セレブリティとのコラボレーションも実現してきた。だが「のし上がりたい」という功名心からではない。22歳の若きデザイナーから生まれたストリートブランド『Lisn Up』伝えたいメッセージは「喜捨の精神」。一体なんのこっちゃ。しかし、成長も緩やかで爆発的ヒットもないのに、このブランドには大物たちも快く協力してきた。SNS時代に登場したちょっと変わったストリートブランドには、他にはない魅力があることは間違いない。
「厳しい親の前でも着られるストリートウェアが欲しくて」
ヒップホップやストリートカルチャーに興味津々だった。権力に屈しない反骨精神は、10代の少年を魅了した。ただ「あまりにも暴力的だったり、セクシュアルな言葉やイメージは…」。心がうずいた。なぜなら、両親の前で口ずさんだり、身につけたりできないから。
ストリートウェアブランド『Lisn Up(リッスン・アップ)』の創始者アダム・カフィフは、2011年、16歳で同ブランドを立ち上げ、これまでにヒップホップアーティストのルーペ・フィアスコ(Lupe Fiasco、グラミー賞受賞)やストリートブランド「ジョニー・カップケーキ(Johnny Cupcakes)」の創始者ジョニ-・M ・アールなどとコラボレーションを果たしてきた。
アメリカ文化の中で育った彼だが、厳格なイスラム教徒の両親から教えられた道徳観も彼自身のアイデンティティに大きな影響をあたえている。そしてブランドのあり方にも。特に、父親に口酸っぱく言われたのが、“Do something you love, and do something that benefits others.”(本当に好きなことをしろ。そして、他の人の役に立つことをしろ)。この言葉にはイスラム教の五行の一つ、ザカートやサダカ(困窮者を助けるために富を分け与える喜捨の教え)がベースにあるそうだ。
右がアダム・カフィ
好きなこと=ヒップホップとストリートファッション。さらに=「人や社会の為になる行い」って、なんだろう? 16歳だった彼は考えた。「当時、高校生だったぼくらの間では、SNSの先駆け『myspace(マイスペース)』上でラッパーデビューするのが流行っていたんだ。けれど、ぼくは両親にマイスペースアカウントを作るのを禁止されていて。ラッパーデビューがダメなら、かわりにブランドをはじめようと思ったんだ」。さて、どんなストリートブランドを創ろうか。「そうだ、ヒップホップアーティストのルーペ・フィアスコがラップでやっていること*をストリートウェアでやったらどうだろう!」。ストリートブランドで、人の役に立つことをする。こうして誕生したのがストリートブランド『Lisn Up(リッスン・アップ)』である。
左:ジョニー・カップケーキのジョニー・M・アール、右:ルーペ・フィアスコ
*ルーペ・フィアスコは人々を鼓舞するポジティブなメッセージソングが多く、そのスタイルはポジティブヒップホップとも言われている(ただ、2016年にリリースしたフリースタイルのリリック中に、ユダヤ人に対するヘイト・スピーチが含まれていることで物議を醸したりも)。
無名の少年が大物アーティストを口説けた理由
ロールモデルは、上述のルーペ・フィアスコと、ストリートブランド「ジョニー・カップケーキ」の創始者ジョニ-・M ・アール。10代の頃から「二人の画像をスマートフォンの待ち受けにしてきた」というほど崇めてきた理由は、両者とも反骨精神がベースにありながらも「発信するのは徹底してポジティブなメッセージだから」。その情熱をSNSやポップアップイベントで発信し続けてきたところ、二者両方とコラボレーションする夢もかなった。無名の少年が、売れっ子アーティストとの夢のコラボレーションを実現、という微笑ましいサクセスストーリ。だが、気になるのは一体どうやって大物を口説いたのか。
『リッスン・アップ』のブランドコンセプトのコアには、父から学んだ「喜捨の精神」がある。ブランドでどう体現しているかというと「創業時から利益の50パーセントを、難民や難病を抱える子どもなどをサポートする団体に寄付している」。つまり、『リッスン・アップ』とコラボレートすると、社会貢献ができかつソーシャルグッドなブランドとしての在り方を示すことができる。ただのストリートブランドとコラボ、以上の意味があるということだ。
また、寄付先は「購入してくれた人が自分で選べる」というシステムも良い。難民問題、10代のガン患者、発展途上国の自活を助けるNGO団体など、常時、3−6つのチャリティ団体と提携しており、購入者はその中から選択することができる。複数の選択肢を用意しているのは、「購入者が自ら寄付先を選ぶという行為を通して、さまざまな状況の困窮者のことを考えるきっかけになったり、各チャリティがどういった活動を行なっているのかを知ることに繋がるから」。また、たとえば、難民への寄付といわれても「いまいち遠い海の向こうの話」だと感じているような人でも「5つくらい選択肢があれば、そのうちの一つは、手助けをしたいと関心を持ているものがあるだろうから」とも。
チャリティーがすべてを解決するとは思っていない。大切なのは、正解がなくても考え続けること。世界の問題を自分に引きつけて「当事者意識を持つことだと思っている」。
ストリートブランドで、「ちょっと尖りながら、ソーシャルグッド」
カニエ・ウェストが着たジャケット、リアーナがかぶったキャップ…。セレブリティやファッションインフルエンサーが着ているものと同じアイテムを身につけたい。そういった消費者の心情ゆえのコラボレーションも理解している。「その文化を否定はしない。なぜなら、ぼくもブランドの価値観を牽引してくれるインフルエンサーを探しているから」。ただ、彼が探しているのは、即時的に消費者に『モノを買わす影響力』ではなく『ブランドの価値観を広げる影響力のあるインフルエンサー』で、これがなかなか難しいのだという。
2016年はブランドにとって飛躍の年だった。たんに売れただけではなく、思い描いてきたブランディングがカタチになったからだ。コラボしたのは、米国民放初のヒジャーブを被ったキャスターとして知られるノアール・タグーリとビルボードチャート入りを果たし注目を集めるマレーシア出身のR&BシンガーYuna(ユナ)。二者とも従来のムスリム女性に対するステレオタイプを壊し、新しいクールな女性像を打ち出した新時代を切り開く若手のロールモデルだ。
そんな彼女たちが話を持ちかけたアダムに快諾したのは「スモールビジネスでありながら、利益の50パーセントも寄付するという喜捨の精神に共感したから」。また、社会貢献ながら「スタイルがある」のも、彼女たちの共感を呼んだポイントだ。
ノアール・タグーリと。
R&BシンガーYuna(ユナ)と。
上へ、ではなく「横へ」
大衆操作的なマーケティングではなく、むしろ、大衆と一緒になってマーケットをつくっていこうとしているアダム。「こうなったらもっとおもしろい。みんなも喜ぶだろう」と、一人ずつが楽しさに巻き込まれていくような、上へ上へというより、横へ斜めへ、そのまた横へと活動を広げたいと話す。
「儲かっているのかいないのか、知名度があるのかないのか」というビジネスの側面だけみれば、スローな成長なのかもしれない。だが、彼が目指すのは「ただ上」ではないのだとしたら、それはそれでいいのだろう。「チェックアウト(会計)をクリックして終わりではなく、その後も続くポジティブの連鎖があって欲しい」とアダム。
なんだか、キャンドルサービスのようなイメージが湧く。好きなことをして自分を幸せにし、その幸せの灯火を、周りにもおすそ分け。灯火はいくら他人にわけあたえても消えることはなく、あたえられた人がまたあたえれば、どんどん明るくなっていく。彼のいう喜捨の精神とは、そんなイメージだ。それをストリートブランドで体現しているのだからおもしろい。
Interview with Adam Khafif from Lisn Up
All images courtesy of Lisn Up
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine