はじまりはパタゴニアからの“突然の電話”。タッグを組んだHUB、「完璧な缶ビール」を生むまでの試行錯誤

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昨年10月、パタゴニアが初のビール「ロングルート・エール(Long Root Ale)」をオレゴン州ポートランドのブルワリー「ホップワークス・アーバン・ブルワリー(HUB、以下ハブ)」とのコラボで販売開始。日本でもクラフトビール好きの間で大人気だと聞く。

が、気になるのは「いかにしてこの多年草のビールがつくられたのか」。一本の電話からはじまったというビールづくり、それを請けおった醸造所ハブへ、根ほり葉ほり聞きに訪ねた。

Long Root Ale - 4-pack

農業変革、ビールが投じる一石

 食物連鎖を修復するための解決策を探る、という試みではじまったパタゴニアの食品部門「パタゴニア・プロビジョンズ」。そこが手がけた初のビールが、「ロングルート・エール」だ。青いロング缶に入ったこの商品は、日本でもクラフトビール好きの間で大人気だとか。ドライで苦味の効いたノースウェスト・エールは、素直に美味しい。

Long Root Ale - credit- Amy Kumler (5)
Photo by Amy Kumler

サステナブルだと謳う理由は、材料に「カーンザ」という多年草が使われているから。商品名にもなっているように、長い根(ロングルート)をもつ植物で、使用する水の量を削減できるのはもちろん、土壌の保水力を高め、大切な表土を保ち、土地を豊かにする力があるという。
 さらに、大気中から麦よりも多くの二酸化炭素を取り込んでくれるんだそうだ。つまり、ビールの主原料、麦芽(モルト)の元となる一年草の麦をカーンザに置き換えれば、それだけで温室効果ガスの排出量が減少できるということ。ここに「持続可能な農業へのビジョン」を探ろうという、パタゴニア・プロビジョンズの姿勢が見える。ロングルート・エールの素材15パーセントが、カーンザでできている。

Kernza Farmer- credit- Jim Richardson
Photo by Jim Richardson

パタゴニアに選ばれた、少年が夢を叶えた小さなブルワリー

 パタゴニア・プロビジョンズがパートナーに選んだ「ホップワークス・アーバン・ブルワリー(HUB、ハブ)」は、ポートランド市内にある醸造所。2008年の創業以来、現在は2軒のブルーパブとバイクバーを経営する地元っ子に人気のビールメーカーだ。サステナビリティにも力を入れていることで知られ、環境に配慮した事業活動を行う企業に与えられる民間認証「Bコーポレーション」認定も受けている。

 13歳の少年の頃から、「ビールを生涯の仕事にすると決めていた」創業オーナーでブルーマスターのChristian Ettinger(クリスチアン・エッティンガー)を訪ねた。勧められるままにビールを飲みつつ、早速本題へ。

※ブルーマスター:
ブルワーのトップ。レシピの組み立て改良をディレクションし、ビールの味を決める。

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H(HEAPS、以下H):確か、「ロングエール」をつくるきっかけは、パタゴニアサイドから問い合わせがあったんですよね?

C(Christian、以下C):そうなんだ。買い物をしている最中だったんだけど、突然、僕の携帯にパタゴニア・プロビジョンズから「一緒にビールをつくらない?」って依頼の電話があって。本当にびーっくりしたよ! うちは小さいブルワリーだから。もちろん、すごく誇らしく嬉しかった。パタゴニアの企業姿勢は、本当に尊敬していたから。

H:なぜ、ハブが選ばれたんだと思いますか?

C:オーガニックなクラフトビールをつくっているブルワリーを探していたんだって。アメリカでオーガニックにこだわっているブルワリーは、まだそれほど多くないからね。あと、「Bコーポレーション」認証を持っていたのも強かったと思う。

H:ビールをつくるのに、「カーンザ」を使うことが条件だった。

C:そうなんだ。パタゴニアは、カーンザを使って、美味しいビールをつくるというビジョンを持っていた。それでぼくも環境に優しいカーンザの存在を知って、すごいワクワクしたよ!

H:ということは、 初めて見る穀物を材料に使うことに。不安はなかったですか?

C:カーンザを初めて見たとき、まず口いっぱい頬張って、味わってみた。バッファローみたいにバクバクとね。で、ピーナッツやくるみのようなナッツの風味、それから後半、コショウのようなスパイシーさを感じた。いける!って思ったよ。
それに、ほら、うちには「サバイバル・スタウト」っていう7種類の穀物を使ったビールがあるでしょ。アマランサス、キヌア、スペルト、カムット、オーツとか…いろんな穀物を使った経験があるから、不安はなかったよ。

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H:パタゴニアから話があってから、完成するまでにどれくらいの時間がかかったのでしょうか。

C:あの電話から店頭に並ぶまでには、1年半くらいかな。まず、ビールのレシピを考えるでしょ。で、ビールを仕込んで完成するまでに2週間。それから、完成したものをカリフォルニアのパタゴニア・プロビジョンズ本社に送って、そのフィードバックをもらうのに1ヶ月ほど。
みんなが「完璧だ!」と合意するまでに、これを5回は繰り返した。で、パッケージングして…それから契約書を作ったりするのにも時間は取られたしね。

H:ビールのスタイルや味の方向性はどの時点で見えてきました?

C:ある程度は最初から。新しいビールをつくるとき、「すごいネーミングを思いついた」とか「このホップを使ってみよう」とか「こういうシーンで飲めるやつが欲しい」とか…いろんな理由でつくりはじめるんだけど、今回は、「素材」が決まっていた。カーンザの美味しさを引き出すことがメインだったから。

H:カーンザ使用、最初の試作品は?

C:カーンザを20パーセント使用したものだったんだ。美味しくできた!っていう自信作だったよ(笑)。実はバーでも実験的に「ダブル・シークレット・プロベーション」という名前で出してみた。実際、かなり好評だったよ。

H:でも、まさかのやり直しだったんですよね(笑)。何が原因だったんでしょう。

C:理由は、苦くてアルコールが強いこと。
パタゴニアチームのある南カリフォルニアのカラッと爽やかな気候もそうだし、パタゴニアのお客さんのサーファーやクライマーがアウトドアで飲むこともあって、もう少し軽くて飲みやすいものにしたいってことで。

Long Root Ale - credit- Amy Kumler(10)
Photo by Amy Kumler

Long Root Ale
Photo by Danny Hedden

H:そして、2番目は、苦味とアルコール度数を減らしたんですね?

C:そう。次は、カーンザを10パーセントまで落とした。でも、これだとカーンザの主張が弱くなりすぎた。

H:そして15パーセントに落ち着いた、と。

C:そう。あとは、ホップを変えたり、バランスを調整して、「パーフェクト!」とみんなが納得するものができたよ。

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H:ビールづくりのプロとして、こっちの方が美味しいのに! といった不満や、議論はありませんでしたか?

C:全然なかった。うちの10人のブルワーはもちろん、パタゴニアのみんなもビール好きだったから、最初っから、前から知っている仲間と働くみたいに楽しく仕事ができた。ごめんね、面白いドラマがなくて(笑)。
美味しいビールと良い仲間の組み合わせに、言い争いみたいなドラマはないんだよ(“Great beer with great people = no drama!「素晴らしいビール+素晴らしい仲間=ドラマはナシ!”)。

H:パッケージは、どのように決めたのでしょう。

C:最初から缶にしようって話で進んだよ。ビールには、3つの敵があって、一つ目が日光、二つ目が酸素、三つ目が熱。缶は、太陽光を完全に遮って、酸化からも、ガラス瓶より守ってくれるんだ。熱においては、缶も瓶も変わらないけど…。

H:クラフトビールといえば、小瓶のイメージが強いかも。

C:そうだね、クラフトビールといえば、小瓶。でも、世界を見れば、実際は缶の方がポピュラーなんだ。それに、アウトドアに持って行きやすいって利点もある。友だちもスノボにロングルート・エールを持って行ったって写真を送ってくれたよ。
パッケージデザインは、パタゴニアのデザイナーが担当したよ。すごい才能のあるデザイナーが揃っているからね。一目でパタゴニアのロングエールって分かるだろ? ぼくもみんなも気に入っているんだ。
 
H:このビールをつくって、一番誇らしく思っていることは?

C:品質の高さ。それと、カーンザのフレイバーとメッセージの最高のバランスを見つけられたこと、かな。
カーンザは、結構強いフレイバーがあるし、麦芽をカーンザに置き換えると、そのぶん糖分が減って、苦味が強くなる。でも、カーンザをほんの少ししか使わないんじゃあ、「持続可能な農業へのビジョン」というメッセージが弱くなる。だって、1パーセントじゃあ、インパクトがないでしょ? そのベストのバランスに到達できたと思うんだ。

H:ちなみにカーンザ100パーセントっていうビールをつくる可能性は?

C:できるだけ多く、ってのはあるけど、現状だと難しいかな。麦芽は、一回モルトハウスを経由してうちに来るんだけど、カーンザは直接農場から来るんだ。麦芽用に作られているモルトハウスでは、カーンザを発芽させられないからね。

というのも、カーンザは、大麦と違って細長い形状だから、カーンザだけだと、現状のモルトやビールをつくるフィルターを通り抜けて、下に落ちてしまうんだ。だから、今回もカーンザを使うときに、丸い麦芽と混ぜて、フィルターから落ちないようにしたんだよ。
だから、カーンザ100パーセントのビールをつくるためには、新しい醸造所を作らないといけない。かなりのお金がかかるよ。…といいつつ実は、3年計画でやってみたいと思ってはいる。

H:カーンザで、他のスタイルのビールもつくれたり?

C:うん、ぜひトライしたいと思っている。カーンザは、パタゴニアのものだから、彼らと話し合ってね。

H:楽しみにしています!

いくら環境に良いと謳っても、美味しくなければ売れない。特にビール好きを相手にしているならなおさらだ。しかし今回、こだわりにおいて不屈のパタゴニアとハブが試行錯誤して生んだビールなら、パタゴニア・プロビジョンズ、そしてカーンザの持つメッセージも人を繋ぐビールを介して無理なく広がっていけそうだ。


***
HUB (Hopworks Urban Brewery)

longrootale6

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Eyechtched image by Danny Hedden
Interview photos & Text by Rika Higashi

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