「ペットくらいで休むな!」。そう言われたら転職さえしかねない。ミレニアルズという世代は、より良い場所を求めて転職を繰り返す“悪名高き”ジョブ・ホッパーだ。優秀な人材ほど転職に抵抗がないというから、企業側も四苦八苦。一体どうすれば、彼らを逃さずに定着させることができるのか。その解決策の一つとして注目を集めているのが〈ペット休暇〉。文字通り、「ペットのために休んでいいですよ」だ。
テックもマーケティング会社も、ペット休暇に興味津々
出産休暇や育児休暇・介護休暇とは、母体保護、そして子あるいは高齢な「家族のケア」をするために労働者に認められた休暇だ。ところで、この場合の家族とは何を指すのか。同じ家に住んでいる者だけのことなのか。血の繋がりのある人、全員なのか。そもそも、人間であることが前提なのか?
近年欧米で、マタニティ・リーブならぬ「パウ・タニティ・リーブ(Paw-ternity leave)」「ファー・タニティ・リーブ(Fur-ternity leave) 」などと呼ばれながら注目を集める休暇がある。パウは肉球、ファーは毛のある動物のこと。そう、ペット休暇だ。米国ではとある出来事によって、この春に再び注目を浴びている。以前からペット関連会社を中心に導入していた企業はあったが、とあるミネソタ州のマーケティング会社が導入したのだ。
同マーケティング会社の26歳の社員は、上司に「生後2ヶ月の子犬を自宅に迎えるので、新しい環境に慣れるまでの最初の一週間は、自宅勤務させてもらえませんか」とリクエスト。すると、上司は「もちろん」と即答した。他にも同様のリクエストが複数あったため、同社は今年7月、公式に「ペット休暇」を福利厚生に組み込んだことを発表。いま、ペット関連以外の業界内でも導入を検討する企業が増えている。
日本でもペット休暇については、アマゾンがいち早く「家族のケア」にペットも含まれるよう家族が指す範疇を広げたり、昨年はユニ・チャームが、ペットが死亡した場合に一日の休暇が取得できる制度を導入している。
その背景には、優秀な若者を獲得し定着させる企業側の苦悩があるようだ。以下のさまざまな調査結果が示すように、米ミレニアルズは“転職好き”。好待遇やスキルの向上を求めて転職を繰り返す「ジョブ・ホッパー」であることで知られている。
・大学(もしくは大学院)新卒の従業員のうち、45パーセントは2年以内に離職する
・若者の約25パーセントは、35歳までに5回以上転職する
・10人中6人は、新しい仕事の機会を探している
企業側が優秀な人材獲得に四苦八苦している理由には、企業勤め以外にも「フリーランス」や「自分で起業する」など、若者にとって魅力的な選択肢が以前より増えていることもある。グーグルやフェイスブックのような米大手企業が、自社内に社員が無料で利用できるカフェテリアやジム、託児所を設けているのも、もちろん優秀な若い人材の獲得と定着を促すことだけが目的ではないにしろ、そういった意図を含んでのことだろう。
というのも、ミレニアルズやZ世代は、プライベートを顧みず仕事中心の生活を送って出世することよりも、また、仕事と生活をわけてバランスを考えるよりも、2つの境界線を消して融合させていく「ワーク・ライフ・インテグレーション(融合)」を志向しているといわれるからだ。
ペット休暇を求める世代の志向
仕事と生活をわけず、融合していく「ワーク・ライフ・インテグレーション(融合)」。「育児と健康と仕事」など、生活に関わるさまざまなことと仕事を融合した結果生まれたのが、上述のグーグルの社員向けのカフェテリアや託児所、また、ジムのメンバーシップの支給などのベネフィットだ。その他にも、学生ローン返済支援制度やウェディング費用補助制度、卵子凍結保存(!?)など、若者の関心を意識したものが存在する。話題のペット休暇もその一つだ。社員を大事にするということは「個々の状況を考慮し、サポートする」ことだと求められる。
昨今たびたび話題になるユニークな福利厚生も、このインテグレーション志向への応えともいえる。プロポーズ休暇やパートナーの誕生日休暇などが存在し、「個人のプライベート(生活)で重要なことを考慮した休暇」が増えているのだ。
ユニークな福利厚生で優秀な人材の獲得と定着を狙う企業が増えているとはいえ、よほどの大企業でない限り、あれも、これも、と手を出すわけにはいかない。何がより効果的なのかの見極めが必要だ。となると、ほとんどすべての人にとっての重要事項である食や健康に比べると、二の次になりそうな「ペット休暇」が注目を集めているのが不思議に思えてくるが、次の数字をみて納得。
米国では「ペットオーナーの約35パーセントがミレニアル世代」という調査結果が出ており、晩婚化や初産年齢が上がっていることも関係して若年層がペットを家族として迎えることに積極的であることがわかっている。つまりミレニアル世代においては、日常生活においてペットは重要だ、と考えるであろう人が3人に1人以上。
特に独身でペットが頼れるのは自分だけの場合、保護者としての責任感も増すだろう。「うちの“子”が体調崩しちゃって…」と、まるで我が子のような表現をする人も少なくない。となれば、ペットを迎え入れた時期に「ペットが新居に慣れるまで、自宅勤務させてください」といった要望は当然でてくる。
「この子を守れるのは私だけなのです! どうか、離ればなれにしないでください…」とまでは言わないにしても、飼い主ににとっては切実な要望。
「いやー、難しいですね。他の社員に迷惑もかかるし…」「前例がないので…」と却下するような会社に彼らが定着するはずがない。「大切な家族のことを配慮してくれない会社なんて、やめます」の方が、たやすい選択に映るだろう。
ペット休暇の他には「ペット保険」なるものも注目を集めており、CNBCによれば、福利厚生にペット保険を設けている会社は、イケア、マイクロソフト、ヒューレット・パッカードなど、約5,000社。今後、若年層のペット愛の高まりに比例して、その数はさらに増加すると予測されている。
仕事と生活は、「混ぜるな、危険!」なのか? 交渉くらいさせてくれ
従来、仕事と生活は一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないトレードオフ、二者択一の関係でとらえられてきた。「ワーク・ライフ・バランス」は、それを改善するために生まれたものだが、そこには依然として「仕事」と「生活」は、相反するもの、混じり合ってはいけないもの、という考えがあった。「バランス」を求められたのはそのためだ。
しかし、「仕事」と「生活、プライベート」は本当に混じり合ってはいけないのか。会社の都合に合わせて生活を犠牲にするのなら「フリーランスになろう・起業をしよう」—そんな選択肢も世の中にあり、事実その二つをわけずに成り立っている人たちがいるのだから、会社勤めの人だって「仕事と生活を本当にわけなきゃいけないのか」という疑問もわいてきて然りだ。
会社員であるなら、仕事は仕事、プライベートはプライベート。それが仮に、誰かの都合に合わせてつくられた概念だったとすれば、それは会社の都合ではないだろうか。社員それぞれのライフステージや都合を配慮したベネフィットを適応するのはほとんど不可能だ。「子どもがいる人だけ早上がりできるなんてズルい」「同じ給与なのに、ペットがいる人だけ自宅勤務が許されるなんてズルい」といった不満の声があがれば収拾をつけるのは難しい。だったら、最初から「職場にきたら公私混同するな」を推奨した方が揉め事が起こりにくく統率しやすい。
しかしながら、「うちで働きたければうちのルールに従え」といった、一方通行な決め事がまかり通る時代は終焉の一途。単純に高い給与を払えば、優秀な人材を獲得し定着させられる時代も、だ。
「ペットと一緒に居たいから、いつも家で働きたい」と無茶苦茶なことを言っているわけではなく、「この日は休みたい・この期間は自宅勤務がいい。理由は(ペットという)家族のため」という、会社員としての交渉だ。もし、この休暇制度の導入を考えているのなら、“ユニークな福利厚生”だと思ってもらえる早いうちが良いだろう。優秀な人材が「この会社は理解がある」と興味を持つかもしれない。「当たり前」になってしまったら、それがなければ「やめる」理由にはなっても、会社を選ぶ決め手にはならないのだ。
Text by Chiyo Yamauchi
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