前日まで住所も知りえない。NYのあんな所で、記憶から消えないバー体験をくれた〈密室3人だけの極小バー〉の話(前編)

ググっても情報はない。前日まで住所すら送られてこない。謎たっぷりのニューヨークの極小バー、記憶に残るバーって何だろう。
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スピークイージー(潜り酒場)と呼ばれる酒場が近年ずっと人気だが、本当に「潜り」でやっている店は、どのくらいあるのだろうか。このご時世、“違法”でやってなきゃスピークイージーとはいえないとまで言うつもりはないが、ネットで検索できず、レビューなどもちろんなく、ある日突然隠れ里につれて行かれるような酒場だ。

名スピークイージーには平日問わず列ができるニューヨークで。久しぶりに、小さくてフラリとは絶対に訪れられない隠れたバーに行ってきた話をしよう。

オープンから2年経っても、ネット上に情報がほとんどない人気店

 そもそも外に看板版が出ていたり、ググれば住所や営業時間が出てくるような店は隠れていないので、秘密でもなんでもない。そんなことはわかっていながらも、かなしいかな、ググれば誰もが訪問できる「秘密の隠れ家」に興味をそそられてしまう。
 店の住所や営業時間はもちろん、店内の雰囲気やメニューの写真なんかも、ググれば大抵のことは事前に知ることができる。仮に店側が積極的に宣伝をしていなかったとしても、である。その店に行った人たちが「ここが良かった」「イマイチだった」「こうだったらもっと良かった」などと、親切心からか、自らの体験を不特定多数の人に発信しているからだ。

 しかし、この3人ぽっきりバー「スリーサム・トゥールブース(Threesome Tollbooth)」に関しては、オープンから2年以上も経っているにも関わらず、事前に知ることのできる情報が極めて少ない。ニューヨークのブルックリンの“どこか”にあるらしい。「Yelp(イェルプ)」という、日本でいうところの「食べログ」に似た巨大レビューサイトにもまったくレビューが投稿されていない。NYタイムズ誌やザガットなど大手メディアの過去記事は見つかったものの、店内の雰囲気がわかる写真はゼロ。

 一応、ウェブサイトはあるものの、写真はおろか、住所も電話番号も営業時間も明記されていない。

ただ、そのわりには「よくある質問」のページは充実している。

たとえば…

Q:「スリーサム(threesome)」ってことは、3P的なセックスクラブ*か何かですか?」

A: いいえ。メイクするのはラブではなく、カクテルです。

*threesome(スリーサム)は、英語で3人で何かをおこなうこと。俗に、3人でのセックス(3P)を意味する。

Q: 閉所恐怖症でも大丈夫ですか?

A: 小さな部屋というのは、すべての人に好まれるものではないでしょう。アルコールが多少は不安を和らげてくれるかもしれません…。

参考になるような、ならないような。そんなことがツラツラと書かれている。

 事前にわかったことといえば、完全予約制でチケット代は一人100〜120ドル(1万2,000円前後。予約する時間帯によって変動)と、決してお手頃ではないこと。行きたければそのチケットを必ず購入しなければならず、フラリと訪れるのは不可能。そして、本当にバーテンダーを入れて3人しか入れない(つまり、客は2名のみ)。とにかく小さなバーだということである。
 
 チケットを買ってみようと思った決定打は、このバーをはじめた「N.D. Austin」という人物。彼の存在が気になったからだ。以前、ヒープスで取り上げたジェフ・スタークという法スレスレの奇想天外な極秘イベントを主催するアーティストについて調べていた際に、この「N.D. Austin」の名前をみた記憶があった。
  
 彼もまた、法スレスレ(というか違法)の極秘イベント行ってきた“侵入系”アーティストの一人のようだ。有名なものだと、マンハッタンのビルの屋上にある、使われなくなった「給水タンク*の中に侵入して作った」幻のジャズバーがある。彼も参加者も不法侵入だけに「参加者には口外禁止を命じていた」が、噂というのは広がるもので「存在したのは8週間だけ」。そんな幻のバーを、「ポップアップ」というトレンドワードを使うことなくポップアップさせてきた彼が、今度はどんなバーをオープンしたのか。是非とも見てみたくなった。
 
 10月初旬にどうにか問い合わせてみたところ、思いのほか同月の予約はすでに埋まっていた。どうやら口コミだけで集客できているらしい。仕方なく11月で予約をしたものの、相変わらず住所は伏せられたまま。知り得たのは「ブルックリンのブッシュウィック地区」というエリア名のみだった。

 結局、“当日の待ち合わせ場所”が送られてきたのは予約の日の前夜。「明日のランデブーはここ。着いたらこの携帯番号にテキスト(メール)をください」とのことだった。
  

「…え、ここ??」

 現れたのは、ヒゲの先端をクルッとカールさせた小柄な男性。「ハロー、ネイサンです」。ヒゲが醸す神経質そうな印象とは裏腹に、気さくな笑顔で迎えてくれた。

「さぁ、こちらへ」と、ネイサンに誘導されるがままに着いていく。レストランの裏庭から建物の中に入っていき、彼はとあるドアの前で止まった。鍵を開けると「どうぞ」と中に入るように促す。やけに明るい蛍光灯が照らすのは、1畳半ほどの小さなスペース。レストランの従業員の荷物置き場と思しき、どう考えても関係者以外立ち入り禁止であろう場所だった。

 高さのあるステンレス棚には、ダンボール箱、従業員の私物と思われるバッグやコート、靴などが雑多に積まれており、圧迫感に加えて、その乱雑さが一層、「入ってはいけないところに入ってしまった」「見てはいけないものを見てしまった」という居心地の悪さをこちらにあたえる。 
 
「まさか、ここ?」と聞けば、無言の微笑み。無言演劇の道化師を思わせるやや大げさな動きや表情が、こちらのモヤモヤを掻き立てる。もう一度言うが、私たちが立っているのはレストランの裏の、ロッカールームと思しき場所だ。徐々に「なんか言えよ…」という小さな苛立ちと不安が大きくなっていく。

ここがランデブーの待ち合わせ場所だった。出迎えてくれたネイサン。ここを突き止めても、バーには辿り着くことはできない。

 しばしの沈黙のあと、「準備はいいですか」。彼はやっと口を開いた。「イエス」。一刻もはやくバーの実態を知って安心したいという想いで口走る。すると「では、こちらのドアを開けてみてください」と彼。そう言われてはじめて、荷物置き場の壁にもう一枚ドアがあることに気づいた。
 
 ドアノブを捻り、開けてみると、そこにはまさに電話ボックスサイズの、冗談のように小さな部屋があった。壁には木材、そして、革張りのアンティークシート。ある意味、手の仕事の温もりポカポカの極小のバーである。  
 もともとは、ボイラー室だったのだという。革張りのシートに横並びに腰掛けると、身長160cmほどの細身の2人でぴったり。これは確かに2人しか入れない。来店客が大柄な場合はどうするのかと聞くと「飛行機のエコノミークラスの席に座れれば、どんな人でも2人は入りますよ」と言うが、にわかに信じがたい。


こんな作り。実際はもっと汚い。

 次に、壁に取り付けられていた木の板をパタンと下ろす。ちょうど座った私の胸下くらいの高さで固定された。それはテーブルであり、3人しか入らない小さなスペース中で2人の来店客と、バーテンダーである彼との間を隔てる境界線でもあった。「ようこそ、スリーサム・トゥールブースへ」。ここからの2時間という時は、あっという間に過ぎていく。


狭い。3人の距離が本当に近い。テーブルとなった板は、マックブックを横並びに2つ置ける程度。

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