「(ろ過された)ピュアウォーターを飲みましょう!」という宣伝文句。それに対し、噂のウォーターソムリエはこう返す。「ピュアならそんなに価値はない」。本当に価値ある水は「ミネラルを含んでいるものだから」。
水は飲みやすければどれでもいい、というのは過去の話。食と同じように「水の真の価値が見直される時期だと思う。その水がどこからきたのか。生産者がどのように取水し、何が含まれているのか。水の “パーソナリティー” を知りたがっている消費者が増えている」
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「ワインソムリエみたいな仕事です」
まず「そんな職業があるのか!」と驚いた。米国初の「ウォーターソムリエ」を名乗るのはロサンゼルス在住のマーティン・リエス(Martin Riese)。米国には「卓越した能力を揺する者」にあたえられるビザが(O-1と呼び、科学、芸術、教育、ビジネスなどの分野が対象)あるのだが、これを「水の知識」で取得。現在、セレブ御用達レストランを多数経営する飲食グループ「パティナ・レストラン・グループ」に所属している。
さて、水のソムリエ、一体どういう仕事なのか。「ざっくりいうと、ワインソムリエがやっていることと同じです」。味の違いを理解し、また、それがどうして違うのかを説明でき、食事とのペアリングなどのサービスを提供するのだという。
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マーティン・リエス。
ワインリストならぬ「ウォーターリスト(40ページ以上にも及ぶ)」を作成したのは、ワインやビールと同じように「水には価値があり、もっと評価されるべきだから」。軟水から超硬水まで、世界10ヶ国から厳選した22種類ものユニークなボトルウォーターを常備している。価格は、750-1000ミリリットルサイズで、価格帯は880〜2200円(8〜20ドル)とお高めだ。
水道水、激ウマではないにしても飲めるレベル。それを考えると、ラグジュアリー水にさほどのニーズがあるか疑問だが、どうやら好調。マーティンが昨年より担当しているレストランのボトルウォーターの売り上げは「400パーセント増」だそうだ。
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国ごとに分けてある
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おなじみペリエ。一つひとつの水に詳しい説明書き。
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豊富な種類。
実は、結構叩かれている
ボトルウォーター=大きな味の差がない=どれも似たり寄ったり=だったら安いほうがいい…。「それは違います。どれも違った味わいがある」とマーティン。彼によるところの価値あるボトルウォーターとは、「健康に良いミネラルを含んでいる天然水」。一方、「水道水」を原水とし、工場で大量生産されている市販の「ピュリファイドウオーター(purified water)」には反対する。「安く売られているとはいえ、ろ過した水道水に、ミネラルを少し加えてボトル詰めしただけのものです」。例にあがったのは、コカコーラ社が出してるダサニ(Dasani)などで、ピュリファイドウォーターとラベルに書いてある。飲料メーカーの巧みなマーケティングにより、水道水よりもペットボトル水の方が「ろ過している。ピュアだ」と、水質が良いようなイメージが植えつけられているだけだ、とマーティン。
だが、このウォーターソムリエに対して「世間は懐疑的」。上述の「水道水をボトルに詰めただけ」疑惑の商品や、この水を飲めば病気が治る、神のご加護があるといった怪しい商売の影響もあって、彼がメディアにでたばかりの頃は「誹謗中傷メールも結構いただきました」。
「ぼくは、水質を変えられる魔法使いでも、根拠のない価値をつけて売りつけるペテン師でもないんですが…」。だからこそ、証拠に基づいた説明を心がける。彼のウォーターリストには、すべての水に「TDS(Total Dissolved Solid)溶解性物質」レベルが記されている。TDSとは、水に含まれる、カルシウムやマグネシウムなどのミネラルの量を表したもの。
たとえば、彼がプロデュースしたカリフォルニア産のボトルウォーター「ビバリーヒルズ 9OH2O」は「他の水に比べて、シリカ(ケイ素)が豊富なので、赤ワイン(タンニンの渋みを抑えられるから)や辛いもの(舌が香辛料の旨味に敏感になるから)と、相性がいい」と、解説する。
また、彼が担当する店で最も高額な2000円以上もするボトルウォーター (750ml) 、カナダ産の「Berg(バーグ)」については、美味しさはもちろん、希少価値を強調。「15,000年前にできた氷山の水。夏にしか採れず、生産量は極めて少ない。生産者が徹底した品質管理を行うのは、環境調査のためでもある」と。
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これがバーグ。
ボトルウォーターはサステナブル
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ウォーターソムリエという職業だけでなく、そもそも、近年はボトルウォーターへの風当たりが強い。「カリフォルニア州は、干ばつの影響もあり特に」とマーティン。反対者の意見は、「ボトルウォーターを生産するために、地元の天然の鉱水や湧水が過剰に取水されると、地域の河川や地下の水源が枯れてしまう」というもの。しかし、彼は「過剰かどうかは、数値をみてから判断してほしい」と切り返す。
「農業に使われる水の量は、全体使用量の約20パーセント。一方、ボトルウォーターの生産に使われているのは、たったの0.02パーセントです」。また、同じ量のボトルウォーターを生産するより「ビールやワインの生産のために使用される水の消費量の方が多い。なのに、なぜボトルウォーターばかりが叩かれるのか」。
持続可能な生産方法で資源を管理しなければ、水源は枯渇してしまうことに「ラグジュアリー水の生産者は早くから気づいていて、汚染されていないか水質管理を徹底しつつ少量生産なのです」。
ボトルウォーター…。その味の奥深さだけでなく、なんだか捕鯨問題にも似た激しい論争をはらむテーマだったとは。極上の水を育む自然、情熱的な生産者、賢明な選択ができる消費者。食に続き、次は「何を飲むか」。水のムーブメントの気配に、今後も注目していきたい。
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Photos via Martin Riese
Text by Chiyo Yamauchi
Edit: HEAPS Magazine