“残飯”レストラン、はじめました。

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「一切のムダを出したくないので、レストランをはじめます」
そんな型破りな宣言とともに突如ブルックリンに現れた“残飯”レストラン「Saucy by Nature」。
オーナーシェフについて、気になったキーワードは、4つほどあった。
「残った食材をムダにしたくないからレストランを開く、という動機」
「自らの職業を、Locavangelism (Local + evangelism 福音伝道 の造語)というオリジナルの造語で表現」
「ストリートベンダーをはじめるまでは約5年間、世界を放浪していた」
「料理は独学」
…ふむ。この情報から「陽気なヒッピー×シェフ」を想像していた。のだが…

ユートピアとビジネスの狭間で。ムダを出さないレストラン開業

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 見事に裏切られた。いや、決して悪い意味ではない。ポーランド生まれのアメリカ人、Przemek Adolf(パシェミック・アドルフ)は陽気は陽気でも、自由人というよりは、地に足のついたビジネスパーソンだった。
 7歳で米国へ移住し、アメリカの食事が「口に合わなかった」ことを理由に、12歳から独学で料理をはじめたという彼。遡ること4年前。NYグルメの登竜門、今では一大野外フードイベントに成長した「スモーガスバーグ」で、パシェミックのベンダー店「Saucy by Nature」は、「初のベジタリアンフードベンダー」として注目を集めた。その後は「ケータリングビジネスも順調」と着々と手を広げていく。
 こだわりの「Farm-to-table(農場から食卓まで)」スタイルで、ローカルのとれたてオーガニックフードのみを使用し、サステイナブルなビジネスを目指してきた。だが、ずっとあること後ろめたさを感じていたという。

「いっさいの食材を無駄にしたくないのに、どうしても残飯がでてしまう」

 ケータリング用に購入する食材。1オーダーで届く量が多すぎて、余ってしまう。とはいえ、少量でオーダーすると高くつきすぎる。余ったトマトや葉野菜なんかは日持ちもしないので、捨てざるを得ない。食べる人の健康を想って、より手間のかかる方法で作られた野菜や肉たちは「本来、ムダであるはずのないものです」。それを、捨てる度に、害悪感にさいなまれた。

「だったら、その残った食材を活かすために、レストランをオープンしてしまおう」
そうして2015年9月1日、「残飯レストラン」はついに姿を現した。

最後の受け皿に「寄付」で、廃棄率ゼロを実現

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 “残飯”とはいえ、もちろんあくまで食材の話。一度、ケータリングでお客さんに出した料理を、使い回しているわけでないので悪しからず。

 レストランの全メニューが、ケータリングでの残り食材でできているかというと、そうではない。余り物であつらえた日替わりメニューの他に、レギュラーメニューも用意。
「もし、僕が有名なスターシェフだったり、ここがビジネス激戦区でなければ、固定のメニューをなくして、(残飯を使った)日替わりメニューだけでやっていく、というのもできたかもしれないけれどね」とパシェミック。だが、それは危ない綱渡りだと判断したようだ。

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 ケータリングでは、顧客の要望に合わせておいしいと思うものを一緒に作るカスタムメイド(オーダーメイド)形式でメニューを決める一方で、レストランでは、ケータリングで余った食材を使い、Saucy by Natureならではの「おいしい」を提案する。店内のキッチンを兼用しているのは、その異なる二つのビジネススタイルを同時に実現するためだ。
 たとえば、「ケータリングで余った葉野菜は、レストランの日替わりハンバーガーやサンドイッチに使い、その他にも野菜や果物も、日替わりスープやデザートに」という循環システム。冷蔵庫の中にあるものを、上手く使い切る知恵はまるで「お母さん」。これにより「一切の食材をムダにしない」という。本当に食材の廃棄率はゼロなのかと執拗に問うも「YES」と言い切る。というのも、最後に残ってしまった食材はすべて「寄付している」ため、実現できているのだそう。
 フードバンクのような非営利団体と提携して「寄付」という手堅い手段を最後に用意しているところはさすが、抜かりナシ。「#zerowaste(ムダをなくそう)」というミッションへの本気っぷりが伺える。

臨機応変ゆえ、時には「食材はあきらめます」

 余り物とはいえ「鮮度には徹底しているので、食材のクオリティには自信があります」という。たとえば、その日に鶏肉が○グラム必要であれば、その分だけ提携している地元の牧場で
鶏を締めてもらい、野菜も必要な分だけをその日に収穫して配送してもらっている。これにより、「新鮮で美味しいのはもちろん、作り手にとっても買い手にとってもムダのないエコシステムが構築されている」のだそうだ。
 とはいえ、相手は自然。毎回、必要な分が必ず手に入る保障はあるのだろうか。「有機栽培の農家では、害虫の発生や天候の影響で、十分な収穫ができなかった、ということもあります。そういうときは、ディストリビューターが他の有機栽培農家から代替えを手配してくれます」。だが、ときには「どの農家にもありません」といわれることもある。「そしたら、その食材は諦めます。だって、自然に逆らうことはできませんから」

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「バーガー1個1,200円」は適正価格?の解

 ニューヨーク近郊の農家と密接な関係を築き、とれたての新鮮食材を調達することや、その日に入った食材をもとに日替わりのメニューを考案するのは、もはやトレンドを越え最近はブルックリンのデフォルトとして定着している感がある。
 いってみれば、パシェミックのスタイルそのものは新しいわけではない。だが、ストリートベンダーからスタートした彼のような小規模ビジネスのオーナーが、個人レベルで「ムダをださない、責任あるビジネス」の徹底を実行する姿には興味深いものがある。なぜなら、コストを最小限にし、利益を最大限にするメインストリームに反したやり方にはお金がかかるうえ、より大きなリスクをはらむからだ。「現実的ではない」を覆して、現実にしてやろうという義侠心。「僕が目指す“環境との共生” を、ただのユートピアだと思う人もいるでしょう。だからこそ、挑戦のしがいがいもあります」。

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 Saucy by Natureの看板メニュー、ベジ・バーガーは、1個10ドル(1,200円)。これを安いと思うか高いと思うかは「消費者の考え方次第」だという。「私たちの目指す『食べ物との責任ある付き合い方』を理解していただければ、決して高すぎる価格ではないと思います。消費は民主主義選挙みたいなもので、どこにおカネを払うかでその時代が作られていくのだと思います。いま、ブルックリンの住民は、その責任を理解して生活を営んでいる、と私は感じているんです」。
 ムダを出さない。これは自分のためにも、他人のためにも、そして自然、地球のためにも良いことであるのはいうまでもない。だからこそ、パシェミックは「伝えれば響く」と信じている。
 取材を終えて、彼が自らを『Locavangelism(Local + evangelism 福音伝道 の造語)』と名乗る所以も、なんとなく腑に落ちた気がした。

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Saucy by Nature
saucybynature.com

Photographer: Hayato Takahashi
Writer: Chiyo Yamauchi

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