宿泊料がバカ高い。それこそが、そもそもの若者のホテル離れの根本的な理由ではなかったか。そんな中、宿泊料金をAirbnbなど民泊程度に抑えた「ブティックホテル」が誕生した。
しかも「Airbnbにはできないこと」も提供してくれるとか。それなら、民泊とブティックホテル、あなたはどちらを選びますか?
Photo Courtesy of PUBLIC Hotels
6月にマンハッタンのローワー・イーストサイドにオープンした「パブリック・ホテル(PUBLIC Hotels)」。コンセプトは「Luxury For All(ラグジュアリー・フォー・オール)」とあって、ラウンジ、中庭、ルーフトップなどのソーシャル・コミュニティ・スペース及び、部屋もラグジュアリーと呼ぶに相応しいスタイリッシュな内装。なのに、最低価格は一泊150ドル(約1万7000円)〜と、近隣の民泊価格(Airbnb等)と変わらない。一体、どんなカラクリなのか。
カリスマは、民泊叩きより「民泊にはできないサービス」で顧客を取り戻す
ニューヨークのホテルは高い。ミドルクラスのホテルでも相場は日本円にして、一泊2万円以上。ハイシーズンはさらに高くつく。「だったら、ルームサービスなんていらない。その分、安く泊まりたい」。民泊サービスAirbnbは、ニューヨークを訪れる非富裕層の欲求にピタリとハマり、ヒットした。
「Airbnbは、ホテル業界にはできないことをやってのけた。だから、ホテル産業の顧客を勝ち取ることができたのです。では、ホテル側は顧客を取り戻すためにどうすればいいのか。答えは、法律でAirbnbを締め上げることではなく、Airbnbにはできないサービスを提供することだと思いました」。
そう話すのは、パブリック・ホテルの創設者イアン・シュレーガー氏。ニューヨークの伝説のディスコ「スタジオ54」の共同創設・経営者としても知られる彼は、70歳を越えたいまも現役。彼こそがブティックホテルの先駆者でありホテル業界に革命を起こした人と名高い。スタジオ54の脱税で投獄された後、彼が最初に手がけたホテルが1984年創業の「モーガンズニューヨーク(MORGANS NEW YORK)」。同ホテルは、それまで閉鎖的だったホテルのラウンジをパブリックに解放し注目を集めた。いまなお続く、地域のコミュニティハブとしての「コミュニティホテル」の概念はここからはじまったと言われている。
その後も「ロイヤルトンホテル」「パラマウントホテル」「グラマシーホテル」など多数のブティックホテルをプロデュースしてきた彼だが…「モーガンズニューヨーク以来、30年以上もの間、似たようなブティックホテルが世界中で創られてきたわけだが、どれも“derivative(派生的な、独創性のない、新しさの欠けた)”なものばかり」と、いただいたプレスリリースの文を読む限り、なかなか辛口。気のせいか?
ベルマンやコンシェルジュはいなくていい。
Photo Courtesy of PUBLIC Hotels
続いて当のパブリックホテルのデザインについては「シャビーでレトロ、インダストリアル、リクレイムド(古材を使った)ではなく、ミニマルで現代的な洗練されたスタイルです」と説明。あれ、やっぱり、棘ありません?
何はともあれ「Airbnbにはできないサービスを提供するホテル」として、再び業界に革命を起こすべく生まれたのがパブリック・ホテル。まず、「Airbnbにはできないサービスとは何なのか」の前に触れて起きたいのが、お洒落ホテルでありながら、近隣のAirbnbと同価格の一泊150ドル(約1万7000円)〜が実現できた理由について。
低価格の理由は「現代人が価値をおかない、無駄なサービスを削ったから」。無駄とは「荷物を運んでくれるベルマンや、コンシェルジュなどが提供していたサービス」であり、ホテル側にとっては人件費。いや、ケチっているのではない。雇う必要がないというのだ。「これだけテクノロジーが発達している現代ですから。チェックインはiPadで十分」とセルフサービス式。荷物なんて、スーツケースに車輪ついてますよね? エレベーターありますよね? と言わんばかりだ。
「金ボタンのついた制服に白い手袋をしたサービス係に荷物を運んでもらってチップを渡すとか、ルームサービスで頼んだコーヒーが、高級食器でサーブされることがラグジュアリーというのはもう過去の話。現代人が求めるラグジュアリーは違います。要は、顧客が本当に欲しがっているものをあたえることが、より良いサービスであり現代にフィットするラグジュアリーである」と説く。
“現代人” ってつまり、ミレニアルズ狙いですか?
「ミレニアルズのためのホテルを作るなんて、そんな馬鹿げた話は聞いたことがない」「スティーブ・ジョブズはiPhoneをミレニアルズのために作ったのか?(いや、良いものは、誰にとっても良いものだ)」。米フォーチュン誌のインタビューに対して、彼はこう答えておりミレニアルズ狙いを否定しているわけだが、パブリックホテルのインスタグラムにはミレニアルズのインフルエンサーたちが、ホテルでワイワイ楽しそうにやっている写真が多数。現代感を重視し良いものであるとわかれば、ミレニアルズは狙わずとも自然と食いつく、ってか。おそらく、パブリックホテルのコアターゲットは、星が4つか5つかついたホテルにしかとまらない富裕層と、とにかく貧乏旅行を好むバックパッカー以外の「中間層」ということなのだろう。
丁寧なお出迎えより、高速Wi-Fiの無料提供がラグジュアリー
では、現代人が求めるラグジュアリーとは何か。その答えとAirbnbにはできないサービスは重なり「充実したソーシャル・コミュニティ・スペースを提供すること」だという。
パブリックホテル内のコワーキングスペースやレストランなどのコミュニティスペース、及びホテル館内すべてでマンハッタンで最高速のワイファイを無料で使用できる。圏外になる場所もないそうで、ネット環境が整っていることは「あって当たり前のラグジュアリー。クリエイティブな現代人は、仕事と遊びの境界があいまい。よく遊ぶ人はよく仕事もするので、スムーズにネットにアクセスできないなんてありえない」と。
それから、食。レストランは2つあり、どちらもあの三ツ星シェフのジャン・ジョルジュが監修。一つは、150席の高級創作料理店。もう一つは、早朝から深夜まで営業するカフェダイニング。オーガニックでヘルシーなスローフードを「ファスト&カジュアル」に提供するとあって、テイクアウトに最適。ここで買ってコミューナルテーブルやテラスで食べるもよし、宿泊者はアプリを使ってオーダーして部屋で食べるもよし。さらに、バーは館内に3つ。カクテルバー、ルーフトップバー、仕事でもプライベートでも使えるラウンジバーと、気分やシーンによって使い分けられる。
Photo Courtesy of PUBLIC Hotels
そして、最も気になるのが、地下の「パブリックアート」ことアートスペース。あの「スタジオ54」を作った彼がプロデュースしたとあって話題を集めているわけだが、ここでは、展示会からコンサート、ダンスパーティー、映画上映などが行われる予定だという。
食やアートといったエンターテイメントは、彼の十八番(おはこ)。そのホテルならではの個性にもなるので重要な要素だと語る。「エンターテイメントの充実は、顧客にとっては、より良い体験につながり、ホテルにとっては収入源になる。これは、昔ながらのホスピタリティ重視のホテルにはなかなか真似できない分野であり、民泊にも提供できないサービスだろう」。さて、東京オリンピックまであと3年。民泊を取り締まって、得をするのは宿泊料の高い高級ホテルだろう。だが、それでいいのだろうか。出る杭を打つことからイノベーションは生まれない。ラグジュアリーホテルにできることはまだまだありそうだ。
1ドル114円で換算
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine