本棚にのぞく。世界の創作を触発する“日本由来の数ページ”「#2 楳図かずおと日本ホラー・グロ漫画の魅力、描かれる日本産のダークヒーロー像」
「本棚を見ればその人がわかる」とは言ったもので、たとえばその棚に一冊同じ本を見つければ「仲良くなれる」と勝手に確信するなど、一晩の席よりも共通の一冊は時に饒舌だ。
本棚を飾るということは、自身の知識体系の源をあけすけに披露し、非常に個人的な趣味嗜好(時に下衆な)まで無防備に晒すことである。なので、意中の人を家に呼ぶのであれば念入りにしておくといいのは本棚(見えるところの)と個人的に思う。
さて、本人よりも多くを語る本棚、今回は世界各国よりニューヨークに居を構えるクリエイターらの本棚を拝見、アイデアの材料としてページの端をドッグイヤーあるいは付箋し、手垢がつくほどめくった数ページから、世界の創作を刺激する“日本由来の創作意欲、また創意工夫”をあらためて探そう、という企画。ということで、大御所も若手も関係なしに「どうしようもなく好きな日本の制作人・あるいは制作物」を本棚より抜き出し、さらに多くを思うまま饒舌に語ってもらうシリーズはじめます(見つけるの大変なので不定期)。
▶︎前回:NYグラフィックデザイナーMirko Ilic×横尾忠則ー「いつも好きになるデザインが全部“タダノリ”のだとわかったんだ」
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2段目「(楳図かずおの)猫目小僧は、いわばジプシーのようであり、痛みと治癒を繰り返す。妖怪からも人間からも疎まれる“ダーク”ヒーローでもあるんだ」
第二回は、1990年代、講談社のお抱え漫画家として日本に住んでいたことのあるアメリカ人コミックアーティスト、ポール・ポープ(Paul Pope)。DCコミックでも執筆経歴あり、“ザ・アメコミヒーロー”なタッチやSFモノを描くのに「ぼくはコミックアーティストというより“マンガ家”」という彼が今回語るのは、ホラー漫画の巨匠・楳図かずお先生の作品にはじまり、日本のホラー・グロテスク漫画について。
アメリカンコミック(以下、アメコミ)にはない日本特有の“マンガ”の心理的な魅力やホラー・グロテスク漫画がもつ芸術力、講談社時代などについてひとしきり開陳。アメコミと日本の漫画では同じ題材でも描き方はここまで違う…!とスパイダーマンという具体例をあげながら興味深い考察も話してくれた。
座談会の場所は、ブルックリンにある3畳ほどの小さなスタジオ(普段は人を呼ばないらしい)。狭い部屋の4分の1を占めていたのは、でんとそびえる背の高い本棚。
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Paul Pope(ポール・ポープ)
Paul(以下、P):今日は取材の機会を与えてくれて、ありがとう。まあまあ、形式ばらずに、ざっくばらんに話そうよ。
H:ありがとうございます。聞きたいことたくさんありますよ。ポールの経歴でまず気になるのが、元「講談社の漫画家」。いったいどういった経緯で? 歴代で見てもかなり珍しいですよね?
P:うん、その通り! まずね、元の元からたどると、ぼくはホクサイやヒロシゲの浮世絵が好きなキッズでね。子どもの頃に住んでいた家の家主が日本人で、日本のアートが家の中にも飾ってあったから、日常的に日本芸術を目にする機会があって。横尾忠則のことも12歳ですでに知っていたし、永井豪の『デビルマン』も好きだった。ゴジラやウルトラマンみたいなクラシック・ジャパニーズスーパーヒーローや『ガッチャマン』、『子連れ狼』のような古典作品も。『鉄腕アトム』の漫画なんて、「聖書みたい(厚すぎ)!」とか思ったもんね。
H:筋金入りの日本漫画通。それから?
P:20代にサンフランシスコでもっと多くの漫画を知ったんだ。松本大洋の『鉄コン筋クリート』、望月峯太郎の『ドラゴンヘッド』、(本棚から取りだしページをめくりながら)大友克洋の『AKIRA』。
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H:20年くらい前? その頃から望月峯太郎のマンガもサンフランシスコで読めたことに驚き。
P:うんうん。そしてある日。参加したコミコンで話す機会のあった講談社の編集者と、2時間も3時間も漫画談に花が咲いて。アーティスト? はい、そうです。じゃあウチで漫画家やってみない?って。
H:トントン拍子です。日本の漫画愛が導いたんですね。そして東京に? 講談社時代の逸話なんかあれば知りたいですねえ。
P:東京には2ヶ月だけ滞在して、米国に戻ったあともニューヨークやロサンゼルスから仕事をしていた。結局、1995年から5年間、講談社には在職したことになるよ。
東京にいたときは、知り合いもいなかったからちょっと孤独だったかな。でも本屋さんに行ってマンガを眺めたりして楽しんでいた。あとね、講談社は同時期に人気のあったモチヅキさんとぼくはライバル関係!みたいに仕立て上げたんだ。お互いリスペクトし合っていたのにね!
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H:へぇ〜! そして、日本で楳図先生の漫画に出会った?
P:そう! 『漂流教室』に『まことちゃん』。ウメズさんはセレブリティで、テレビや雑誌に引っ張りだこ。彼が60年代に執筆した漫画版『ウルトラマン』知ってる? 彼の作品には、明治時代の文化やサイレント映画への執着が見え隠れしているんだよね。
H:楳図先生がウルトラマンを描いていたとは知りませんでした! あと『Cat Eyed Boy(猫目小僧)』も好きだとか?
P:猫目小僧は、10年前に英語版で読んだのがはじめてだった。あの日本の古典的なホラーマンガのタッチと奇怪なストーリーにぞっこんになったよ。主人公の男の子は、妖怪猫又と人間の間に生まれた突然変異の半妖怪。誰かの家の屋根裏に住みついて、家に取り憑いた妖怪と戦って事件を解決していく。
猫目小僧の何が魅力かって、小僧はとても無垢なんだ。妖怪たちは彼を殺めようとひどいことをするんだけど、すでに妖怪だから死なない。人間からも忌み嫌われる家なき子、いわばジプシーのようであり、痛みと治癒を繰り返すヒーローでもある。ちなみに、ぼくのマンガ『Battling Boy(バトリングボーイ)』も、モンスターと戦う神がかった少年の話だから、どこかリンクするところもあるし。
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Image via Paul Pope
マンガ『Battling Boy』から
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Image via Paul Pope
H:妖怪からも人間からも疎まれる猫目小僧、“ダークヒーロー”だと呼ばれる所以がわかりました。猫目小僧、グロテスクの極みですよね。特に肉玉とか不死身の男とか、強烈な妖怪を退治する場面とかさぁ…。
P:日本のグロテスクなマンガ、大好きだよ! 人の動作や思考を止めるほどの揺るぎないインパクトを持っているから。そしてそのあとに覚えるむかつきや耐えなければならない不快感。素通りできない存在感。フランシス・ベーコン*の絵をみた感覚というか。
*シュールでグロテスクな画風で知られる20世紀の画家。
H:ところで、そんなグロテスクを描くときの漫画家の心理ってどんなものなんでしょう? ポールも『バトリングボーイ』などではグロいモンスターを描いていますが。
P:グロテスクはファニーかな。モンスターなんかもよく見るとバカバカしい。そんなことを思いながら描いている。でもやっぱり身の毛のよだつものではあるし、同時に美しさも感じる。
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Image via Paul Pope
H:グロテスク=気色悪い、という単純なものではないのか。ほかにグロテスクなタッチで好きな日本の漫画家は? あれ、これって…。
P:(本棚から一冊の本を出して)丸尾末広(まるおすえひろ)。彼の絵って、変態じゃない?この大胆不敵なカンジがいいんだよ。偉大なマンガ家って、気の狂ったアイデアや相当の異質さを持っているでしょ? 大胆で強烈で、脳みそでつくられた想像の世界をそのまま取り出したかのような正直さ。彼の絵も好き(と言って、一冊の本をめくる)。ポップな浮世絵を描く寺岡政美。日本のグロテスクは、独特のクオリティーを持っている。強い感情を引き起こさせるね。
H:日本の漫画って、アメコミとどう違うんでしょう? ポールのタッチは、“アメコミの王”ジャック・カービー*のようだと言われますが…。
*『X-メン』『超人ハルク』『キャプテン・アメリカ』の生みの親。
P:うん、それと70年代のフレンチやイタリアンコミックからも影響を受けているよ。ブラシ使いとか。まあそれはさておき、ぼくは自分のことを“マンガ家”だと思っている。アメコミってさ、よくガソリンスタンドなんかで手に入るようなペなペなの冊子で、文学性があるかと言われればそうでもない。いや、誤解しないで。スパイダーマンにバットマン、スーパーヒーローは大好きだよ! でもマンガには、もっと心理的に繊細なストーリーや人間的な要素がある。
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H:もうちょっと詳しく。
P:たとえば、アメコミの代表、スパイダーマン。ストーリーってだいたい「スパイダーマン登場! 飛びまわってワン、ツー、スリー! 悪党を見事倒す!」じゃん? でも漫画家・池上遼一が70年代に執筆した『スパイダーマン』は、より心理的に深い。スパイダーマンとしての不思議なパワーが宿ってしまった青年が悩み、恐れを抱く。言ってしまえば、ホラーの心情がとても詳細に描かれている。蜘蛛男になって外見も変わる、女の子とデートもできない。もうパニックじゃない? 本家のヒーローものと違って、いち男の苦悩がダークに描かれているんだ。
H:うーむ、なるほど。
P:あとね、これは講談社の編集者に言われたことなんだけど。「たとえば、もしマンガ家が運動音痴だったとする。そうしたらそのコンプレックスをバネに描かれるアートは実に力強く仕上がる」。対するアメリカでは単純明快、「バットマンで金稼ぐぞー」なんだよね(笑)。
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Image via Paul Pope
ポールが描いた日本の妖怪
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Image via Paul Pope
『子連れ狼』のイラストレーション
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Image via Paul Pope
H:はぁー! 日本漫画の“心理”の部分は、描き手の心情までを如実に反映していると。
P:アメリカの60年代にはジェンダーやドラッグを題材にしたアングラコミックもあったけど、やっぱり昔からディズニーやポパイ、アイアンマン、トランスフォーマーのようなコマーシャル志向の強いメインストリーム・コミックがある。
それに比べて、マンガってさ、まるで描き手が映画監督になったように、すべてをコントロールできるんだ。カメラワーク、演技、脚本、編集、そこに少々のセンセーションとエモーションを付け足して。ペースやテンポ感もそう。『AKIRA』のもつ時間の感覚なんて最高。ウメズさんのホラーマンガ然り、そこには一秒一秒のムーブメントとそこから発生する熱量があるんだ…。なんて語るぼくって、つくづく「皮は欧米製だけど、骨は日本製の漫画家」だよ。
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Interview with Paul Pope
Paul Pope
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▶︎▶︎▶︎付録マンガ
ポールの日本未公開作品『Paul Pope’s 1977』を今回のため、特別公開。幼きポールと、“火星人”デヴィッド・ボウイとの淡いストーリー。
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Photos by Sako Hirano
Interview : Risa Akita
Introduction Text, main text by Sako Hirano
Content Direction & Edit: Sako Hirano