“過去への憧れ”を売る若者たちの〈ノスタルジックビジネス〉。知らない時代への好奇心と、祖国へのファンタジーが揺らめく

見たことのない時代にロマンを感じ、思いを馳せる若者たちのビジネス。“いまはなき祖国”は、時に未来よりもファンタジーに映る。
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「世に出回っている最後の1枚だから」の焦燥感で、数万円のヴィンテージTシャツを買う。「アンティークはロマンだ」のレトロ趣味で、数十万の骨董品を手に入れる。「いまはもう手に入らない」の付加価値で、数千万のクラシックカーに大枚をはたく。懐かしき故郷の香りがするホームシックキャンドルなんてものも売っている。

古いもの、懐かしのアイテムに人はお金を使う。古きに恋い焦がれる気持ち、“ノスタルジー”という感情は、時にビジネスとして成り立つ。東欧のある国ではいま、ノスタルジーに乗っかった観光ビジネスが沸騰中だ。若者たちを主導に、“もう存在しない時代・場所”への憧れがお金を産んでいる。

“ノスタルジー”を売る?東欧の国の懐古ビジネス

 現在、ニューヨーク近代美術館で開催中の展覧会『コンクリートのユートピアに向かって(Toward a Concrete Utopia)』が話題だ。第二次世界大戦後から1980年代までの旧ユーゴスラビアのコンクリート建築に焦点をあてた特別展で、鉄筋コンクリート剥き出し打ちっ放しの「ブルータリズム」と呼ばれる建築様式や、社会主義時代の都市設計を回顧(懐古)している。

 旧ユーゴスラビア(以下、旧ユーゴ)は、完全に消滅してから15年ほど経つ“いまはなき国”。東欧のバルカン半島北西部を占めた社会主義国で、マケドニア、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、セルビアの6つの共和国で構成されていた多民族国家だ。90年代に4ヶ国が分離独立をし、2003年にユーゴは消滅。

 この旧ユーゴは、現在でも根強く“懐古”の対象になっている。ユーゴ在りし時代を生きてきた年配の世代は、「あの時代はよかった」と安定していたユーゴ時代を懐かしむ。その感情は「ユーゴノスタルギヤ(ユーゴノスタルジア)」という単語にもなっているほどだ。だが、ユーゴ時代にノスタルジーの感情を馳せるのは当時を経験してきた上の世代だけではない。近年、“ノスタルジーの感情”に訴えかけるような観光ビジネスを率いているのは、ユーゴ時代を知らない若い世代だというのだ。いったいどういうことだ?

東欧の若者たちが当時のお家を再現するゲストハウス

ぼくたちの世代はユーゴ時代を知りません。ユーゴ在りし当時でさえ、西側の人たちはユーゴがどんな国か知らずにいましたし、あまり知られないままユーゴは消滅しました。僕ら若い世代にとってユーゴに対する感情は、“思い出がともなうノスタルジー”ではなく、〈体験したことのない時代への好奇心〉という感じです」。

 そう話すのはセルビア出身のデザイナー、マリオ・ミラコビッチ(35)。6年前からセルビアの首都ベオグラードにてゲストハウス「ユーゴドム」を経営している。通称、〈泊まれるミュージアム〉。ユーゴ時代を代表するデザイン(ミッド・センチュリー・モダン*)のインテリアや壁紙で統一された部屋で、そこにはユーゴ時代の家具にテレビ、時計、扇風機、ランプ、オーディオ機器、ポスター、書籍などが佇んでいる。当時のユーゴにタイムスリップしたかのような気分になる、と評判だ。「ユーゴドムは、ミュージアム兼ゲストハウス。ユーゴ時代のデザインや文化の破片、日常雑貨を保存して息を吹き込んでいます。ここにあるものすべては〈メイド・イン・ユーゴスラビア〉。この時代のデザイン文化がとにかく好きだったので、ユーゴへのトリビュート、当時ものづくりをしていた人々へのオマージュとしてスタートしました」

*1940年~1960年代に米国で生まれたデザインやインテリアのスタイルで、斬新な色使いや素材、デザインで、シンプルかつ合理的、レトロ・フューチャーな雰囲気が漂う。


「ユーゴドム」の室内。


今回の取材に応じてくれた、「ユーゴドム」の創設者マリオ・ミラコビッチ。

 世界各国から来る観光客で予約は埋まっていて、当分のあいだ空きはない盛況ぶりだ。「宿泊客の層は、個人旅行客やレトロデザイン好き、普通のチェーンホテルには泊まりたくない旅人やローカルに根ざした旅行をしたい人ですね。30代のお客も多いのですが、よくノスタルジーを感じると言っています。『まるでおばあちゃんの家にいるみたいだ』という感想だったり」。

 ユーゴドムは外国人客の宿泊施設としてだけでなく、地元民からもファッション撮影やミュージックビデオ撮影、映画撮影のロケ地としても多用されている。観光ビジネスのみならず、地元向けのレンタルビジネスとも両立させているのが賢い。さらに、併設の「ユーゴドムストア」では、ユーゴ製のビンテージ時計(修理済み)なども販売し、お客のノスタルジーを刺激しまくる。




 ユーゴへのノスタルジー(または、好奇心)でビジネスをする若者はマリオだけではないようだ。ユーゴ製のビンテージカーに乗ってベオグラードとサラエヴォ(ボスニア・ヘルツェゴビナの首都)をまわる観光ツアーは、26歳の女性が率いている。ツアー内容も、見学するのは市内に残る社会主義時代の建築物、車内で提供されるのはユーゴ製コカ・コーラ、流れるのは当時人気だった音楽と演出にも抜かりなし。

 ビンテージカーツアー以外にも、別の観光会社は同じくユーゴ時代の建造物を見学する“共産主義”ウォーキングツアーや自転車ツアーを提供したりと、ツアー飽和状態。ちなみに、独裁者でありながら敏腕政治で国民に愛されていたチトー大統領*の霊廟/博物館にも12万人が訪れる(2017年)など、過去を基盤にした観光業は好調な様子。

 ユーゴノスタルジアがベースにある一連の観光ビジネスは、盛り上がる“ユーゴツーリズム”としてメディアでも取り上げられている。「確かに、ぼくがユーゴドムをはじめた6年ほど前に観光ツアーなどがはじまったような気がします。ユーゴ時代の航空会社や航空産業にまつわる写真をアーカイブするウェブサイトもできました。しかし、まだムーブメントと呼べるほど大きなものではないのが正直なところです。マイクロトレンドといったところでしょうか」。

*大戦後から80年代までは、カリスマ的独裁者であったチトー大統領の采配のもと、経済自由化、宗教・民族問題も抑えられ、比較的安定した政治経済情勢が保たれた。
チトー没後は、コソボ自治州で独立運動、民族主義を掲げる政党が躍進、1991年にクロアチアが独立を宣言し紛争が勃発、NATO軍と米国のユーゴスラビア内戦介入と泥沼の時代を歩むこととなった。

もうなき自国のルーツ探し?それともたんなるトレンド?

 若者が売る側にも買う側にもなりうる、ノスタルジーに駆られた旧ユーゴの観光ビジネス。その時代を生きてこなかった若者世代の関心の対象は、やはりインテリアデザインや建築など〈ユーゴ時代のビジュアル〉だろう。

 その理由についてマリオは「いくつか理由があると思いますが、ユーゴを知らない世代はユーゴ時代のデザインに触れることで、新しいものを発見したかのような新鮮さを感じるのでしょう。70、80年代のユーゴには大きな家具メーカーもあり活気がありましたが、91年以降は目立ったデザイナームーブメントも家具メーカーも出てきませんでした。セルビアとなってからは*小さな国になり、“メイド・イン・セルビア”は難しくなったのです」。親世代が生きた国、つまり自分たちのルーツがある国、そしていまなき国の遺した“メイド・イン・ユーゴ”に惹かれるということか。

*旧ユーゴの一部でありセルビア・モンテネグロとなってから、2006年にモンテネグロが独立し、セルビアとなった。



「ここ10年で米国などでもミッドセンチュリーモダン(ユーゴ時代の代表的デザイン)もリバイバルしています。それに、最近ではファッション界でもキリル文字も使うデザイナーが出てきたりしましたよね。一般的にソビエト時代のデザインのトレンドもあるのかと思います」。

 ノスタルジーが原動力のビジネスを営むマリオに、なぜノスタルジーは売れるのかを聞いてみた。

ノスタルジーを通して、人は自分のファンタジーを思い描くことができます。それにどんなブランドも、その裏にあるストーリーやエモーションとともに売っていますよね」。ノスタルジックな感情に突き動かされた観光ビジネスの背景には、たんなる懐古ブームと斬るだけでは浅すぎる、旧ユーゴ若者たちの〈いまはなき母国へのファンタジー〉があるようだ。

Interview with Mario Milaković

Photos via Monika Pavlovic
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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