タイプライター修理業に捧げた56年。職人魂の宿る修理店「Gramercy Typewriter」
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その職人、仕事鞄から工具箱を取り出し、慣れた手つきで部品をいじり、はずし、磨き上げる。
今日までの56年間、来る日も職人が直し続けているのは、タイプライターだ。鍵盤をパシパシパシと打って紙に印字する、あの昔ながらのマシンたち。

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 創業84年のタイプライター修理店「Gramercy Typewriter Co.(グラマシータイプライター)」。親子3世代続く、マンハッタンの老舗リペアショップだ。いまでもその店には、タイプライターが預けられる。驚くことに、毎日だ。

 年季のはいった黒い革鞄を下げ、ゆっくりした足取りで店内に入ってきたのは、白い口髭をたくわえた貫禄たっぷりのオーナー、Paul Schweitzer(ポール・シュバイツァー)、77歳。半世紀をタイプライター修理業に捧げた職人だ。

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タイプライター原体験は、父親の作業場にて

 タイプライター修理業は、ポールの父親の代から続く家業。修理工として職を得た父親が独立し、マンハッタンに店を構えた。時は、1932年。アメリカ国内、世界大恐慌の渦中にあった頃。

「そのころは、どのオフィスのどの机にもタイプライターがあった。父は、マンハッタン中のオフィスへ赴き、会社の名刺を配り歩いたんだ」

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 そんな父の姿を見て育ったポール、タイプライターとの思い出はブルックリンにあった実家の地下室。そこには父の作業場があった。
 9歳の少年は、父がタイプライターを掃除しインクリボンを替え、磨きあげている様子をそばでじっと見つめていた。
 
「時々手伝わせてもらってね。ただただ楽しかったのさ。そして心の内に思った、『ああ、ぼくは父親と同じ道を歩むんだな』と」

 はたちになる頃には父の元で働きはじめた。幼い頃からタイプライターをいじっていた彼にとって、自然なことだった。

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時代の流れに逆らわない

「ひと昔前イエローページという電話帳があったんだが、そこには6ページにわたってマンハッタン中のタイプライター修理屋の電話番号がリストアップされていたんだが」
 時の流れとともに6ページからは徐々に名前が消えていった。その理由は店主がリタイアしたから、だけではない。コンピューターの出現だ。

 90年代、世間がデジタルに目を向ける中、300台のタイプライターがあったオフィスもパソコンを導入し、10台しかない状態に。
 タイプライターの需要がなくなり店じまいする同業者たち。グラマシータイプライターは違った。時代の流れに逆らわなかったのだ。「レーザープリンター修理クラスで、プリンターの修理技術を一から学んだよ」。HP(ヒューレット・パッカード社)のプリンター修理やカートリッジ販売は、現在のビジネスの大部分を支えているという。

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 デジタルの波の中で溺れずにやって来れたのも、決して頑固にならず時が要求しているものを受け入れ、現実的に対応してきたからだ。

壊れかけのタイプライター、毎日店に舞い込む

 ここニューヨークでは、未だにタイプライターを使用するオフィスもある。それは法律事務所や会計事務所、出版社。書類によっては日付や名前だけを打ち付けるのに重宝されているそうなのだ。
 それから土地柄からなのか、小説家や脚本家のなかにも愛用者は多い。ネットにメールにと、気が散ってしまうパソコンと違い、書くことに集中できるのだ。「自分の言葉が紙に打ち付けられるのを直接見たいのだろう」と、ポール。

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 一日に2、3台ほどやってくるという、タイプライター。
 掃除が必要なものや新しいインクリボンが必要なもの、タイプバー(活字がついている部品)が曲がってしまってきちんと文字が打てず調節が必要なものなど。

 これまでに直したことのある一番古いものはUnderwood社のもので1910年代製だったとか。修理は10分で終わることもあれば、3時間かかることもある。

 取材中もあるお客さんが来店。Woodstock(ウッドストック)社製の1920年代ものを持ってきた。
 手入れが行き届いていなく、もうどうしようもないらしい。

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「私はマジシャンじゃないのでね」。診断・見積もりは無料、でも修復不可能だと目利きしたらきっぱりと断るのがシュバイツァー流。役目を終えるべきタイプライターには無理をさせないのだ。

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クラシックだけじゃない。パステルカラーのタイプライター

 シュバイツァー親子の店、修理だけでなくタイプライターやインクリボンなどの備品販売もする。

 店内に置かれたビンテージのタイプライター。ポールがコレクションしてきたものから顧客から買い取ったものなど、1950、60年代ものを中心に、1920年代から1990年代のタイプライターたちを取り揃える。

 昔は高校入学祝いに贈られたタイプライター、今でもクリスマスの時期になるとプレゼント用に買い求める客も多いのだとか。
 価格は安いもので195ドル、高いもので595ドル(約2〜6万円)。編集部ではきっぱり意見が割れましたが、あなたはどれがいい?

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パステルカラーが可愛らしいアメリカ製の「Royal(ロイヤル)」

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アメリカ製の「Remington」(左)にポータブル式の「Underwood」(右)

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スイス製「Hermes(ハーミーズ)」社のもの。幼きポール少年のお気に入りだったメーカー

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「Olympia(オリンピア)」は西ドイツ製。ポールも「造りがしっかりしている」と太鼓判を押すメーカーだ

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ころんとした愛らしいフォルムからクラシカルな形までバリエーション豊かなアメリカ製「Smith Corona(スミス・コロナ)」

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イタリアの老舗メーカー「Olivetti Lettera(オリベッティ・レッテラ)」

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箱もすてき

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1930年代のUnderwood。修復不可能でお客が手放したため、保管している

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IBM社の電動タイプライター「Wheelwriter(ウィールライター)」。国内で普及した80・90年代にはその時代の“最先端”だった。キーボードもパソコンにだいぶ近づいてる。軽やかなタッチでタイプできるほか、訂正用の白いインクリボンがついているため、文字の削除もスペースキーで楽にこなせる

タイプライターがもつ「個性」

「子どもたちはこの音が好きだ」と、ポールはキャリッジと呼ばれるリターンレバー(紙や印字位置を動すためのもの)を右いっぱいに終わりまで引いた。
 “チーン!”という甲高いベルの音。中には、力強い鈍い音のものも。

 お客さんには、タイプライターを初めて見る10歳や15歳の子どもたちを連れた親やアンティーク・ビンテージブームも手伝ってか、ディスプレイとして家に置くために買い求める人もいるそうだ。
「タイプライターの基本的な構造はだいたい同じ。でもメーカーによって少しずつ性格が違うんだ。鍵盤の手触りだったり、たたき心地だったり、ベルの音だったりね」

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長年愛用の仕事鞄の中身、拝見。

 電話で依頼が来れば、出張修理もするポール。そんな彼のお伴をするのは、黒い革鞄。
 実際に持たせてもらったが、ずしりと重かった。

「56年間ずっと持ち歩いてきたんだ。最近になって腰が痛くなったから、キャリーカートに載せているよ」
 スペアの部品やスクリュードライバーなどの工具、掃除用の液などが入ったその鞄は、25歳。

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「この56年間、毎日仕事場に通うのが楽しみなんだ」

“Work hard. Keep customers happy and satisfied. Like what you are doing
(仕事に励むこと。常にお客さんを喜ばせ満足させること。そして自分のやっていることを好きになること)”

 余計なものを削ぎ取ったシンプルな信念。これが、彼の“仕事に対しての哲学”だ。
修理が済んで見違えるように直ったタイプライターを見て、お客さんが喜んでくれるのが何よりも嬉しいのだそうだ。

「この56年間、毎日仕事場に通うのが楽しみなんだ」。それは、タイプライター修理業一本で生計を立て家族を養ってきた年月だ。

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背広にネクタイがユニホーム

「父と仕事をはじめた当初、彼にこう言われたんだ、『背広をあつらえてネクタイを締めてこい』と」。それ以来、仕事着はいつだって背広である。

Gramercy Typewriter-96 のコピー

 ひと昔前はどんな会社を訪問するのにもジャケットにタイを身につけ、きちんと服装を整えるのが“ビジネスマン”としての基本だった。法律事務所や会計事務所にだらしない格好で行けば門前払いを食らってしまう。

「息子にも『ここで働きたいなら、背広を着てとネクタイをしろ』と言った」。9年前からフルタイムで父を助ける息子Justin(ジャスティン)もエプロンの下はワイシャツ姿だ。

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注文記録は手書きの札。支払いは現金

 このお店にはパソコンがない。
 顧客のデータベースや注文記録などはすべてこの1箱にあるのだ。
 顧客の名前、住所、電話番号、修理内容が細かい字で書かれたカード。一枚一枚、アルファベット順に並べられている。 

「いちいちコンピューターに向かわなくても、ここでさっと見られる。こっちの方が楽だろう」とポール。

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 支払いも現金か小切手のみ。クレジットカードは使えない。

なぜアナログにこだわるのですか? と問いかけるとこんな答えが。
「このやり方の方が私に合っているからだよ。すべてよしなら変えるべからず」

 昔気質のポール、「私がもっている唯一の電子機器を見せてあげよう」と言って背広のポケットから何やら取り出した。それは彼の大きな手にすっぽりと包まれた、小さな折りたたみ式の携帯電話だった。

「でも誰からも掛かってこないんだよ。なんでかというと、誰にも電話番号を教えていないから。それ以前にこの携帯の番号を私自身が知らないんだ」との発言には、取材陣も思わず笑ってしまった。

金曜日の“仕事の手”

 自分で「dirty work hand(ダーティー・ワークハンド)」と喩えたその手。タイプライター修理工として休まず働いてきた半世紀と6年、部品をいじくる彼の手はインクで汚れていた。

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「土・日・月は休み。火曜に出勤するときには綺麗な手に戻っているんだ」とポール。この日は木曜日。一週間タイプライターと真摯に向き合ってきたその両手はしっかりと汚れていた。
 56年、毎週金曜日の手には、仕事に対する誇りと一向きの心が染み込んできたのだ。

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Photos by Kuo-Heng Huang
Text by Risa Akita

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