国内外から90組のアーティストが参加「あいちトリエンナーレ2019」作品を駆け巡る〈作家の情、鑑賞者の情〉

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 今回紹介するのは、現在、愛知県名古屋市・豊田市で開催中の国際芸術祭『あいちトリエンナーレ』。「慰安婦」問題、天皇と戦争などをテーマにしたことで表現の機会を奪われてしまった作品を集めた企画展『表現の不自由展・その後』が物議を醸し、開始3日で展示中止。テロ予告や脅迫があったことから物騒な話題性が先行してしまっているが、芸術祭自体は2010年から3年ごとに開催されている国内最大規模の国際芸術祭だ。メインとなる愛知芸術文化センターのほか、名古屋市美術館、名古屋市内の四間道・円頓寺(えんどうじ)、豊田市美術館、豊田市駅周辺で、国際現代美術展を開催。パフォーミングアーツ、音楽プログラム、映像プログラムなど、多岐にわたるプログラムを実施している。

 今年のテーマは「情の時代 Taming Y/Our Passion」(情を飼いならす)。「情」には感情、情報、情けといった主に三種類の意味が含まれており、現代社会で人類が抱えている問題は「情」に発するものが多い。ソーシャルメディアで拡散される感情に基づいた情報、現代人が取り憑かれたデータなど数字の情報…。「いま人類が直面している問題の原因は『情』にあるが、それを打ち破ることができるのもまた『情』なのだ」と、芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介氏は話す

 いまでも『表現の不自由展・その後』の閉鎖は続いており、これに抗議の意を示す計12組のアーティストが展示中止や変更もおこなったりと混乱を極めているが。4回目の開催となる今年は、日本のみならずスペイン、キューバ、韓国、台湾など国外からも合わせて90組以上のアーティストが参加している。たとえば、現代美術家のサエボーグ。二元的な性別や人間の身体そのものを超越するため、自らの皮膚の延長としてラテックス製のボディースーツに身を包み、食物連鎖の最底辺で生きる家畜たちを描き出す。セネガルに生まれ16歳でクウェートから日本に留学、東京藝術大学で博士号を取得した若手作家のモニラ・アルカディリ。中東には存在しない“霊”という概念が身近にある日本での生活を経たことで、中東世界でタブー視されてきた歴史の空白を問いただす。その他にも、スイス出身の現代アーティスト、ウーゴ・ロンディノーネは、ピエロの人形45体によるインスタレーションで、一人の人間が24時間でおこなう振る舞いを表現。シンガポール出身アーティストのホー・ツーニェンは、豊田市の喜楽亭という日本家屋で、そこでしかできない映像インスタレーションを展示。メディアアーティストの遠藤拓己と情報学研究者のドミニク・チェンによるdividual.incは、人々が入力する「最後の言葉」をスペシャルサイトで収集し、アートプロジェクト『Last Words / TypeTrace』として展示する。


あいちトリエンナーレ2019の展示風景
エキソニモ
《The Kiss》2019
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
石場 文子
「2と3、もしくはそれ以外(わたしと彼女)」2019
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
村山 悟郎
《Decoy-walking》2019
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
伊藤 ガビン
《モダンファート 創刊号 特集 没入感とアート あるいはプロジェクションマップングへの異常な愛情》2019
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
シール・フロイヤー
《Untitled(Static)》2018
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
文谷 有佳里
「なにもない風景を眺める」2017-2019 ほか
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
ジェームズ・ブライドル
《ドローンの影》2019
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
パンクロック・スゥラップ
《進化の衰退》2019
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
藤原 葵
《Conflagration》2019
Courtesy of the artist

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
加藤翼《2679》2019
Photo: Takeshi Hirabayashi

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
碓井 ゆい
「ガラスの中で」2019
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
今津 景
《生き残る》2019
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
藤井 光
《無情》2019
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
桝本 佳子
《五重塔/壷》2008 ほか
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
青木美紅
《1996》 2019
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
ウーゴ・ロンディノーネ
《孤独のボキャブラリ−》2016
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
津田 道子
《あなたは、その後彼らに会いに向こうに行っていたでしょう。》2019
Photo: Takeshi Hirabayashi

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
梁志和(リョン・チーウォー)+黄志恆(サラ・ウォン)
「円頓寺ミーティングルーム」2019
Photo: Takeshi Hirabayashi

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
洪松明(ソンミン・アン)&ジェイソン・メイリング
《本当に存在する架空のジャンル》 2019
Photo: Takeshi Hirabayashi

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
葛宇路(グゥ・ユルー)
《葛宇路》2017
Photo: Takeshi Hirabayashi

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
アイシェ・エルクメン
《Living Coral / 16-1546 / 商店街》2019
《Living Coral / 16-1546 / 店》2019
Photo: Takeshi Hirabayashi

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
鷲尾 友公
《MISSING PIECE》2019
Photo: Ito Tetsuo

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
キュンチョメ
《声枯れるまで》2019
Photo: Takeshi Hirabayashi

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
越後 正志
《飯田洋服店》2019
Photo: Takeshi Hirabayashi

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
弓指寛治
「輝けるこども」2019
Photo: Takeshi Hirabayashi

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
毒山凡太朗
《Synchronized Cherry Blossom》2019
Photo: Kenji Morita

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
ホー・ツーニェン
《旅館アポリア》2019
Photo: Takeshi Hirabayashi

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
高嶺 格
《反歌:見上げたる 空を悲しもその色に 染まり果てにき 我ならぬまで》2019
Photo: Takeshi Hirabayashi

市原 佐都子(Q) Ichihara Satoko (Q)
『バッコスの信女-ホルスタインの雌』2019
© hagie K

サエボーグ  Saeborg
『Pigpen movie』2016
Photo: Takeo Hibino

モニラ・アルカディリ 
『髭の幻』2019

あいちトリエンナーレ2019の展示風景
dividiual inc.
《ラストワーズ/タイプトレース》2019
Photo: Ito Tetsuo

〜実際に行ってみた〜

 先月、実際に会場に赴いた筆者。展示作品に触れ、さまざまな「情」の揺らぎを経験した。たとえば、 ホンマエリとナブチの男女二人によって結成されたアートユニット、キュンチョメによる映像作品『声枯れるまで』。FTM*やXジェンダー**の人々が自らの名前に違和感を感じ、新たに命名した名前をひたすら声が枯れるまで叫び続ける作品だ。「名前には2つの情が含まれている。親の愛情と、性別という情報。故に重くて、やっかいだ。でもだからこそ、その人たちが自分自身で決めた新しい名前は、まるで名前そのものが叫んでいるようにみえたのだ」(展示パンフレットより)。いまでこそジェンダーやセクシュアリティの多様性に対する認識は高まりはじめているが、ここまで正面からセクシャルマイノリティの感情や実情を描き出した作品はそう見ない。1時間ほどの長編映像にも関わらず、途中で退室する人はほとんどいなかった。

*身体的には女性であるが、性自認が男性であること。
**自身の性自認を男性でも女性でもない、またはどちらでもあると認識する。

 また印象的だったのが、映像作家・津田道子のインスタレーション『あなたは、その後彼らに会いに向こうに行っていたでしょう。』。鏡やスクリーンなど視覚的な仕掛けを使うことで人間が無意識に当たり前だと思っている「認知」や「身体感覚」を問いただしている作品なのだが、展示会場について特筆したい。古き良き昔ながらの雰囲気が残る四間道(しけみち)にある「伊藤家住宅」。県指定文化財に登録、商家の屋敷の貴重な典型例として保存されている、江戸時代に建てられた住宅だ。伝統的な建造物のなかで現代美術を鑑賞するという不思議な空間は相互的に新たな魅力を生みだし、老若男女が訪れていた。地元に住んでいるという年配の男性は、「ここ(伊藤家住宅)ね、ずっと来たかったんだ。なかなか公開されなくて。こんな機会があって本当に良かった」とうれしそうに建物を眺め、見慣れない現代アートに少々戸惑いを見せながらも興味津々に鑑賞していたり。いままで現代美術などに触れてこなかった、あるいは避けてきたような人たちにも、そのおもしろさが自然に届いていた。

 本当は一つひとつ、すべての作品をきちんと紹介したいと思うほど秀逸な作品が多い今回の芸術祭。同時に、たくさんの閉ざされた展示室を見て、なんともいえない悲しみを抱いたのも事実だ。現在、すべての展示再開に向け参加アーティストたちが「ReFreedom_Aichi」という新たな動きをはじめた(アーティスト主導による自主運営のため、クラウドファンディングで資金を調達している)。10月14日まで続く『あいちトリエンナーレ』。もし目に留まるような、心が動かされるような作品があったら、ぜひ会場に出向いてほしい。SNSやニュースで見た情報ではなく、自分の目で実際に見て得た“情報”で、“感情”を抱く。現代で希薄になっている「実体験」が、いま唯一信じることができる「情報」になると実感できるはずだ。

Text by Haruka Shibata
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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