ニッチなDIY出版物 ZINE(ジン)、専門ストアができたり図書館でもジンコーナーが設けられたりと、我らの日常に出没しつつある。それに正比例して増えるのはジンメイカーである。あの意外な人物もちゃっかりジンをつくっていた。お騒がせラッパー、カニエ・ウェスト。
ファッションデザイナーの顔も持つカニエは、自身が展開するアパレルブランド「イージー(YEEZY)」の2017年新作コレクションを1冊のジンにした。ルックブックではなく、あくまでもこだわり抜いたジン、だそうで。誌面を飾る写真は、アフリカのドキュメント写真でも有名な米女流写真家ジャッキー・ニッカーソンによるもので、紙質やサイズに特にこだわりをみせたとか。映画にもなった、世界最高峰のアートブックをつくることで有名な名門出版社「シュタイデル(STEIDL)」のウェブサイトで販売されているから、完成度は高いのだろう。ああ、ルールが存在しない一番自由な文芸、ジン。
さて時は2018年、大変便利な世の中になったというのにその古臭いカルチャーは廃れない。それどころか、絶え間なく人間的な速度で成長し続ける〈ジンカルチャー〉。身銭を切ってもつくりたくて仕方がない。いろいろ度外視の独立した精神のもとの「インディペンデントの出版」、その自由な制作を毎月1冊探っていく。とかいって、実は前回の「元大統領と一般市民が誌面で肩を並べるソーシャルグッドマガジン『For』」からふた月もご無沙汰してしまった。5本目がシリーズ開始7ヶ月目にして出るなんて。たのしみにしてくれてた皆さんゴメンナサイ。このシリーズも地道に続けていきますよ…。だって、すばらしきインディペンデントマガジンは私たちの連載のペースなどいざ知らず、日々生まれ続けていますから(尚更サボっちゃダメですね、がんばります)。
今回紹介するのは、日本のお隣の国、韓国より。首都ソウルの若い世代から注目を集め、第一号を創刊したばかりなのに21ヶ所の本屋で取り扱いが決定(そして完売)した雑誌『쓰레기(Trash、ゴミ)』。トラッシュとはゴミのこと。そのまんまゴミが題材であり主役なのです。シワを伸ばすように細部までその制作についてが知りたい。創刊をすませたばかりのトラッシュ編集チームと、メールでのやりとりを重ねた。
創刊号。赤い!
HEAPS(以下、H):こんにちは、ええと、英語ではTrash(トラッシュ)でいいんですね、トラッシュのみなさん。初めてです、韓国の雑誌を取り上げるのは。
TRASH(以下、T):私たちも日本の媒体で取りあげられるの初めてです。
H:一番になれて光栄です。それにしても、雑誌名が韓国語で「ゴミ」。インパクトありますね。
T:でしょう!読者からのコメントやフィードバックも、「最初のインパクトが強烈」とタイトルに触れる人たちが多いです。
H:なんでゴミについてのインディペンデント雑誌を…と聞きたいところですが。まず、もともとみなさんがやっていることから。ゴミと関係の深い「JUST PROJECT(ジャストプロジェクト)」というデザイン会社をやっているそうで。
T:そう、2014年に設立したデザイン会社。ジャストプロジェクトの一環でトラッシュを創刊しました。ジャストプロジェクトは、ゴミという“材料”を使って、人々の日々の生活に関わる日用品をデザインするプロダクトデザイン会社です。
H:なるほど、もとよりゴミと関わるお仕事をしていたのですね。ゴミ問題を意識するきっかけなどがあったんですか?
T:もともと別の会社のデザイナーを10年やっていて。そのプロダクトを生産しているフィリピンに滞在していたときに、出会っちゃったの。ゴミを利用して日用品を作る人たちに。もともとゴミという材料や素材を使うことに興味があったから、すぐにその人たちとプロジェクトをはじめた。「ジャストプロジェクト」って名前でね。
H:おお〜!ってことは、それをそのまま会社化したってことか。だから、肩の力が抜けた名前なんですね。
T:その通り!プロジェクトを6ヶ月ほどやってみて、本腰を入れたくなったので、これはちゃんと会社化しよう、と。ジャストプロジェクトという名前のまま会社にしちゃった。いまでも、私たちのプロダクトのいくつかの生産はフィリピンで担ってもらっているの。
JUST PROJECTのオフィシャルウェブサイト。
H:フィリピンには14人ほどのチームがいるんですよね。韓国のチームは何人ですか?
T:3人!設立時から2年は私一人だったのに、いまは3人!
H:3人寄れば文殊の知恵。はかどりますね。ゴミ問題について何かしようと思って、ゴミと関わる会社を作りプロジェクトをしていた、ということ?
T:そこなんだけど、 私たちは“ゴミ問題”とか、“ゴミは抑制すべきもの”、という姿勢や考えかたは持っていなくて。ゴミや廃棄物という言葉からイメージするものって、大抵ネガティブなものでしょ。でも、私はデザイナーとして、私たちはプロダクトデザインの会社として、ゴミを「材料の一つ」として捉えている。
H:ネガティブでもなければ、別段の特別視もしていない感じですか。
T:そう。材料の一つとして捉えていて、それ以上でも以下でもない。ただ、お気に入りの材料として好き。
私たちジャストプロジェクトは、メディア上で「エシカル」とか「エコフレンドリーの会社」と紹介されることが多いのだけど、正直に言うとしっくりきていないというか。私たちは、ゴミという魅力的な材料を選び、プロダクトをデザインしてマスに向けて売り出す一つのプロダクトデザイン会社。非営利団体でもなければアクティビストでもない。なので、必要以上に私たちのゴミのプロジェクトをシリアスに話してもらうことはないなって。
H:ウェブサイトでもエシカルは推していないですもんね。
T:「買い物をするなら、もっとエシカルな選択をして!」と、強制することは私たちの役目ではないんです。どちらかというと、ユニークな選択をもう一つ用意しておくという心構え。
H:ゴミを問題視することを強要しないから、プロダクトとしてもっと気楽におもしろがれる感はあります。
T:ゴミは、近い将来にはもはや“無駄なもの”ではなくなると信じています。何か他のものに姿を変えられる、すばらしいポテンシャルを持ったモノだと。ゴミと一緒に何かをしようと動いている人は、世界に少なくないですよね。
H:ジャストプロジェクトのスローガンは、It is trash, but treasure to me.(ゴミだけど、私にとっての宝物)。
T:プロダクトを通して、私たちのゴミへの愛情が伝わるといいなあ。
H:これまでのプロダクトには、「I was t-shirts」「I was newspaper」「I was straw」など。どのゴミを使用したかわかる名前ですね。プロダクトのデザインは、材料を決めるところからはじまるんですか?
T:そう、“今回のキーアイテム”を決めるためのリサーチ。最近はどんなゴミが出ているのか。そして、それを私たちが生活で日々使用するものとして、どんなプロダクトに作り変えることができるのか。
H:選ぶうえでこれは外せない、というポイントは?
T:材料となるゴミがサステナブルであるかどうか、です。市場に安定して出していくには、その供給をまかなえる材料が仕入れられないとなので。
H:珍しすぎるゴミだとプロダクトを供給し続けるのが難しい。ゴミがサステナブル、というのもおもしろい視点ですねえ。日用品として流通させないと、消費者のもう一つの選択肢にはならないですもんね。
T:ですです。例としては、ストローやお菓子の包み紙、新聞、古着などが、これまで使っている材料です。
H:そして、最新のプロジェクトが雑誌『トラッシュ』。創刊おめでとうございます。このタイミングでなんで雑誌を選んだんでしょう?
T:繰り返しになっちゃいますが、私たちはゴミを抑えつけていくべき問題であるとは捉えていません。むしろ、違ったひらめきや着想をくれるものだと思っています。私たちのそういった考えや、ゴミへの愛を伝えるためにはじめたのがトラッシュです。
H:愛が止まりませんね。トラッシュ編集部は新たに設けたんですか?
T:リサーチから編集・翻訳、校了まで、ジャストプロジェクトのメンバー3人でまわしています。ブックデザインだけ外のデザインスタジオにお願いしていますが。
オフィスの写真も送ってくれました。
H:1号、159ページのボリューム。ズバリ、メインテーマは?
T:「私が一番好きなゴミ」。8章から構成されます。世界各地の、ゴミを愛でる人、集める人、はたまた勉強する人について、ゴミのめくるめく世界が広がっている。ゴミが宝物になるなんて周りの誰にも理解されぬとも、愛し集め学ぶ人たち。
H:特にお気に入りのコンテンツも知りたい。
T:一番お気に入りのコンテンツを一つ選ぶのは難しいなあ。それぞれの章に、それぞれの観点と情熱をうんと詰め込んだから。だから、どの章も同じだけ愛してる…。って回答でいい(笑)?
H:いいですよ。愛が一貫していて、すてきです。最近、ゴミだけでなく社会問題についてを取り扱う雑誌は多いですが、トラッシュのユニークさは?
T:トラッシュは、アカデミックや教育的な内容ではないし、公的な目的を持って人々を環境問題への意識へと導くものじゃない。だから、ゼロウェイスト生活、アップサイクルについても話さない。それとは少し違ったディレクションだと思う。
H:ゴミそのものについて純粋に話していますよね。その先の解決策とか改善策を探すとかではなく。
T:そう。ゴミに対して深い気持ちや考えを持ちながら、ヘビーになりすぎない。 シリアスとウィットを自由に行き来するような姿勢を持っているのが私たちだと思う。ある読者は純粋にゴミのコンテンツを眺めてたのしむのだろうし、ある人は読んでその奥にあるシリアスな問題を思いやるかもしれない。読む姿勢も自由に持ってもらえるかな。
H:創刊号は早々に完売したそうで。オンライン以外の販売は本屋ですか?
T:21箇所の本屋で取り扱ってもらってます。うち13がソウル、8がその他の市街。ところどころ本屋さんに少しばかりストックがあるんだけど、それ以外は完売!
H:すごいです。いずれなんかコラボしたい。どんなフィードバックが多い?
T:さっきのタイトルのところもそうだし、あとは8章のうち「Treasured(大事にされた)」という特集の章も人気。大切にしたゴミについてを思い出して語ってもらうもの。他人に「ガラクタ」って言われても、それはその人にとっては大切な宝物だったとなあ、というおハナシ。
あとは、「Dumped(投棄された)」ゴミ袋のカラーやデザインがソウルの25地区でどれだけ違うかというコンテンツ。
H:おもしろい。
以前に勉強したことないことでしょ。で、知ったところでどうってことないってのがいいでしょ。
H:シリアスじゃない具合がね。
T:でも、「ゴミ」(!!!)ってタイトルから、何かゴミ問題について学べるんじゃないかと期待する読者もきっといるじゃない。そういう人たちには、「がっかりさせて、ごめん」って思っています。
H:「ゴミ」という狭いテーマで雑誌をやっていく難しさとか、いまの時点で想像しますか?
私たちのテーマが“ゴミについての課題”だったら、コンテンツは狭まると思う。どうやってゴミを減らすか、とか。ゴミって、ゴミというテーマが狭いのではなくて、その捉え方が狭いんだと思う。汚いもの、とか、問題のあるもの、とかに寄りがちでしょ。
H:なるほど。
T:トラッシュは、どうゴミを減らすかのハウツーを教えるわけではないし、課題について考えを巡らすものでもなくて。ゴミというテーマを扱いながら、それとセットで語られがちな「ゴミを減らす」に触れないことが、とってもユニークなところだと自負してる。
H:デザインのディレクションは、デザインに携わってきたからおてのもの?
T:ゴミについての愛情溢れるテキストにビジュアルをどうトンマナとしてあわせていくかにはとても注力した。何より、一冊ごとに表紙をすべて違うものにしたの。これがトラッシュのシグネチャーになった。
H:ゴミの千種万様がよく表れていますよ。どうやって実現したんですか? すべてに違う表紙って。
T:表紙の部分は大きなスクエアにくり抜いてもらって、最後に私たちのミスプリントの写真やポスター、フライヤーなんかをはめていったの。手作業ね。
結果として、こんなコンセプトも込めることができた—「トラッシュ(ゴミ)が、トラッシュ(マガジン)を完成させた」って! 私たちチームの一貫した目標、ゴミを何か新しいものにする、がここでも実現してうれしい。
H:実は、私の友人の日本人も一人、第一号目にライターとして参加しています。
T:できる限り、いろんな境界を超えたコントリビューターたちと作っていきたいと思っているの。私たちは韓国に住んでいるから、コンテンツは韓国内のことに制約されがち。だから「Un-bordered Trash(境界のないゴミ)」という、世界を跨いだゴミについてのコンテンツを読める章をつくった。第一号は、アメリカ、日本、台湾、インドネシアからの寄稿が載っている。
H:どんな読者が多いんでしょう。読んで欲しいのは、やっぱり若い世代?
T:どの世代の人たちにも読んでほしい。だから自分たちから世代を狭めるようなことは言わないけど、いまのところ若い世代が多いかな。
H:トラッシュをどうたのしんで欲しい、とか、読んだらどうして欲しい、とかはあるのかな。
T:たのしんで頂戴! この一言、それだけ。どう読むかというところに、私たちの干渉は必要ないと思っている。だって、読者それぞれがそれぞれの観点や生活に基づいて読むのだと思うから、それぞれ読む体験は異なる。だから、読んでどうして欲しいとかもないなあ。トラッシュには自由に一人歩きして欲しい。ゴミについての先入観とか捉え方がもっと広がっていくといいなあ。
H:ゴミについての先入観かあ。昨年韓国では、大きなゴミの問題もあったし、ネガティブな見方はいまちょっと強いかもね。
T:“ゴミ混乱(waste chaos)”問題ね。プラスティックや発泡スチロールゴミを回収していたいくつものゴミ回収会社が突然「今後、プラスティック・発泡スチロールなどのゴミを受けつけない」と宣言して。それによって、行き場のないゴミ問題に直面して国全体が混乱したのが、昨年の春。
H:ニュースになってましたね。ストリートに縦積みされたゴミの山々…。
回収されないのに、ゴミは捨てられ放置され…。それをだーれもゴミ処理場に持っていかない。みんな、ゴミの問題については以前からなんとなく知っていたと思うけど、「ゴミによって生活がこんなにも不便になる」というのを目の当たりにして体験したのは、きっと初めてのことだったと思う。この出来事が、政府に、ゴミ問題に対しての具体的な政策を進めさせる後押しになって。実際に、ソウルではプラスティックカップを使うことをコーヒーショップに禁じられたし。
H:そんな時だからこそ、ゴミをたのしむトラッシュはよりオルタナティブに映るのかもしれない。
T:人々の意識を変えるって、ただ事じゃないから。改善や解決を示すのでなく、あるトピックにおいて、捉え方や考え方を広げるためのおもしろいものを作ろうと思ってる。ゴミについての雑誌を手に取ってもらえたなら。まずはそれこそが、ハッピー。
Interview with Yi Young-yeun, Trash / JUST PROJECT
Photos via JUST PROJECT
Text by Sako Hirano
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine