刑務所の独房で編み出した〈プリズンスタイルブートキャンプ〉で。CEOもトレーナーも全員元囚人、NYC極々異彩のジム経営

編み出すのに使ったのは「独房という3畳少しの極小スペースと、自分の体重」だけ。
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空前の健康ブームに沸く米国のニューヨーク。その中に異彩を放つジムがある。創業者もトレーナーも全員、元囚人の「ConBody(コンボディ)」だ。うりは刑務所の居房の中で編み出された「プリズン・スタイル」のフィットネス。
米国で非常に困難だといわれる元囚人の社会復帰を目指し、世界屈指のデパートとのコラボやオンライン番組配信にも力を入れながら、ジム経営を広げて元囚人と社会の接点をつくろうと奮闘する。独自のワークアウトで、身体だけでなく社会を変える彼らの取り組みに迫る。

「刑務所の中で死ぬなんて」。道具要らずの独自のワークアウトで6ヶ月で23キロの減量に成功

「ピーク時の年収は2億円」。その時、コス・マルテは若干19歳だった。ニューヨークのストリートで“売人”としてデビューしたのは13歳。最初はマリファナを。少年院を出たり入ったりしながらも、19歳になるまでには金持ちの上顧客を相手にスーツを纏い、20人もの部下を従えて、純白の粉物を売りさばくようになった。一日の売り上げが300万円という日もざら。だが、そんな生活は長くは続かなかった。2009年、23歳のときに薬物懲役7年を言い渡された。


Coss Marte(コス・マルテ)

 
 現在の姿からは想像するのが難しいが、入所時の彼は173cmで105キロもあったそうだ。「高血圧、高コレステロール——」。高級車を乗り回して運動とは無縁、昼夜逆転で乱れた食生活。不摂生がたたった。医師には「このままでは、命は5年程しか持たない」と宣告された。
 
「刑務所の中で死ぬなんて御免だ」。

 自分が思っていたよりもずっと近いところに死がある。刑務所内で積極的にワークアウトをはじめたのは、その恐怖がきっかけだったという。

 ただ、“積極的に”とはいえ、受刑者の身である以上、小さな居房を出られる時間は限られている。当然ながら好きなときに外を走れるわけではなく、また、居房にダンベルなどのワークアウト用の道具があるわけでもない。使えるものは「約6平方メートル(3.4畳程度)の極小スペースと、自分の体重(自重)だけ」。軍隊式ブートキャンプの技術を用いながら、コスは道具要らずの独自のトレーニング方法を編み出した。

 トレーニングを6ヶ月ほど続けたところ、23キロの減量に成功。また、骨や心拍機能の向上、精神状態の改善にも有効であることがわかった。興味を示した他の受刑者たちにメソッドを教えてみると「継続した人たちには確実な成果がみられた」。このことから、出所したら「このワークアウトをビジネスにしたい」と考えるようになったという。



コンボディの外観。取材は、コンボディの中で。

 
 素行の良さを認められ4年で出所。入所する前に手にした高級車も現金もすべて失った27歳の彼にとって、それは文字通り「イチから」の出直しだった。まずは最低限必要な「生活費を稼ぐことから」。現実は想像以上に厳しかったという。彼曰くの「地に足のついた」仕事を探すも「社会復帰の場は皆無に等しかった」。

 アメリカでは、受刑者の75パーセント以上が出所後再び刑務所に出戻るといわれている。社会復帰の場がないことは、その大きな要因の一つだ。「誰も雇わないなら自分で自分を雇うしかない」。そう腹をくくるのにさほど時間はかからなかったという。

起業家へ。「元囚人の起業」を支援するコンペで勝ち抜く

 コスは、前科がある人たちを対象とした、日本の『マネーの虎』のような起業家支援コンペティションがあること知った。NPOが運営するそれは、投資家の前で自分のビジネスプランをプレゼンし、勝者は投資をしてもらえるというもの。コスは刑務所内で自ら編み出した「プリズン・スタイル」のワークアウトを売りにしたジムを開設し、トレーナーには前科のある者を雇う、つまり、健康ブームにうまく乗せたジムの経営と同時に、元囚人の社会復帰の場を創出するビジネスプランを発表。見事勝ち抜き、約100万円の賞金を手にした。

 この賞金をもとに現在のコンボディの前身となる「コス・アスレチックス」を創業。出所後わずか約一年半でのことだった。元囚人の社会復帰の場を創出するビジネス自体は決して多くはないものの、それまでにもあった。ほとんどは、創業者は前科のない人で、彼らが元囚人を従業員として雇うものだ。それらとの最も大きな違いは、創業者であるコス自身も元囚人である点だ。 

 名前を「コンボディ(ConBody)」に変えたのは、彼自身の心境の変化があったからだという。コンボディの「コン(Con)」は、「Ex-Con (Convict)」の略、 つまり、前科者を意味する。前科者であること前面に押し出したネーミングだが、最初からそうしなかったのは「前科があることをあまり表に出すと、人が怖がって離れていく気がしたから」だという。

 どうやら、彼には「元囚人」を売りにしようとする、ある種の「したたかさ」が最初からあったわけではなかったようだ。前科がある、それだけで仕事を断られる経験を散々した後だ。無理もない。実際、彼に前科があるとわかった途端に「安心できない」という人や「ロッカーに鍵はかけられるのか?」と不安がる人もいたそうだ。ただ、一年ほどやってみて、人の反応に怯えることに嫌気がさした。「前科があるゆえに僕らを信用できない人たちは、もう相手にしなくていい」。16年、コスは「僕の中で何かが吹っ切れた」と振り返る。

 ジムの名前を「ConBody」に改名した頃からメディア出演の依頼も増加。ビジネスも軌道に乗り出し、週に約40クラスを開講するまでに成長した。トレーナーの数は10人。その他、受付係やマネージャーもすべて、CFO(最高財務責任者)以外は全員元囚人。ちなみに、そのCFOは、コスの個人クライアントだった人だ。 



内装もプリズンをテーマにユニーク。

  
 現在までにのべ20万人以上の人がこのジムを訪れたそうで、最も多いのは25-40歳の女性。「ヤングプロフェッショナル」と呼ばれる比較的収入の多い若者が主な顧客だという。彼らの多くは、ヨガやフィットネスバイクを使ったエクササイズ「ソウルサイクル」などの、いわゆる「高級ジム」にも通う。

 コンボディは高級ジムに劣らず清潔ではあるが、トレーニングルーム以外に併設するのは最低限のロッカーとバスルームのみ。カフェやジュースバーまで設ける最近の高級ジムとは毛色が違う。にもかかわらず、高級ジムに通うヤングプロフェッショナルを獲得できたのはなぜか。これに対し、コスは「僕らのソーシャルミッションに共感してくれたからではないか」という。

 コンボディのソーシャルミッションとは、「フィットネス産業に革命を起こし、差別を終わらせること」。ニューヨークに共存する「元囚人」と、意識の高い「ヤングプロフェッショナル」。おそらく同じ街の景色でも見え方が違うであろう、この二つのグループをつなぐ架け橋の役割もコンボディにはある。

高級デパートからもコラボの声がかかる。ワークアウトを通じて元囚人に社会的信用を

 
 もっとも、架け橋としての役割に気づいたのはここ数年だという。大きな契機となったのは、17年夏、世界屈指の高級デパート「サックス・フィフス・アベニュー」とのコラボレーションだ。同デパートのウェルネス部門エリアにポップアップジムを開設し、コスをはじめ元囚人のトレーナーたちは、高級デパートの顧客やメディア関係者を相手に、連日「プリズン・スタイル」のワークアウトを伝授した。





 
 生まれも育ちもマンハッタンのコス。より良い生活を求めて妊娠6ヶ月で国境を渡ったドミニカ移民の母のもとで育った彼にとって、同じ小さなマンハッタン内でも、高級デパートもその顧客も無縁の存在だったという。

 無縁の存在が、彼ら刑務所を経験した人間の経験や声に興味を示している。そのことを通じて「前科があっても、社会的信用を取り戻せる」という希望を感じたと共に、「元囚人=(全員)信用できない」という差別の撤廃に向けた、より一層の社会的使命を感じたという。

 興味深かったのは、数々の「プリズン(刑務所)」に関連する番組やドキュメンタリーがヒットしてきたことが示すように「プリズンを経験していない人ほど、プリズンに興味津々である」ことに、プリズンを経験してきた彼がほとんど無意識だったことだ。 

 いまでは、もちろん彼もそれをわかったうえでビジネスをおこなっているが、現代の「大衆」の感覚に追いつくのは「容易ではなかった」という。
 
 刑務所にいた4年の間に、世のコミュニケーションのあり方はガラリと変わっていた。ドラッグディーラー時代は7つものガラケーを持ち歩いていた彼だが、13年の出所当初、同世代のミレニアルズが当たり前に使いこなすスマホには触れたことがなく「フェイスブックもツイッターもインスタグラムも何も使ったことがなかった」。無論、「シェア」や「拡散」という文化も知らなかった。

「珍しい経験」に人々は注目し、拡散する。この習性を理解したいま、彼はジム経営以外にコンテンツ制作もはじめた。スナップチャット上に『プリズン・ハックス(Prison Hacks)』という動画番組枠を持ち、「“従来の囚人らしからぬ”エンタメ番組を配信している」。たとえば、刑務所内で手に入る限られた食材でどうやってワインを作っていたか、といった囚人たちのクリエイティブな一面を紹介する。動画に出てくるパーソナリティーももちろん元囚人だ。
  
 メディア出演が増えてから、コスのもとには毎日のように手紙が届く。送り主は服役中の囚人や出所した元囚人だ。その中の一通を見せてもらった。そこには、コスの活動にどれだけ希望を見出せたかや、どれだけ本気で人生をやり直すことを考えているか、そして「出所後に会ってほしい」という想いが、レポート用紙一枚に、鉛筆で丁寧に綴られていた。


 その手紙の送り主は5ヶ月ほど前に出所し、いまコンボディで働いている。雇うかどうかを見極めるポイントは、身体能力やカリスマ性だけでなく「人生をやり直す根性(グリット)があるかどうか」。

「出所時にあたえられるのは、たったの40ドル(4,000円)だけ。底辺かつ信用がない状態からの人生のやり直しは生半可なことじゃない。強靭な精神力が不可欠だ」。さまざまな理由があるものの、彼のジムがヤングプロフェッショナルを魅了する根源の理由は、そんな彼らの逆境をはねのける強靭な精神力、また、その姿なのではないか。

Interview with Coss Marte

Photos by Kohei Kawashima
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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