暗闇の中ヘリに追跡され、4リッターの水とたった2枚のトルティーヤだけで砂漠を四日間さまよい、拳銃を持った国境警備隊とマフィアの間で板挟みになりながらも、人生で5回、メキシコから米国に不法に移民した男、ミッキー氏(仮名)。
波瀾万丈すぎた越境のストーリーを、メキシカンレストランでワカモレ(メキシカンといえば、のアボカドディップ)をともに食いながら数時間にわたって聞いた。
多すぎ。米国の不法移民
米国におけるイリーガルイミグラント(不法移民)の総数をご存知だろうか?
総数は、おおよそ1100万人。これは、東京なら東京23区の総人口930万人より多く、ニューヨークならニューヨーク市の総人口850万人より多い。膨大な数だというのはわかってもらえるだろう。
不法滞在なのでもちろん社会保障番号をもたない。彼らは様々な公共サービスから除外され、公的にはインヴィジブルな存在とされている。しかし、筆者住むニューヨークでの彼らは、インヴィジブルどころか日常のあらゆる場面で見かけるごく普通の存在だ。ニューヨークで暮らしていれば、彼らは友人であったり、職場の同僚であったり、様々なサービスの提供者だったりする。そして、彼らの労働力がなければ、ニューヨークの経済・社会は、たちどころに立ちいかなくなってしまうだろう…。
こうした状況に対して強行な姿勢を示すのが、「メキシコと米国との国境に万里の長城を作り、不法移民は強制帰国させる」と演説していた共和党の大統領候補トランプ氏のような人物である。しかし、基本的にトランプ氏のような過激な強硬派は共和党の中でも、多数派ではない(少なくとも、少し前までは)。保守派であろうと、不法移民の経済的役割を無視できないからだ。
ミッキー氏は安岡力也のような迫力のルックスだが、筆者がニューヨークで出会ったすべてのヒスパニック系の人たちの中で格段に紳士で優しい人だ。しかし、米国には「ヘリに追われてマフィアを出し抜いて」やってきたという。その迫力のルックスに違わぬ越境ストーリーを持っていた。
顔出していいし本名使ってもいいよというミッキー氏。本名は伏せた。
ウン十人が越境を目指した。成功したのはたった7人だった
HEAPS(以下、H): さっそくですが。どんな感じで越境してきたんですか?
最近のは、アリゾナの砂漠を越えて。一番最初のはリオ・グランデ川を越えて。すごく簡単だった。もう31年前だな、1985年だった。
まず、リオ・グランデ川ってのをボートで渡る。その向こう岸には、密入国エージェント「コヨーテ」がバンを用意してた。テキサスまで、たったの600ドル(約6万円)。甥っ子は、たった200ドル。ディスカウントで渡れたんだよ。ラッキーだった。
H:ん? ちょっと待ってください。最初のということは、何度か?
全部で、5回だね。
H:5回! なぜ大変な思いをして米国に不法入国したのに戻るんですか? しかも4回も。
家族さ。娘がメキシコにいるからね。米国で稼いだお金をメキシコに送ってるのさ。時々、メキシコに帰るんだよ。
H:なるほど…。
5回のうち3回はリオ・グランデ川を越えるルートだったんだ。国境を越えるのはまあラッキーなことに楽なこともある。でも、何十人かで国境を越えようとして、俺を含めてたった7人しか通過できなかったことがあった。みんな見つかってメキシコに戻されたよ。
ちなみに見つかった場合は、留置所行きね。
ヘリのサーチライトから逃れて…。
ヘリに追われたこともあったな。アリゾナの砂漠を越えた後だ。
なんでアリゾナの砂漠を越えないといけないかっていうと、公共交通機関には警察が多いから。砂漠を歩いて渡るんだよ。
米国に入って、移民たちは自分の目的地を目指す。それは人それぞれなんだ、自分の知り合いがいる場所を目指す。
H:じゃあ逆をいえば、米国に知り合いがいないと越境はできない?
無理だね。みんな知り合いを頼ってくる。メキシコから知っていて先に越境したヤツら、アメリカ人と結婚した人、とか…。
H:なるほど。で、砂漠を渡っていてヘリに見つかってしまった、と。
そうだ。俺たちは、プランテーションの茂みの中に隠れていたんだけど、プランテーションのオーナーに通報されて国境警備隊のヘリコプターがすぐにやってきて、追いかけられた。
夜だったから、サーチライトで照らされて映画みたいだったよ。みんなパニックになって、散り散りになって、プランテーションの茂みの中を必死に逃げた。
茂みの中なんで、上からサーチライトで照らしても、向こうからはよく見えない。逃げ切ったよ。