今ふと、クラフト。クラフト・フードの「売れる方程式」

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クラフト解剖。じつはあのシェイク・シャックこそクラフト・ブームの先駆けだった!

 最近のニューヨークの食事情を語るうえで、避けることのできないキーワードが「クラフト」だ。クラフトビール、クラフトバーガー、クラフトピザから果てはクラフトサラダ、クラフトコーヒーまで。何でも「クラフト」を付ければすむという問題ではないが、付ければ売れる「クラフト」なのだ。

 英語で“craft (クラフト)”とは手製、手作りのこと。つまり機械を使わず手仕事で丁寧に作ったという意味合いなのだが、これがブルックリンを中心に棲息する「ヒップスター」と呼ばれる人種に大人気。まるでイスラム教徒やユダヤ教徒が豚料理を禁忌するように、ヒップスターは、クラフト以外の食事を頑に拒否する。ちなみに本誌でも再三紹介しているので読者はお馴染みだろうが、ヒップスターについても一応、定義しておくと「既成の企業や社会の出世コースには目もくれず、自分らしい人生や生活手段を追求。テクノロジーを最大限駆使するも手触りのあるライフスタイルにこだわる人々」というところだろうか。

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Photo by Hrag Vartanian

 彼ら彼女らの多くが、見た目にも、衣料はヴィンテージクローズで決め、肌には天衣無縫なタトゥーを彫り、交通手段は自転車。Mac Book Pro(だけ?)が入った大きなメッセンジャー・バッグをたすきにかけ、職業といえば、昼間はコンピュータのコーディングかNPO、夜はクラブDJ。出身地はオハイオ、ペンシルバニア州あたり。男は豊かにあご髭をたくわえ、女性のほとんどがヨガ教室に通うといった共通のスタイルを持っている。

 そんなヒップスターの常食、クラフト・フード。ふと、気がつくと、ブルックリンからはみ出してマンハッタンや他州にも蔓延しつつある。どういう経緯で出現したのか?なぜこんなに流行るのか?次に来るクラフトは?など、ニューヨークに移り住んで20年のおっさんが思いつくまま思索してみた。
題して、「今ふと、クラフト」。

クラフト前史。旨いもの食べたきゃ撃たれる覚悟

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 20余年前、筆者がはじめて移り住んだ頃、ブルックリンは犯罪多発地帯で、ギャングかいきがった流行商売の人間以外、誰も好んで住もうとは思わなかった。不動産物件も安く、比較的安全といわれたブルックリンハイツのブラウンストーンのアパートでもフロアスルー

 1,114平米で家賃は月1,150ドル(約14万円)と激安。そのぶん、物騒で夜8時以降に出歩いたら「自殺行為」と叱責された。近所にウマいレストランなど数えるほどしかなく、夕食はもっぱら中華のデリバリー。ご馳走を食べたかったら自分で作るか、料理上手の友人のパーティーに呼ばれるしか方法はなかった。それだけに、「ウマい店がある」と噂を聞くと、多少撃たれてもいいから行きたくなるのが人情だった。しかも、話題の店がことごとく(家賃のせいもあろう)危険地帯の真ん中にあったため、グルメ人間は命がけで外食にでかけ、食べ終わると脱兎の如く店を退散。後日これを武勇談にして仲間に自慢したものだった。体を張った美食家の言動は、それなりの説得力があったので、彼らの推奨店に失望することは少なかった。

 信じられないほど荒れていたウィリアムズバーグにあったタイ料理店「プラネット・タイ」、ブルックリン橋のたもと(当時は暗くて人通りもなかった)の煉瓦釜焼きピザ「グリマルディズ(旧パッチーズ)」、東41丁目のはずれの中華「フェニックスガーデン」、街娼の立つチェルシーのビストロ「ラ・ランチョネット」、ブロンクスのイタリア人街奥の「ロベルト」など枚挙にいとまがないが、いずれも彼らは「味の冒険者たち」による発見の賜物である。こうした店がウマかったのは、端的にいって(家賃が安い分)思う存分、食材や人材に予算を投入できたからだろう。若い本場仕込みのシェフを起用して調理や準備に時間や手間をかければ、必然的に味は向上する。今思うと、80年代後半のあの時期、こうした「荒廃地の真ん中」型の小さな独立店に、人の手で丁寧に調理するというクラフトの萌芽があったような気がする。いつしか、近づくのもはばかられたブルックリンは、「実は隠れたウマい店のある街」として評価が上がり、21世紀に入るとブルックリン発の新レストランが雨後の筍のように現れる。だが、9.11米国同時多発テロ事件の傷跡もうずいていたあの頃は、まだ「クラフトで一発当てる」みたいな気運は少なく、ごく良心的に「美味しい料理を安く提供」するのが誰もの心意気だった。

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実は、先頭をきったのは「シェイク・シャック」

 ところが2000年代も後半、ちょうどサブプライム・ローンの焦げ付きで巨大証券会社が倒産したりして、ニューヨーカーたちが一時、企業社会に失望した頃から風向きが変わってきた。IT企業などで輝かしい資金調達の戦歴の

 ある実力派のファンドマネージャーが、どんどん食産業に参入してきたのだ。いい換えれば、ナイーブなクラフト幼年期は終わり、ここからビジネスとしてのクラフト・フードが台頭してきたということだ。ハンバーガーを例にとれば2007年に創業し、近年に日本進出を控える「シェイク・シャック」がビジネス型クラフト化の先駆けであろう。注文を受けてから焼きに入る超スローな調理ながら、食材は系列の高級レストラン「ユニオンスクエア・カフェ」と同じクオリティの厳選品を使うという大胆な挑戦に出た同店は、時間のかかるサービスが順番待ちの行列をかえって長くするという想定外の宣伝効果を得て、「30分待ちの価値あるバーガー」として破格の人気を獲得。つまり、「時は金なり」の格言通り1分のランチタイムさえ惜しむニューヨーカーの時間感覚とはまったく逆の価値観がここに生まれたのである。「待つからこそ美味しい」は、効率至上主義への失望の裏返しかもしれない。しかも、シェイク・シャックのバーガーの価格は、マクドナルドの2倍以上。「高くてもいい、美味しければ」といってのける層が確実に芽吹いてきた。

「クラフト」を旨いと感じる二重構造

 さて、長くなったが、こうした背景を念頭に置いて、昨今のクラフト・ブームを観察すると、実に興味深い法則が浮かび上がってくる。まず、ニューヨークで行列のできるようなクラフトを謳う店のジャンルを列挙してみる。ハンバーガー、サンドイッチ、ピザ、パイ、カップケーキ、ドーナッツ、グラノーラ(シリアル)、エッグスベネディクト、マカロニ&チーズ、クレープ、地ビール、地ウィスキー、そしてラーメン。いずれも共通点は、アメリカ人が子どもの頃から慣れ親しんでいるコムフォートフード(家庭料理、一般料理)であって、決して高級なフレンチやイタリアンがルーツではない。アメリカ人は成長過程にあって、これらの料理を(いっちゃ悪いが)決してママの手作りではなく、多くが冷凍、インスタントまたはファストフードのフォームで摂取してきた。「おふくろの味」がこの国では「スーパーの味」「ドライブスルーの味」であり、それはとりもなおさず化学調味料と防腐剤を駆使して最新鋭の大量調理機器で急速(インスタント)にこしらえた人工加工食品なのだ。つきつめると、クラフト・フードとは、アメリカ版「おふくろの味」(加工品)を一度分解して、材料をなるべく天然に戻し、「手作り再生した料理」に他ならない。

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 ブルックリンのクラフト系ベイカリー「ベイクト」は、広告デザイナー出身の二人組が、実家の屋根裏で発見した50~100年前のお菓子レシピを再現して提供し、大成功した店。100年前のレシピには「生活ペースがずっとスローだった頃」の調理が記憶されている。いわば、ファスト化する前のアメリカの手作りの味が内蔵されていたのだ。それを二人はいまのオーガニック素材をふんだんに使って忠実に再現。そりゃあ美味しい物ができるに決まっている。しかも消費者には、幼少時から体験した味の記憶(たとえそれは化学的に合成された人工ファストフードの味であったとしても)が、刷り込まれて残っているので、クラフトクッキーを口にした瞬間、なじみある快感(コムフォート)を得ると同時に、さらにその奥にあるファスト以前の、手作りの食感や味わいを感じて二重に「美味しい」と感じるというわけだ。

 このクラフト・セオリーは、バーガーをはじめ、ありとあらゆるアメリカンフードに応用できる。たとえば、ピザは、生地の小麦粉の品質を上げて、トッピングのチーズを良質にして、熱効率が均等な「煉瓦釜」で丁寧に焼けば、「あの頃」に食べたドミノ・ピザの10倍美味しくなる。バーガーは、バンズをブリオッシュにして、オーガニックのパティを使い、脂が落下する網焼きグリルで時間をかけて焼けば、絶対に美味しくなる。

 定番ファストフードは、すべからくクラフト・フードに転換可能なのだ。そのときの関数fにあたるのが、幼年時の食事記憶である。

 次のクラフト・フードアイテムで一旗揚げようと目論んでいるなら、ここまでをまとめて成功の条件は以下の4つ。

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クラフトの決め手は“刷り込まれた”おふくろの味

 人間の習慣や感覚はそう簡単に変化しない。とくに味覚に関して人間は意外なほど保守的な動物だ。「三つ子の魂百まで」のことわざもある。オーストリアの動物行動学者コンラート・ローレンツ博士は、動物は生まれ落ちてからごく短い時期にその後の形質を獲得するという「刷り込み」の理論を提唱してノーベル賞を受賞したが、味に関してもほぼ同じことがいえる。博士が実験したように灰色ガンのヒナを人間が育てると、ガンは人間を親鳥と認識する。おもちゃの車にヒナを誘導させると、「刷り込みされた」ヒナはおもちゃを親鳥と思い込んで後を追う。

 同様に、人工的な味を「おふくろの味」として「刷り込まれて」しまったのがアメリカ人なのではないだろうか。ただ、不思議なことに、昔から慣れ親しんだ人工味を「より美味しく食したい」心理が別個に働くようだ。ビールにしても、10年前は、まだ水のようなバドワイザーをありがたがって飲んでいた。だが、いつかどこかでもっと美味いビールに出会えるに違いないという願望は消えず、そこから手作りのビールの魅力が再発見され、現在のクラフトビールブーム(全米に地ビール醸造所2,800軒超)にいたった。

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 ラーメンにしても、一風堂のようなクラフトが(高価格にも関わらず)ニューヨークでもてはやされるのは、現代のアメリカ人が70年代半ばから日本製のインスタントラーメンをさんざん食してきたからにほかならない。当時の味覚記憶が「もっと美味しいラーメンを」と頭のどこかで潜在的な願望を生んでいたのだ。クラフト・フードで成功したかったら、そんな味覚記憶を呼び覚まし、願望を満たすアイテムを提供すればよい。それじゃあ次は何が来るかって?筆者は密かに「中華系」ではないかと思っている。アメリカ人の、中華料理消費量は半端ではない。いまでも週に2、3回はデリバリーで食べているだろう。そのほとんどが低価格の粗悪ファストフードだ。その中華の「味覚記憶」に食い込んで、手作りの「中華」を提案したら、理論上は、絶対成功するはずなんだがなあ。

 手はじめに、日本人には「ギョウザ」という武器もある。ギョウザは早い時期からアメリカの日本料理店で冷凍物が普及していた。スクラッチから手で作ったクラフトギョウザを、「中華」大隊の侵攻?を先回りして、日本さながらに提供すれば、ラーメンに次ぐクラフト街道が開けるはずだ。「刷り込み」セオリーでは…。こう、ご期待あれ。

※1ドル120円で換算

 

Writer: Hideo Nakamura

 

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