#005「東の無名バンドを英音楽番組に出演させよ」史上初、共産主義国のアングラバンド“逆輸入”実録。ーベルリンの壁をすり抜けた“音楽密輸人”

【連載】鋼鉄の東にブツ(パンク)を運んだ男、マーク・リーダーの回想録、5章目。
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「東ベルリンは、世界一入場規制が厳しい“ナイトクラブ”のようだった」

回顧する男は、マーク・リーダー(Mark Reeder)。
イギリス人音楽プロデューサー、ミュージシャン。そして“音楽運び屋”。
冷戦時代、ベルリンの壁と秘密警察の手をくぐり抜け、
抑圧の東ベルリンへ禁じられたパンクロックを“密輸”した男である。

「壁の西側には色鮮やかなグラフィティが施され、東側では兵隊が銃を構え整列する」
人権、文化、金銭の価値、国民の一生、そして人間の尊厳を決定した
高さ3メートルの「ベルリンの壁」。
それを境に、西は「経済」「自由」「文化」のすべてが豊かに栄え、東はすべてに飢えていく。
それは「音楽文化」も同じだった。

命懸けの東から西への逃亡。厳重な検問を乗り越えねばならない西から東への越境。
しかし、マークは幾度となく壁をすり抜けた。

西から東へ極秘の“ブツ”、パンクを密輸、禁じられた音楽を東に紹介するため。
これは、かつて“音楽密輸人”だった張本人の回想録だ。

***

前回のエピソードでは、音楽史初・東ベルリンでの違法ライブを成功させた顛末を語った。今回のエピソードではその数ヶ月後、東ドイツの若いパンクバンドを発掘し、英人気音楽番組に出演させてしまったぼくの音楽“逆輸入(密輸?)”ストーリーを丸々語ろうと思う。

▶︎1話目から読む

#005「東の無名バンドを英音楽番組に出演させよ。史上初、共産主義国のアングラバンド“逆輸入”実録」

 教会での違法パンクライブを成し遂げた、ぼくマーク・リーダーと東西の音楽狂たち。この偉業の成功で勢いに乗ったぼくのもとに一件の依頼が舞い込んできた。それは、本国イギリスで人気を誇っていたテレビ音楽番組『The Tube(ザ・チューブ)』からだった。80年代の人気バンド、たとえばフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドやバナナラマなどの登竜門だった番組が、西ベルリンに出張し地元のミュージックシーンを紹介する“特別番組”を作りたいと言い出した。そこで、ミュージシャン兼ファクトリーレコード特派員であってベルリンの音楽シーンにも詳しかったぼくに“仲介人”になってくれないかとお呼びがかかったというわけだ。それは何から何まですべて準備をこちらがしなければいけないことを意味していた。出演するのにふさわしいミュージシャンたちも撮影ロケーション、機材の手配、そして撮影許可までも。

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 このベルリン特別編はミューリエル・グレーという名の女性ジャーナリストと西ベルリンのアバンギャルド音楽シーンについて造詣が深かったNME(英老舗音楽雑誌)のライター、クリス・ボーンが司会を務める予定で、ぼくはクリスとどんな西ベルリンの音楽シーン像を紹介しようかああだこうだと話し合っていた。つまらない商業ポップなんかじゃないアングラシーンをイギリス中のテレビに映すことができるんだ、とはじめる前からかなり鼻息荒かったぼく。知り合いのミュージシャンたちの出演も機材の準備もオーケー、ロケーションも整い(米・英軍基地で働く友だちに頼み込んでスパイが出入りする場所などゾクゾクするようなロケ地の撮影許可ももらった!)、さあ明日番組クルーが来るぞ、というときになってクリスが急遽仕事の都合で来ることができないと報らされた。ということはつまり、ぼくが司会者としてテレビに出演することになってしまったのだ!

 ここまできたのだから司会しないわけにはいかない。承諾したぼくの頭にあるアイデアが思いついた。番組が“ベルリン特別編”と謳うなら、なにも西ベルリンだけじゃなくて片割れの“東ベルリン”の音楽シーンだって紹介すべきじゃないか? 番組制作側に東もどうかトライさせてくださいと頼みこみ、承認をもらうことに成功。さらに東ドイツ政府のお役所トップたちとのミーティングにまでこぎつけたのだ。思いの外あっけなく番組の主旨を理解したお偉い方から撮影許可までもらえた。

 許可があることは、東の地下で巻き起こるラディカルなパンクシーンをテレビで放映することが可能、というわけではなかった。東には正式にはパンクは存在しなかったパンクは資本主義社会の欠陥、失業の原因だと見なされ、脅威の存在だったのだから。それでもぼくは、東で極秘ライブを成功させたんだから、東の急進的なバンドもどうにかして出演させることができると信じていた。ただ難関は、中年のプログレッシブバンドなんかじゃなくて、イギリスの若者も共感できるような若さみなぎる東の若者を象徴するようなフレッシュなバンドを探すことだった。

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赤パンツ・ツンツンヘアの無名バンドにピンとくる

 ある昼下がり、番組制作に関してお偉い方との息の詰まるようなミーティングを終え電車を待っていた。出演にふさわしいバンドを数週間ほど探し回ったのだがまだ見つからず憂鬱な気持ちになっているぼくの目に、真っ赤なパンツにツンツン頭、ギターケースを抱えて仲間と歩く若い男の姿が飛び込んできた。気がついたら彼らを追いかけていた。開口一番バンドやっているか?イギリスのテレビに出演したいか? と息を切らせながらまくし立てるぼくに(しかも革のロングコートに革の手袋、白シャツ黒タイ、中折れ帽子のマフィアみたいな格好のぼくに)いささか彼らは押され気味だった。「そんなの不可能さ!」と彼らは言う一般観衆の前での演奏許可さえ持っていないのに、イギリスのテレビに出るなんて?

 それでも折れなかったぼくは、どんな音楽を演っているのか? どんなバンドに似た音楽なのか? と聞くと、彼らは「ザ・ポリスにちょっと似ている」と答えた。うううん、まあ大丈夫だろう。それに彼らの容姿は完璧だった。若くてファッショナブル、ニューウェーブっぽい。これから曲の練習に行くという彼らについて行くことにした。ギタリストは見事に美しい手作りギターを持っていて(“買えないモノは作ればイイ”という東の精神によるもの)、ドラマーはみすぼらしい緑の肘掛け椅子に座り、彼らはドイツ語でザ・ポリスの雰囲気漂うオリジナル曲を披露してくれた。うん、なかなかイイぞ。というか、すごくイイぞ。

 さて、その次は肝心な「彼らの出演許可をいかにしてとるか」だ。アンダーグラウンドなシーンでしか存在しない、つまり表向きは存在しないことになっている“ジェシカ”という無名のバンドを。そこでちょっと悪賢いことを思いついた。政府から大々的な信頼を寄せられている自由ドイツ青年団(Freie Deutsche Jugend, FDJ*)という組織を“利用”する方法だ。ぼくが実際にジェシカと出会って出演交渉したなんてことは明るみに出せないから、まずは彼らに、「青年団の本部に行って、『イギリスのテレビが東ドイツの新人バンドを探していると小耳に挟んだ』と伝えてごらん」と頼んだ。そして次に、ぼくの方では政府のお偉い方に「青年団を通じてジェシカという名の新人バンドがいると聞きました」と報告する。あたかも「あなたたちの信頼する青年団も知っているバンドですよ」というふうに帳尻をあわせるという手筈。お偉い方が、青年団が言うならいいだろう、となるはずだ。
 小細工の甲斐あってお偉い方は、検討して来週連絡すると言い、次にバンドの存在が確認できたと告げてきた。それからぼくは幾度となく東ベルリンに足を運び、お偉い方とのミーティングを重ね(ジェシカのバンド練習にもこっそり訪ね近況報告をして)るうちに、これは本当に実現するかもと手応えを感じた。ついに番組の撮影クルーと東ベルリンに入ったが、このときになってもまだ正式にジェシカが出演できるのか、どこで撮影するのかがわからない状態だった。結局、撮影予定の一時間前になってやっと出演許可が降りた! 場所は、市内のスポーツセンターだった。

*旧東ドイツの支配政党だったドイツ社会主義統一党の青年組織。対象は14歳から25歳の男女、75%に上る東ドイツの青少年が加入していた。活動の目的は東ドイツの若者に社会主義・共産主義の政治に興味と理解を持たせることだが、ディスコやロックコンサートをも運営することもあった。

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 撮影の日、ぼくはひどく緊張した。だが、いい緊張感だ。あの違法教会ライブを思い出させる。レコーディングスタジオですら、本物の観客の前ですら演奏したことがなかったバンドだが自信に満ちた様子で、こんな大舞台に立てるのは最初で最後のチャンスかもしれないと心得ていたようだった。彼らの演奏は卓越していて、小さなラウドスピーカーからこの日はじめて披露された曲がかき鳴らされたとき、ぼくの目には涙が込みあげてきた。ぼくは、この若造バンドのことを心底誇りに思った。後日番組は放映され、バンドにはアルバム制作など音楽の道が開けたのだった

 次回は、東ベルリンにも秘密に存在したゲイディスコでぼくの密輸テープが流れた話や、西ベルリンのノイズバンドでイギリスのミュージックシーンにも大きな影響を与えたアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのアバンギャルドぶり、西ベルリンにゾクゾクとやってくる英ミュージシャンたちの話などをしよう。

〜ジェシカにまつわる余談〜

バンドの出演料はわずか16東ドイツマルクだった(現在の0.75ユーロ=約97円)。お偉い方にはテレビ番組側からたくさんのキャッシュが入るのにこれでは不公平だ。ぼくは彼らに謝礼金として、西ドイツマルク(東ドイツマルクの10倍の価値とも言われていた)をカセットテープにうまく細工し“密輸”してきていたのだ。バンドメンバーとトイレで会ったとき、なにも言わずに彼のポケットに100ドイツマルク札の束をねじり込んだ(ピンク・フロイドのレコード一枚が闇市で100DMで売られていた時代。彼らにしたら大金だ*)。状況が飲み込めないと言った感じでぼくの顔を眺めていた彼だがこの札束が何を意味するのか理解すると、ヒューッ!と感嘆の口笛を吹いたのだった。
*100ドイツマルクは現在のレートで50ユーロ=6500円。マークはバンドに500ドイツマルク(現在の約3万2400円)をこっそり渡した。

マーク・リーダー ニューアルバム『Mauerstadt』ディスクレビュー

熱い電流に帯びた有機質なエレクトロが溶かす
あなたの中の“ベルリンの壁”

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ドイツ語で「城郭都市」を意味するらしい。『Mauerstadt(マウワーシュタット)』、それはかつて東西でプツリと分け隔てられたベルリンの姿だ。そしてそれは、70年代マンチェスターミュージックシーン、70・80年代東西ベルリン音楽黎明期にラディカルな音の種を蒔き、21世紀のジャーマン/ブリティッシュサウンドに花を咲かせたマーク・リーダーのニューアルバムの名でもある。

音を追いかけ半世紀、ミュージシャン/ミュージックプロデューサーとして国を越えジャンルを交差させ、音楽という芸術をまるで錬金術師のように(ときにマフィアさながらのど根性で)形成し紹介してきたマーク。東西ベルリン時代からベルリンの壁崩壊までのミュージック/カルチャーシーンを映したドキュメンタリー映画『B-Movie: Lust & Sound in West-Berlin 79-89』から足掛け2年、『Mauerstadt』は耳が肥えた彼が選ぶ新旧アーティストとのコラボレーションによって生まれた。

ベルリン在住イギリス人デュオ、The KVB(ザ・ケーヴィー・ビー)の耽美でダークなシンセポップ『In Sight』で封を切られる同盤は、ロンドン発エレクトロポップの3ピースEkkoes(エコーズ)の新作2曲『Electricity』『Heartbeat』も収録。80年代エレクトロポップの王、ヒューマン・リーグ(ちなみにエコーズは彼らのヨーロッパツアー前座も務めた)やティアーズ・フォー・フィアーズ、ペット・ショップ・ボーイズ、オーケストラル・マヌヴァーズ・イン・ザ・ダークを彷彿とさせるようなキラーシンセメロディを。イギリス人女性シンガーElizabeth Morphewの個人プロジェクトQueen of Hearts(クイーン・オブ・ハーツ)は『Suicide』と『United』でクリスタルクリアボイスに乗せたエレクトロビートを聴かせ、スウェーデン人女性シンガーMaja Pierro(マハ・ピエロ)は『Broken Hearts』『If You Love Me Tonight』でハイエナジー/アシッドハウスの片鱗をみせる。80年代のディスコが似合うサウンドだ。

そしてマークの故郷マンチェスターから四つの才能を開示。デュオプロジェクトMFU(Modern Family Unit、モダン・ファミリー・ユニット)の『Mmm Mmm Mmm Ahhh』は、マンチェスター伝説のクラブ・ハシエンダ元DJのニュアンスもかかっているだけあって、ストーン・ローゼズやハッピー・マンデーズさながらのマッドチェスターサウンドが静謐に織り込まれている。あのオアシスのノエルがローディーをしていたことでも有名なベテランバンドThe Inspiral Carpets(ザ・インスパイラル・カーペッツ)が『You’re So Good For Me』で鳴らせるのは堂々のダンスアンセム。そしてマークの盟友・悪友・40年続く腐れ縁のNew Order(ニュー・オーダー)から、マークの愛をこめたリミックスバージョンで届けられる二曲。オリジナルのギターが奏でるメロディアスさを逃さずもそこに少々メタリックなキレを加味した『Academic』と、オーケストラのストリングで壮大な音の原風景をエモーショナルに描き直した『The Game』。そして、忘れてならないMark Reeder。ドイツ産ポストパンク〜EBM〜テクノの匂いを放つタイトルトラック『Mauerstadt』には、かすかに独エレクトロパンクバンドD.A.F.や英シンセポップバンドVNV Nation、それにデペッシュ・モードのヒントを感じた。スパイ映画やフィルムノア、ディストピアンなアンビエンスを持つ『Giant Mushrooms』でカタストロフィだ。

このアルバムはレトロとモダン、闇と光を映し出している。それに、物理的でなくとも心理的な壁ー 人・性別・国家・宗教間に立ててしまう現代の壁について。同作を通して伝えたいのは、オープンなマインドでいることへの回帰、君の頭の中に築かれたさまざまな壁を壊すことだ」。『Mauerstadt』は、城壁の街ベルリンで明日には今日が通用しない時代を辿り、音と音の点をつなぎ音楽人と音楽人の線を歩いてきたマークがたどり着いた、自身の音楽人生におけるメルクマールだ。

Text by Risa Akita

***

マーク・リーダー/Mark Reeder

MR_LOLA6004x_1428のコピー

1958年、英・マンチェスター生まれ。78年から独・ベルリン在住。ミュージシャン、プロデューサー、サウンドエンジニア、レコードレーベルの創設者として英独、世界のミュージシャンを育てあげる。
過去にはニュー・オーダーやデペッシュ・モード、電気グルーヴなど世界的バンドのリミックスも手がけてきたほか、近年では、当時の西ベルリンを記録したドキュメンタリー映画『B Movie: Lust& Sound in Berlin (1979-1989)』(2015年)でナレーションを担当。現在は、自身のニューアルバム『mauerstadt』の制作やイギリスや中国などの若手バンドのプロデュースやリミックス、執筆・講演活動なども精力的に行っている。markreedermusic(ウェブサイト)

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Writer: Mark Reeder
All images via Mark Reeder
Translated by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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