シナトラとクラプトンが通った店、現役アコーディオン職人(89)。億万稼いだ半世紀、楽器を愛した半生を語る
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その店からは、どこか懐かしいあの音色が聞こえてくる。

音の主。右手は鍵盤を軽やかに歩き、左手はしっかりとボタンを押さえ、蛇腹を押しては引く。Alex Carroza(アレックス・カロッツァ)、89歳のアコーディオン職人だ。

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 アレックスの楽器店「Alex Musical Instruments(アレックス・ミュージカル・インストゥルメンツ)」には、カラフルなアコーディオンが、宝石のようにキラキラ輝きながら並ぶ。

「アコーディオンは、実に面白い“モンスターみたいな”楽器だよ」。そう言うと、ひょいと慣れた手つきでアコーディオンを手に取り、演奏しはじめる。

「アコーディオンはcompleteな(すべて兼ね備えた)楽器」

 イタリア生まれアルゼンチン育ちのアレックスがアコーディオンに恋したのは、7歳の時。楽器職人だった父のアコーディオンでこっそり遊んでいた。

「ある日、父はこう言った。『もうアコーディオンはお終い。勉強しなくちゃいけないからね。学校を卒業したら、一番いいアコーディオンをあげよう』」

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 馴染みがあるようでないような、アコーディオンという楽器。
 18世紀の誕生以来、世界中で愛されてきた。フランスの街角ではワルツや、アイリッシュ・トラッド、アルゼンチン・タンゴを。メキシコではマリアチバンド、ロシアや東欧ではフォークミュージックなどの民謡を。それからポピュラー音楽やジャズ、クラシック音楽をも奏でてきた。

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デザインもさまざまなアコーディオン。アレックスの店では、ドイツの「HOHNER」社やイタリアの老舗ブランド「GABBANELLI」、ニューヨークの名門「EXCELSIOR」、シアトルの「petosa」を取り揃えている

 アコーディオンには、右手部分にボタンが配置されているボタン式(クロマティック)アコーディオンと、ピアノのような鍵盤になっている鍵盤式(ピアノ)アコーディオンの2種類がある。
 左手部分には「ベースボタン」と呼ばれるボタンが取り付けられており、これを押さえることでベース音や和音(コード)を発することができる。

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アレックスが弾いているアコーディオンは、イタリアに工場のある自分のブランド「BELL」製

「アコーディオンはね、completeな(すべて兼ね備えた)楽器。ミュージシャンになりたいのなら、(練習するのに)ぴったり。一人でベースとコード、そしてメロディを演奏できるからね」

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アレックスが時折押しているのは、鍵盤の隣にある音色スイッチ。クラリネットやバンドネオン(アコーディオンに似た蛇腹楽器)、バスーン(ファゴット)、ミュゼット(フランスのバグパイプ)などの音を組み合わせ、蛇腹で起こした風の力でリード(振動する小さな細いハガネの板)を鳴らす

 それから、「夜中に家で練習していてもみんなを起こさないように演奏できるんだ、こんな風に」と優しい音色でゆっくりと静かに奏でる。「でもしっかり弾きたいときは、こう」と、今度は力強く軽快に。
 弾き終われば手を差し出して「はい、10ドル」。お茶目なアレックス、ジョークも軽快だ。

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顧客はシナトラにクラプトン!ビジネス、黄金時代  

 故郷アルゼンチンやブラジルでアコーディオン職人として経験を積んでいた青年時代。経済的に不安定な南米で将来に不安を覚えていた頃、ニューヨークで働かないかというオファーを受ける。1960年に渡米し、マンハッタンの老舗アコーディオン店で働きはじめ、その5、6年後に独立した。

 彼はこの日、何度も「自分は本当にラッキーだった」と口にした。

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 当時、アレックスのアコーディオンビジネスは黄金期。とにかく儲かった。というのも、ニューヨークには多くのアコーディオンスクールがあったにも関わらず、アコーディオンを直せる職人はアレックスだけ。店には壊れたアコーディオンが次々と届いたという。
 世界中からの注文も相次ぎ、週に10から15台は売りさばく。ヨーロッパだけでも年間およそ数十億円売り上げていたことも。「地下鉄の切符が10セントだった時代に、週600ドル稼いでいたよ」

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 もうひとつのラッキーは、彼の楽器店があった場所にある。48丁目と6と7アベニューの間。かつて「Music Row(ミュージック・ロウ)」と呼ばれていた、歴史的な楽器店街だ。

 ギター専門店「Rudy’s Music Shop(ルーディーズ・ミュージック・ショップ)」や総合楽器店「Sam Ash Music Stores(サム・アッシュ・ミュージック・ストアズ)」「Manny’s Music(マニーズ・ミュージック)」など老舗楽器店が軒を連ねる。
 1960・70年代、ジミ・ヘンドリクスやザ・フーのピート・タウンゼントがギターを買い求め、ローリング・ストーンズが楽器を漁り、来米したザ・ビートルズがドラムキットを買った、ミュージシャンの聖地。     

 そこに50年間店を構えていたアレックス、ほらこれをご覧と、壁にかかる1枚の写真を指差す。ダブルネックギターを抱えたエリック・クラプトンだ。

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アレックス、アコーディオンだけじゃなくギターも作れてしまう、楽器作りの名人なのだ

「彼に特注のギターを作ってあげたよ。名付けて“Alex Axe(アレックスの斧)”。彼はいい人、よく酔っ払って来店してね。ハッハッハ、いま思い出しても可笑しくなっちゃう」

 アレックスの顧客には、かのフランク・シナトラもいた。シナトラお抱えのビッグバンドの楽器調律や修理などをしていた彼、ある日シナトラのコンサートに招待された。
「少し遅れて会場に着いたら、ステージにいたシナトラがぼくを指差して『誰が来たのかと思ったら!紹介しよう、アレックス・ミュージカル・インストゥルメンツのアレックス!』と大勢の観客の前で言っちゃったものだから、あのときばかりは緊張しちゃったよね」

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 かつて栄えた楽器店街。年月の経過とともに家賃高騰などの理由から一店また一店と去って行き、最後の砦だったアレックスの店がとうとうシャッターを閉めたのは、昨年末のこと。

 現在はオフィスビルの小さな一室に引っ越した彼に、ミュージック・ロウが恋しいか、と尋ねてみるとこう答えた。
「いいや。もう過去のことは終わったこと、仕方がないさ。それよか、前を向いて新しいことを見つけていくよ」

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93歳のアシスタントとの40年。土曜も出勤

 アレックスの出勤は月曜から土曜。朝10時から夕方5時までアコーディオンと向き合っている。
 現在は月に2、3個しか売れなくなってしまったが、修理が必要なものは舞い込んでくる。チューニングをし、鍵盤が外れてしまったものを調節する。

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アレックスの甥っ子、エンリケ。作家でフィルムメーカーでもある彼は、現在アレックスの伝記を執筆しているそう。ちなみにアレックスの息子もアコーディオン職人で、ブエノスアイレスに店を構える

「アコーディオン弾きにとってアコーディオンってものはね、毎日一緒に居るワイフやガールフレンドみたいなもの。ぼくは、彼らにとって“大切な人”のお医者さんなんだ」

ニュージーランドに住む長年のお抱え客は、調律のために年1回アレックスの店を訪れる。わざわざ海を渡りニューヨークまで来るのは、「信用できるアレックス以外に愛用のアコーディオンを触らせたくないから」。

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 解体中のアコーディオンや工具が散らかる狭い作業場の奥には、せっせと修理するアシスタントの姿が覗く。御年93歳のパスクワレだ。

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 アレックスの右腕となること、40年。アレックスが尊敬するベテランのアコーディオン職人だ。アルゼンチン時代からの知り合いだった二人、ニューヨークで再会したのは偶然だった。

「ニューヨークに来たばかりの頃、お客から『アルゼンチンから来たアコーディオン職人がニュージャージーにいる』と聞いた。まさかと思い電話したら、パスクワレが出たんだ。『パスクワレ!ぼくの店で働かないか?』。その次の日から今日までずっと一緒さ」

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アレックスは、パスクワレのことをこう喩えた。「彼はね、これまで出会ってきた中で一番紳士な男。アコーディオンのことなら何でも知っている」

職人魂に宿る、ビジネスマインドと人情

「アコーディオンはね、ぼくを億万長者にさせてくれたんだ」。わはははは、と豪快に、冗談めかして笑うアレックスは、しかし根っからのビジネスマンだ。9歳になるころには、「馬糞集めでお小遣い稼ぎしていた」というから、才覚は生まれながらだ。

 儲けに儲け、名だたる顧客を相手にしてきた彼だが、通りや公園、地下鉄で演奏する貧しいアコーディオン弾きには修理代を絶対に請求しない。

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「アコーディオンはぼくの楽器、ぼくの天職。あるとき父がこう言ったんだ。『いつかアコーディオン職人になってくれたら、父さんは嬉しい』」

「友だちのように近く、偉大な存在だった」父は、職人として98歳まで働いていた。

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「ぼくはずっと、やるべき仕事をやっている。それだけさ。人生で多くのことを学んで、たくさん働いて。みんなと仲良くして、お金を稼いで…。とにかくラッキーだった」

 人が集まれば大好きなアコーディオンで迎え、いつも屈託のない笑顔で冗談ばかり言ってけらけら笑う。しかし、ビジネスマンとしての決断力や芯の強さは抜群で、半世紀以上その世界を生き抜いてきた。力強く快活な音色も穏やかで優しい音色も、哀愁に満ちた音色も軽妙で愉快な音色も奏でられる。アレックス自身が、アコーディオンのような人だった。

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Alex Carroza

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Photos by Kuo-Heng Huang
Text by Risa Akita

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