その3。アメリカ国境を5回も越えた男。メキシコ移民は語る「ヘリに追われマフィアに挟まれたギリギリの不法入国バナシ」
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暗闇の中ヘリに追跡され、4リッターの水とたった2枚のトルティーヤだけで砂漠を四日間さまよい、拳銃を持った国境警備隊とマフィアの間で板挟みになりながらも、人生で5回、メキシコから米国に違法で移民した男、ミッキー氏(仮名)。
波瀾万丈すぎた越境のストーリーを、メキシカンレストランでワカモレ(メキシカンといえば、のアボカドディップ)をともに食いながら数時間にわたって聞いた。

▶︎メキシコ移民は語る「ヘリに追われマフィアに挟まれたギリギリの不法入国バナシ」その1
▶︎その2。ミッキー氏は語る「メキシコ・マフィアの、アボカドピンハネ悪行」

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ミッキー氏。

H:越境の話に戻って。越境を失敗したことは?

あるある….。
これも、リオ・グランデ川を渡って越境しようとしたとき。その時は、5人の仲間と一緒だった。

仲間と、それから一人のコヨーテ(もちろんマフィアだよ、と念押し)がボートに乗り込んで、リオ・グランデ川を渡って越境する手はずだった。
メキシコ側の岸には、もう一人コヨーテがいた。見張り番だ。
コヨーテが5人を乗せた船をロープで引っ張ってリオ・グランデ川を渡っている最中、米国の国境警備員に見つかっちまった。

そこで、国境警備員は俺たちにこう言ったんだ。「そいつを捕まえて大人しくさせないと、撃つ」と。
そいつっていうのは、ロープを引っ張って船を米国側に進ませようとしていたコヨーテ、マフィアね。
つまり、マフィアを大人しくさせろ、と。大人しくさせるっていうと、まあそうだな、捕まえて殴ったりってことだ。

でも、メキシコ側の岸には、見張りのコヨーテがいる。俺たちがロープ引っ張ってるコヨーテに何かしようものなら今度はそのコヨーテに、俺たちが撃たれちゃう。完全な板挟み。

H:どうしたんですか?

死に物狂いでメキシコ側に戻ったさ。俺たちがメキシコ側に戻ろうとしたんで、岸にいた見張りのコヨーテが警備員に狙いをつけた。
マフィアになんかあったら後々怖いからね、越境は諦めたよ。

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絵を描きながら説明してくれた。図中のMはマフィアのM。

越境は超簡単なときもあった。

冗談みたく簡単なときもあったよ。それも、その時はちゃんと国境のチェクポインとを通ったんだぜ。
入国審査の列に並んで待っていた。で、順番がラッキーだった。身なりのいいご婦人と子どもの後だったんだ。

パスポートと適当な書類を用意してあったんだけど、あんまりじっくり見られたくはないものだった。
それをポケットから出そうとした瞬間、移民検査官は、「はい、オッケーです」。
前にいた身なりのいいご婦人の旦那だと勘違いしたんだ。
9.11以前は、拍子抜けするくらい緩かったな。

H:気になったのですが、米国からメキシコに帰ったときに捕まったり厳重注意などはないのですか?

ないね。出国は楽だよ。俺は、メキシコに帰るときは飛行機を使うよ。

H:え! 入国記録がないのに止められない?

それがないんだ。メキシコも、帰国しても何もないよ。帰ってきたヤツには何もしないのさ。

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ミッキー氏が提供してくれた、まだ不法移民初期の頃の、自身の写真。
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ノース・カロライナへ到着したとき。

マフィアを出し抜いたこともある。

そういえば、マフィアに払うお金がなくて、出し抜いたこともある。

H:詳しく教えてください。

越境して、自分の知り合いのいる地へ行く前。マフィアに、金を渡すまでここにいろ、と、ある小屋に軟禁された。
俺ともう一人、仲間も一緒だった。
何日かするとマフィアも気が緩んで「ビールを買ってくる」と言ったんだ。
だから、俺はチャンスだと思って仲間も誘って一気に逃げた。街中でタクシーを拾ったんだ。

H:でも、お金なかったんですよね?

仲間が持ってた。ちゃんとマフィアに払う代金を用意していたからね。
タクシー代を払ってもらうのに連れてったんだよ。もし、どこかでそのマフィアが俺を見つけたら、間違いなく殺すだろうね。絶対会いたくないよ。

人生最後の越境…ニューヨークへ。

H:いま、こうしてニューヨークにいらっしゃる。最後の越境はいつ?

最後にメキシコを去ったのは、もう7年前だな。
その時は、メキシコのサンタ・アナを朝の5時に出発し、国境のあるソノラ州の北へ向かった。途中は線路に沿って歩いて行き、橋では、枕木の上を一歩一歩、歩かなければならなかった。

俺たちは丘を越えて夜通し歩いたよ…。しかし、俺の感情は、冴えなかったな、様々な感情が渦巻いていた。
故郷を去るという悲しさと、一歩一歩、進んでいるという達成感が複雑に絡み合っていたから。
それに俺、国境を越える日は120ペソ(600円ほど)しか持っていなかった。

H:それじゃあ越境でマフィアに払うお金、なかったということですね。

そう。でも、すでに米国にいるメキシコ人の知人が肩代わりしてくれることがあるから。
密入国エージェント、コヨーテとの約束の場所は砂漠だった。砂漠の気候は、昼は暑く夜は凍てつくような寒さなんだ。堪え難かった…。
二個持っていたツナ缶はもう食べてしまっていて、残るは4リットルの水と、2枚のトルティーヤだけ。
最初に50人ほどいた仲間は国境警備隊に捕まり、徐々に減っていって国境の砂漠を渡る頃には7人になっていた。

H:他の人は強制送還。

そう。俺たち7人は、女の子もいれば、おばあさんもいた。いつの間にか、不思議な絆で結ばれている感じだった。
けれど同時に我々7人は、砂漠の中に取り残されている感じもした。

さらに、一昼夜砂漠の中を歩かなければならない。すでに疲労困憊していたし、お腹も空いていたし喉も渇いていた。何より夜は寒かった。
それでも歩いた。でも、歩いても歩いても、案内役のコヨーテはどこにも現れなかった。

俺の靴は、とうに使い物にならなくなっていた。
「誰か、靴を持っていないかなぁ」と呟いたんだ、ダメ元で。そしたらどこからか、「持ってる!」という声。
良きサマリア人はいるものだな。ある男が、真新しいブーツをくれたんだ。
彼はこう言ったよ。「メキシコに帰ったときに返してくれればいいよ、さあ、歩こう!」

俺たちはまた、歩きはじめた。
そうして、歩き続け、やっとのことでニューヨークにやってきたんだ…。

H:最後の越境も、大変だったんですね。最後に、今後どうするか教えていただけますか。

もう歳だから、あと、2年くらい働いて、メキシコに帰ろうと思う。
また結婚して、家族と一緒に暮らそうと思う。次帰ったら、俺はもうメキシコで生きるさ。

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Interview with Mickey
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▶︎メキシコ移民は語る「ヘリに追われマフィアに挟まれたギリギリの不法入国バナシ」その1
▶︎その2。ミッキー氏は語る「メキシコ・マフィアの、アボカドピンハネ悪行」

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Photos by Masato Kuroda
Text by Masato Kuroda Edited by HEAPS

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