るけど、その時の友人たちと後にはじめたアート集団「LUCKY YOU(ラッキー・ユー)」くらいからかな、映像を撮りはじめたのは。いまはもう活動していないんだけど、当時は他のアーティストたちとのコラボレーションで様々なコンテンツを作っていて、ビデオ制作のために自然にビデオカメラを手に取ったわ。

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H:その後、大学で本格的に映画制作を学ぶわけだ。

A:書くこととフォトグラフィ、どちらも好きだったから、映画を勉強しようと思って。

H:大学の卒業制作として作った『Chopping Onions(チョッピング・オニオンズ)』は、カンヌやベルリンなどなど有名国際映画祭で上映されたね。制作当時は20歳? 21歳?

A:21歳ね。

H:どうやって実現させたの?

A:ただ応募しただけよ。当時時間だけは無駄にあったから、いろいろな映画祭に応募していたの。ベルリンなんて応募したのも忘れてた。忘れた頃にメールが届いて。

H:“参加決定”の通知だね?

A:「ワーオ!まじで?」 ってびっくりしちゃった。選考理由を人づてに聞いたんだけど、応募作品の中で、唯一“実写版の子ども向け作品だったから”みたいで。


『Chopping Onions(チョッピング・オニオンズ)』2015

H:『チョッピング・オニオンズ』に子ども向け映画のイメージはないなあ。

A:わたしもこの映画は“悲しみ”を表現した映画で、子ども向け映画として作ったわけじゃなかったんだけど、ベルリンの人々はそう捉えたみたい。ベルリンの子どもたちはスマートなんだろうね。(笑)。でも、もう映画祭に固執する必要はないというか。別にいいかな、って思ってる。

H:またまたどうして?

A:なんて言ったらいいんだろう。ついていくのが難しいと言えばいいのかな。もちろん、有名映画祭に出展できるってことはとても光栄なことだし、「この映画祭に出展したんだ」なんて自分について言える材料にはなるけども、そこには時間的なものもふくめてたくさんの制約がある。実際応募にもお金がかかるし。「Whole Money Game(すべてはマネーゲーム)」だからね(笑)。

H:すでに一周している感があります(笑)。

A:特にインディペンデントなフィルムメーカーにとって、作品を世の中に送り出すうえで、映画祭はベストな方法だと思うし、現にわたしのキャリアにおいてもとても助けにはなった。ただ、映画祭を基準に映画を作ることほど意味のないことって、ない。

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H:ちなみに、好きな映画監督は?

A:高校のときは、フランスのヌーヴェル・ヴァーグ作品にハマった。だってゴダール映画をみてると自分が賢いような気持ちになるから(笑)。ヴィム・ヴェンダースはもちろん、アンドレイ・タルコフスキー、ホウ・シャオシェンも好き。リン・ラムジー、ケリー・ライヒャルト、ジェーン・カンピオンにクシシュトフ・キェシロフスキ、それからライナー・ヴェルナー・ファスビンダーも。あげればキリない(笑)。でも、一番影響を受けたストーリーテラーは両親ね。

H:というと?

A:先にも言ったように父はポーランド人で母は韓国人なんだけど、過激なストーリーをたくさん持っていた。そのいろいろなストーリーを小さな頃に教えもらったの。
なぜだかはわからないだけど、わたしはそのストーリーに対して変な責任感みたいなものがあるの。両親から伝えられたそのストーリーって“ファミリーレシピ”みたいなものだと思ってて。いつか父と母、そのまったく異なる二つの過激なレシピ(ストーリー)を自分なりに混ぜて映画を作ってみたいと思っているわ。

H:『チョッピング・オニオンズ」では実のおばあちゃんが出演していたね。アディナにとって家族は映画を作る上でも大きな存在だ。大きな存在といえば、友人でアーティスト兼女優のインディアもいるね。

A:彼女とは小さな頃から友だちで、一緒に育った仲。彼女は演じる側に、わたしは撮る側に進んだ。だから彼女と一つの映画を作るのはとても自然なこと。新作の『CHEER UP BABY(チア・アップ・ベイビー)』も主演を務めてくれているけど、これに関しても「いま次作の脚本を書いてるんだけど、興味あるなら出る?」くらい、カジュアルなキャスティングだった。わたしは自分と近い存在の人たちと何かを作るのが好きなの。

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H:今後もそのキャスティングスタイルは続けていくの?

A:もちろん今後、“知らない人”たち、たとえば自分の好きな役者さんたちとも何かを作ってみたいと思う。映画監督として自分の幅も広がるしね。でも、友人と何か作るってことはわたしが持つ表現の一つだと思う。

H:心が通じ合っているからでしょうか? 撮影中あまりディレクションは加えないと耳にしたけど。

A:とりあえず「Let it go(そのままにして)」、自分が予期してなかった事や画が起きないかを見守る。特に、シーンの終わりとかね。実際に『チョッピング・オニオンズ』ではそれで生まれたシーンをたくさん使っているわ。カラオケでのシーンや、公園でのシーンなんかはまさにそう。役者でないキャストを普段の環境に置いてあげることで、演技ではない素の姿が出てくる。

H:先日サンダンス国際映画祭で上映された『チア・アップ・ベイビー』にも同じことが言える? それがスタイルなのかな。

A:前回と比べると、具体的なディレクションが増えたと思う。今回のストーリーはとてもセンシティブで扱いが難しいものだったから、勝手に違う方向にも進む可能性があった。、「このシーンにはこのポイントが必要で、そのポイントにいかに到達するのか」という思考を意識していたから、より具体的なイメージがあったのね。ただ、やっぱりディレクションのやり方はストーリー次第かな。

H:アディナの映画の脚本は、自分の体験を元に作られていますよね。実体験を元に作る、というプロセスはアディナにとっては自然なこと?

A:脚本を制作するとき、ストーリーの出発地点はいつもわたしの経験にはじまる。その後の段階でそのストーリーがどこか別の場所に向かうことが多いわね。

H:実体験から文脈が派生してストーリーになるわけだ。

A:そう。それに、実体験の“思い出”だって、自分が覚えておきたいように覚えているわけで、“実際に起こっていたこと”とは違う可能性だってあるからね。

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H:ストーリーを書いている時点で、どこまで実際の画を想像しているの?

A:画(イメージ)を考えた後に、ストーリーを書くかな。オープニングや、映画において必要なシーンなんかの場合は特に。

H:ディレクションはあまりしないということだから、現場での直感で生まれるシーンなんかもあるのかな。

A:もちろん。たとえば今作の『チア・アップ・ベイビー』のコンサートのシーン。そのシーンの照明テストをしていたとき、照明担当の子がカメラの前に立ったらその光景があまりにも美しくて。そのショットが何に使えるかも全然わからなかったけど、とりあえず素晴らしいものだったから、そのままカメラに収めた。結果、『チア・アップ・ベイビー』の中でも一番といって良いほどお気に入りのショットになった(笑)。

H:まさに予期せぬ画だね。自身の映画を作りながら、Gucci(グッチ)のビデオなどにも携わっているアディナ、そういった場合に“自分らしさ”ってどこにあると思う?

A:自身の作品と、コマーシャルビデオは完全に離して考えるように心がげているわ。わたしはこの二つの世界を混ぜ合わせたくない。これも仕事次第だけどね。コマーシャルの仕事の中でもDazed(デイズド)でやらせてもらったミッキー・ブランコ*を撮ったショートビデオとかなんて誇りに思う。

*トランスジェンダーラッパーとしてヒップホップ界で異彩を放つアーティスト。

H:簡単ではないよね。

A:「作品」と「お金をもらう仕事」どちらもディレクションする中で、そのバランスをいかにとるのか、それはいまも葛藤している。というのか、アーティストであれば一生の尽きない葛藤だろうね。

H:時に、撮るだけでなく演じる側もこなす。やっぱりその二つの違いは大きい?

A:演じる側を知ることで、より良い映画作りができると思う。だから、昔から演じることにも興味があったの。ただ、思うに、わたし自身良い役者ではないから、映画に出演すべき人間ではない(笑)。

H:またまた〜。役者としてのアディナを観ることができないのはさみしいよ。

A:もし誰かがキャスティングしてくれて、その役が上手くやれると感じられたら、もちろんやるわ。単純に、もう少し上手く演じられたらいいだけ(笑)。

H:スクリーン上でもお会いできるのを楽しみにしてます。ところで、インディペンデントフィルムメイカーのアディナは“インディペンデント”についてどう考えてるのでしょう?『ムーンライト』のように、インディペンデントフィルムでありながらアカデミー賞を受賞するなど、近年その境界線はより曖昧な印象があるけど。

A:わたしが思うに、商業映画の多くが、テーマやストーリーをふくめて昔ながらの構造に固執しすぎている。その一方で、インディペンデントといわれる映画は、そういう構造や、“ただエンターテイメントなだけの映画”に対して抵抗している印象。ただ、「コマーシャル」と「インディペンデント」を行ったり来たりしている人だっているし、多くの人がどちらも好き。だから、そうね、その境界線は曖昧。

H:では今後、アディナ自身もハリウッドの主要映画スタジオから映画を制作、なんて話もある?

A:うーん。わからないけどないと思う。いや、でもやっぱりわかんないわ(笑)。もし「ヘイ、ここに10億あるから映画を作らないか?」なんて言われたら、「yeah…ぜひ」ってなるよね(笑)。

でも、映画を作るうえで、これまでに「こうした方がいいああした方がいい」と指示してくる人に対して苦労した経験もあって。もちろん様々な人のサポートによって映画を作ることができるんだけど、いまのわたしには指示においてのサポートは一切必要ないと思ってる。

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H:未だ男性優位社会と言われる映画産業については、いち女性映画監督としていかに考えますか?

A:意見はあるわ、山ほど(笑)。ただ、“女性映画監督として”なんて大層なものでもないから、いち意見として聞いて欲しい。昔に比べれば状況は良くなってきていると感じるものの、まだまだ課題点は山積み。ヒエラルキーだって確かに存在する。性別を理由に仕事を取れなかった経験もある一方で、女性だから得られる権利も感じる。でもやっぱり、この業界において映画を作る機会を得たり、認められるのには、女性映画監督の方が男性に比べてより頑張らなければいけないと言えるのは確か。
「女性映画監督として」ではなくて、「映画そのもの」で認められたいなんていう複雑な気持ちがそこにはある。それって、女性を含めマイノリティ映画監督みんなにいえることだと思うけどね。

H:拭えないジレンマですね。初の監督作品はさまざまな国際映画祭をまわり、新作もサンダンス国際映画祭で上映されるなど、一つひとつ階段を登っているアディナ。その道中では、やはり苦悩や葛藤もアリ?

A:ひっきりなしよ(笑)。物事が簡単になったとは思わないし、最初の作品を制作した当時と比べて、自分が別人のように成長したかと言われればそうでもないし。当時とは違う経験を経てきたから、ほんの少しは変わったんだろうけど、映画を撮るうえでの葛藤はいまも当時も変わらない。何が大変って、いかにまわりに気を取られずに自分が本当に作りたい映画を作るかということかな。まだまだ当時と同じようにハッスルしてる。自分を絶えず鼓舞することが大事。

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H:ミレニアルズ、みんなハッスルしてますね。アディナが考えるミレニアルズにしか作れない映画ってある?

A:モダンラブかな?

H:現代の恋愛模様と、昔の恋愛模様の違いって何だろう?

A:やっぱり「電話(phone)」でしょ。スマホにもとづくソーシャルメディアカルチャー、アクセシビリティもそう。現代において“繋がり”から逃れることはもはや不可能。コミュニケーション方法の違いよね。そういう違いとかいまという時代を捉えるような映画じゃないかな。まあわたしはそういったテーマはまったく興味がないんだけど。これ答えになってる? 大丈夫(笑)?

H:バッチリな回答ありがとう(笑)。最後に、今後も映画監督として、どんな映画を作り、この業界においてどういう存在になりたい?

A:「強い声」を持った映画を作れるような映画監督になりたい。わたしにしか出来ない、わたしだからこその映画を作りたいと思う。その「強い声」がわたしにとって何なのかは、いまもまだ模索中ね。

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Aonisai 006: Adinah

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アディナ・ダンシガー(Adinah Dancyger)

1993年生まれ。
ニューヨーク生まれ、ニューヨーク育ち。大学卒業制作短編映画『Chopping Onions』が有名映画祭で軒並み上映され、新作『CHEER UP BABY』も先日のサンダンス国際映画祭に出展されるなど、注目される若手映画監督。
またそのアイコニックな見た目からか、役者として映画出演もこなす。

@adinahdancyger

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Photos by Kohei Kawashima
Text by Shimpei Nakagawa
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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