ブルーワーカーたちの譲れないスタイルは、足下にあり。 命がけの仕事の相棒、ワークブーツの極意「Red Wing」

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鍛えられた肉体を作業着で覆ったブルーワーカーたちが地下鉄に乗り込めば、すぐにわかる。足音が重いのだ。

紳士服に身を包み、ネクタイやらカフスボタンといった洒落込みとは縁なしのブルーワーカーたちだが、彼らには彼らだけの、徹底的なこだわりがある。それは彼らの命を守る相棒、ワークブーツ(作業靴)だ。

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地下鉄だけが見せ場。ブルーカラーのワーク・スタイル

 冬のNYの地下鉄に乗ると、どの時間帯でもブルーカラー労働者の通勤風景に出くわす。失業率も下がり、この街は完全に上り調子。新規の高層ビル工事はもとより、老朽化した橋や道路、上下水道、地下鉄など工事は昼夜を問わずそこら中でやっている。現場に通う作業員たちには、黒人、メキシコ移民、東ヨーロッパの移民、そしてアイルランド移民が多い。

 面白いことに、職住接近のニューヨークでは建設労働者でも看護師でも仕事着のまま出勤し帰宅する。クラブ活動後の高校生だってスポーツユニフォームのまま帰宅する。ロッカールームがないわけでもあるまいが、いちいち学校や職場でシャワーを浴びて着替えている時間はニューヨーカーにはないのだ。このいでたちだから、仲間同士で帰りがけに汚れた装束で駅前のスポーツバーで一杯ひっかけるなどということはまずなく、一目散に家路につく。飲むのは家でシャワーを浴びて着替えた後だ。

 つまり、建設労働者たちにとっては、通勤中の地下鉄が一般社会との接点であるから、精一杯見せつける。ヘルメットの組合スティッカーの貼り方からキャリー式道具箱のブランドまでこだわるのだ。
 そのなかでも彼らが一番こだわるのが、ワークブーツ(作業靴)である。

240年の歴史を持つ、アメリカン・ワークブーツ

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 ひとくちに作業靴といっても、そのスタイルと機能は実に多岐にわたる。
「アメリカン・ワークブーツは、240年前にはじまったこの国の“建設の歴史”とともにあるんだ」と話すのは老舗専門店「フランケル」(創業1875年)、3代目オーナーのマーティー・フランケルだ。
「森林伐採、道路工事、水道管敷設、鉄道敷設、電線敷設、護岸工事…などなど、職種によって、用途別に様々なワークブーツが生まれてきたんだよ」

 ブーツの生き字引みたいなオヤジさんは、話し出すと止まらない。「まあ、ブーツメーカーにもいろいろあるが、縫製や造作のよしあしで値打ちが決まるね。現在市場に出回っているものの大半が中国製。最新素材なので決して履き心地は悪くはないが、米国製の手作りブーツにはかなわない。先祖伝来の技術と、込められた情熱が桁違いさ。そしてストーリーがあるからね」

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 たとえば、日本でもバイク乗りたちに人気のエンジニアブーツは、1937年にチッパワー社によって「電線敷設工」のために設計された。高い電信柱の上で作業する彼らにとって一番危険なのは靴ひもをひっかけた転落事故。そのため、くるぶしを高く保護し、紐ではなくベルトで締めるスタイルが誕生した(ちなみにこのスタイル、いまのニューヨークでは、「カウボーイ」っぽいと揶揄され、人気がいまひとつ)。

 ワークブーツを履く。それはとりもなおさずアメリカの歴史と先人のストーリーを踏みしめることにほかならない。その観点から、フランケルさんが一目置くのが日本でも熱狂的ファンの多い「レッドウィング」ブランドだ。創業1905年、いまだに製品の多くを手作業で作り、ラインアップは7,000種類ときた。

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「オレも10年前は、レッドウィングの代理店をやっていたんで随分儲けさせてもらった。直営店ができたとたんに本社から契約解除。お払い箱だ。まったく頭に来るぜ。でも、悔しいがあそこのブーツは最高さ」。話すそばからフランケルさんの目にみるみる涙が。おいおい、おじさん泣かないでよ。そんなにすごいの?レッドウィングって?

泣くほどすごかった、レッドウィング。

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 ニューヨーク唯一のレッドウィング。唯一の直営店と聞いてさぞかし立派かと思いきや、場所はマンハッタンではなく思いっきり野暮ったいクィーンズ。ありふれた住宅地の大通り沿いに、人知れず佇んでいた。予備知識がなければ、ただの街の靴屋にしか見えない。ところが店内は、お客で溢れ返っている。それも屈強な男たちばかり。見るからにプロの労働者たちだ。

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「当店は全米のレッドウィング直営店の中でも、品揃え、売り上げともに最上位だよ」といきなりドヤ顏で近づいてきた男が、店長のクリストファー・メレンデス。

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 商品構成は、

・プロ用作業ブーツ
・ハイキング用スポーツブーツ
・ハンティング用ブーツ
・復刻版ヘリテージブーツ

 に分類されるという。値札を見ると250〜400ドル(約3万〜4万5,000円)とブーツとしては破格に高額だ。

「高いのには理由があるんだ。まず、断熱材に最高級のゴアテックスを使っているし、完全防水加工を施してある。冬のブーツの最大の敵は水気。耐寒より防水防湿のほうが大事なんだよ」とクリストファー。客の大半はプロの作業員。

「うちのブランドの特徴は、お客様の足に靴をあわせるってところ。サイズは、長さと幅はもちろん、足の裏の圧から土踏まずの湾曲にいたるまでコンピュータ連動のスキャナーで正確に計る。それに合わせてお客様にピッタリの靴を選び出す」

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 ほとんど、歯医者で入れ歯を作るのに等しい精緻さだ。「どうしても合わない場合は、中敷きや工場でのカスタム調整を施す」。クリストファーのよどみない説明にため息で答えるほかなかった。「究極のマイブーツ」ができ上がる。なるほど、納得の高さだ。アフターサービスも充実していて、簡単な修理なら無料とか。

 さて取材のお目当ては、ブルーワーカーたちの、プロ用の作業ブーツ。店の棚の半分がこのジャンルのブーツで占められている。

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 レッドウィングの作業用ブーツは、すべてつま先防護用の補強(セイフティ・トゥ)が可能。いわゆる日本で言う「安全靴」仕様だ。この措置は、全米の多くの建設労働組合で義務づけられている。
「一口につま先補強といってもいろいろあってね」。クリストファーがすかさず説明。

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これがセイフティ・トゥ。職種で材質をぶ。

「作業現場で謝って足上に落ちる資材の重さは半端ではなく、補強つま先(カップ)も衝撃で歪んで足先に食い込こんで、逆に大ケガをする場合もある。そういう可能性のある現場には、ショックで粉砕する材質(セラミック)を推奨するね」

 靴底もいろいろだ。線路工事など足場が不安定な作業現場用には、滑り止めが極端に深いタイプがおすすめとか。小石を踏んだくらいではびくともしない。もともとは伐採作業員用に開発されたものだ。

 クリストファーが説明してくれたブーツをいくつか(全部は多すぎるから…)、ざっと見てみよう。

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つま先防護補強(セイフティ・トゥ)が施された「安全靴」。

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車両の往来が激しい現場用で、縦型の衝撃だけでなく横の衝撃にも耐性がある。通称「メタターセル・プロテクション」スタイルのワークブーツ。地下鉄の鉄道作業員が好んで履くという。カバーされている箇所がかなり難く、車輪にひかれても大丈夫だそうだ。

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同上ブーツの靴底。砂利や不安定な足場でもがっちりサポート。飛び出た釘などを踏んでも足の裏まで貫通しない特殊な加工。

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つま先補強装填なるもモダンなスタイル。一見普通のブーツだが、つま先部分はかなり固い。

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アスレチック・セイフティトウ・シリーズ。外見はスポーツシューズで履き心地も軽いが、つま先補強が入っている。倉庫やスタジオ、撮影、舞台、イベントなどで働くワーカーが愛用。

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ワークブーツの王様、ロガー(木こり)用ブーツ。ロングの編み上げで踵とスネをがっちり固定してくれる。電線工事人などポールに登る労働者に好適だ。

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ロガーブーツの靴底。用途に合わせて靴底のデザインや切り込みの深さも決まってくる。これなら、大きめの小石を踏んでもバランスを崩さない。

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モダン・ハイカースタイル。復刻版を欲しがるのはファッション志向の非労働者。ホンモノのワーカーたちは、かえって軽くて使い勝手のよいこのようなスポーツタイプを好む。

「ここのブーツはオレの女房だ」

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 立て板に水のようにクリストファーが説明する傍ら、ブーツを求める客が引きも切らない。そのひとりマッシュさんは、高層ビル専門の鉄筋作業員。この日は2年ぶりにブーツを新調しに来たという。

 お目当ての型番は3507。最初から決まっている。
「ずっとこれをはいてきた。現場はかなりハードな状況でね、見てくれ2年でこの有様。まあ他のブランドの靴だったら2、3ヶ月もあればお釈迦だったさ」と示した愛用ブーツのつま先は、大きく皮が剥がれていてもはや修復不能。

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目を疑ったが、まったく同じ商品。

「3507じゃなきゃだめなんだ。理由は、踵がモックトウ(Moc Toe。Moccacin Toeの略。つま先の形でU 字型のアッパーを縫い合わせたスタイル。対して一体型のつまさきをプレイントウという)じゃないから。
モックトウだと、縫い目に進入した水分が寒さで弾けて縫い目がほどけるんだ」。ふむ、説明がにわかにマニアックになってきた。
「このブーツの丈夫さと来たら、あるときなんか、仲間と会話中に誤って持っていた資材を足の上に落としたんだけど、まったく衝撃に気づかなかったくらいだよ。このブーツがなかったらオレは生きられない。こいつはオレの女房だ」

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 命がかかっている現場だからこそ、安全確保には金を惜しまない。その分、ブーツに対する期待と依存も半端でない。それに答えるかのようにメーカー(レッドウィング)も長年の経験と最新技術を活かし最高のブーツを提供する。しかも手作りで。この生産者と消費者の共同作業、そして、両者の信頼関係こそが名品を生み出す原動力ではないだろうか?

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ブルーワーカーだからキマる、ワークブーツ。

 ここへきてヒップスターたちの間でもワークブーツが大流行している。男子は大量のあご髭をはやし、二の腕に入れ墨、プレイドのフランネルシャツにスリムのジーンズ、そして足下をワークブーツで決めれば、もう、ブルックリンのどこを歩いても恥ずかしくない。だが、ヒップスターのほぼ全員が求めるのは「ヘリテージ」とよばれる復刻版のブーツ。かつて作られていたのと同じデザインと製法で再現されている。10年前にレッドウィングが創立100周年記念に大手ブルックス・ブラザーズとレッドウィングがコラボで発売したのをきっかけにブームに火がついた。確かにカッコいい。

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「でも靴底まで昔ながらでツルツルだからね。工事現場じゃ履けないね」と苦笑するクリストファー。ブルーカラーの切実な要望に応えて提供するプロ用ワークブーツを見た後では、悪いけど、ヘリテージは余興としか思えない。クリストファーが最後にいった。

「僕たちはあくまでも労働者のための商品提供を身上としている。あえてマンハッタンに出店しないのも店舗家賃を抑えてその分、良質のサービスを提供したいからだ」

 ワークブーツの聖地に、派手な宣伝や名声はいらない。ブルーカラーの心意気を汲んだ手作りブーツさえあれば、巡礼者の列が途切れることはないだろう。

Red Wing Shoe Store
47-01 Queens Blvd, Ste A,
Sunnyside, NY 11104
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Photos by Kohei Kawashima
Text by Hideo Nakamura

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