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  • Jul 21, 2016
理由は「ただ好きだから」。仕事帰り、バーの片隅で皆のためにせっせとアイロンがけするおっさん a.k.aアイロンマンの正体
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平日の、とあるバー。カウンターで酒を酌み交わすカップルや、ライブを披露するバンドマン、裏庭でワイワイしているヒップスターでごった返す。そんな賑やかな店の片隅で、小さな豆電球だけを頼りに、額に汗を浮かばせながらせっせとアイロンがけをするおっさんがいた。

「アイロンがけが好き。大好きなんだ」

この男、有名になりたいコメディアンでも、お金を催促するパフォーマーでもない。趣味が度を超えたことから店に頼み込み「無料アイロンがけ」サービスをはじめた、“純粋なアイロン好き”の男なのだ。

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平日のバー。隅でせっせと一人、アイロンがけするおっさん発見

 平日でも“朝4時まで営業”のバーが軒を連ねる街、ブルックリンのウィリアムズバーグ。仕事で帰りが遅くなったって、駆けつけ一杯に困ることはない。その日、たまたま入ったバーで「また家賃上がっちゃったよ」なんて愚痴をこぼしていたき、ふと目をやると、ヘッドフォン装着(多分爆音)でリズミカルにアイロンがけをする長身のおっさんがいた。

 風変わりな人が多いニューヨークに住みはじめてから、人を見て驚くことは随分と減ったが、そのシュールな光景には思わず「えっ」。しばらく様子を伺っていると、お客に「アイロンしてほしいかい?」と声をかけては服を脱がせ、アイロンがけを繰り返している。

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 James Hook(ジェームス・フック)a.k.aアイロンマンと名乗るこの男、どうやら7月の毎週火曜、バー「ピーツ・キャンディ・ストア」にて、無料でアイロンがけサービスを提供しているらしい。しかも毎度仕事終わりに、だ。
 バーに酒を飲みにくるワケでもなく「アイロンがけ」だけをしにいそいそと来るというから謎は深まるばかり…。直接取材交渉すると二つ返事で「Absolutely!(もちろんさ!)」。翌週、また会うことにした。

スーツでアイロン台を抱えて登場

 翌週。約束の時間を少し過ぎたところでジェームスさんが登場。左手にはご自慢のアイロン台を抱え、少し歩きにくそうだ。

 先週と同じく大盛況の店内、ごった返す人をかき分けなんとか定位置に到着。すぐに手際良くアイロン台を組み立て、その上に豆電球を設置。お客が延長コードに足を引っかけないようガムテープでしっかり固定する姿から、周囲に気を配れる優しい男とみた。

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 セッティングを済ませ裏庭に向かい、(知らない人に貰っていた)煙草に火をつけたところで「Okay. Now, I’m ready(よし、準備オッケー)」。

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HEAPS(以下、H):なぜバーで「無料アイロンがけ」サービスをはじめようと?

James Hook(以下、J):アイロンがけのスキル向上を真剣に考えたとき、友だちや家族以外の第三者にお世辞抜きの評価をしてもらいたくて、公共の場でやろうと思ったんだ。

バーのオーナーとは長い付き合いでね、結婚式もここでしたんだ。あ、でも別にプロになってクリーニング屋で働くのが最終目標じゃあないだ。ただ、純粋に好きなだけ。

H:結婚されてるんですね! 私生活、気になります。

J:ブルックリン植物園で働く三児の父。この近所に住んでる。「アイロンがけが大好き」ってこと以外、ズバ抜けた才能は特にない、普通の人間さ。

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「普通の人間さ!」

H:先週、白衣にヘッドフォンされてましたけど、今週はスーツ。

J:毎週装いを変えているんだ。今日はフォーマルな気分だったからコレ。アイロンがけをしながら音楽を聞くのが好きでね。だって三人も子どもがいたら、若い頃みたいにゆっくり音楽を聞く時間もろくにないんだもん。

H:やっぱり奥さんもアイロン好き?

J:そうでもないよ。嫌いなわけではないんだけど、僕ほどではない。そりゃそうさ、退屈だし面倒だもん。好きな人はそういないと思う。

H:えっ!ジェームスさんはなぜ?

J:日本には「茶の湯」ってのがあるでしょう?抹茶を飲んで楽しむっていうシンプルな行為のなかに、お客さんを気持ちよくもてなすための趣向と工夫が凝らされてる。僕のアイロンに対する考えはそれとまったく同じなんだよね。やってることは自体は平凡なんだけど、その中に、なんだろう、こう、精神性を尊ぶ本質があるっていうか。

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H:奥深い。アイロンにハマったキッカケって何だったんですか?

J:僕、幼少期を東アフリカのケニアで過ごしたんだけど、洗濯機はもちろん乾燥機がなかった。だからビシャビシャに濡れたままの洗濯物を竿に干すのが当たり前、乾いた服はもちろんしわっしわ。しかもマンゴーフライっていうハエの一種がいて、乾燥中の衣類に卵を産みつけやがる!気付かずそのまま着ると、皮膚の中に幼虫が入り込んで成長してしまうっていう厄介な問題もあったんだ。だから必ずアイロンをかけて卵を殺すのが日課だった。アイロンがけは僕の重要な任務だったてわけさ。

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H:「やらなきゃいけない」使命感からはじまったんですね。

J:そう。当時アイロンがけから逃れることは不可能だった(笑)。そのとき思ったんだ。どうせやらなきゃいけないんだったら、嫌々やるより楽しんでやりたい。そう考えをシフトするにはまず好きになること!そこからアイロンの楽しさを追求しはじめたんだよね。

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H:その楽しさを実感したのは、いつ頃でした?

J:もう大分前、インドネシアでしか買えない伝統服、バティックシャツを買ったときかな。インドネシアなんてなかなか行けないから、そのシャツを大切に着たくてアイロンがけを続けた。おかげでもう20年も着続けてるよ。

H:普段、どれくらいの頻度でアイロン台に向かうんですか?

J:1日1回は欠かさない。

H:えっ、毎日ですか?

J:…少し盛っちゃった。週に5回程度かな。丁寧に仕上げたいから、時間を惜しまず一着一着にしっかり時間を費やすんだ。まぁでもティーシャツは簡単だから1分くらいかな。オックスフォードシャツは襟、肩、袖口、袖、身見ごろと気をつかわなきゃならない部分が多いから、5分程度かけちゃう。プリーツスカートは苦手なんだよね。見た目は美しいよ、でも、掛け終わる頃には日が暮れちゃう。

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H:オリジナルテクはお持ちですか?

J:ない。あっ、アイロン台は毎回使うね。昔は使ってなかったんだけど、あるとカーブやエッジ部分がすごくかけやすい。あとテクじゃないんだけど、安全な場所でやること!昨日、5歳の娘と一緒にアイロンがけをしたんだ。最初は怖がってたけど、さすが我が子、最終的には堂々としたアイロンさばきをみせてくれたよ。
アイロンメーカーへのこだわりも特にない。高いもの使ったからっていい仕上がりになるとは限らないし。スキルと愛情が大事なんだ。ちなみにコレは、イケアで購入したものさ。

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コレ。

H:お金、本当に欲しくないんですか?

J:お金を稼ごうって意識はまったくない。そりゃあ、チップをもらう分には有り難く受け取るよ。でもそれが目的じゃあないからね。純粋にアイロンがけが好きなだけ。

H:じゃあ、流行をつくりたいとか?

J:Trend(流行)ってよりもCulture(文化)として根付かせたいと思ってる。たとえば僕みたいなアイロン好きが、ここに来ればアイロンのアレコレが分かるってな具合に、このバーがアイロン界のシービージービーになればいいなって思ってる。

H:シージービージーって何ですか?

J:昔マンハッタンに「CBGB」っていうパンクロックの聖地って呼ばれるライブハウスがあったんだ。ラモーンズとかテレヴィジョンを発掘した、ニューヨーク・パンク発祥の地。
同じようにこのバーからアイロンカルチャーを発信して、もし僕が有名になったら「ジェームスって昔、あのバーでアイロンかけてたらしいよ」って言われるくらいになりたいね。

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H:なるほど。ちなみに来月のアイロン予定は決まってるんですか?

J:今後の予定はね…あっ!もう行かなきゃ、続きはまた後で。

アイロン中、パンティーがポロリ

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 取材終盤、まだ質問の途中だったが、開始5分前になると準備のためそそくさと立ち去ってしまった。しばらくするとアイロン台の周りには、興味津々のお客がチラホラ。

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「アイロン台なんて持ってきて、何やってんだい?」
「見ての通り、アイロンがけパブリックサービスさ」

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「今日は持ってないの、またね」

 一晩でこのやり取りを何度聞いただろう。なかにはジェームスさんに口説き落とされ渋々ジャケットを預ける黒人女性や、自らシャツを脱ぎ渡すイケメンお兄さん。

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「知ってたら家から洋服持ってきたのに」と残念がる若い女性には「じゃあ来週は、その場で脱いですぐアイロンできるように、バスローブを用意しておくよ。アイロンしたての洋服着るのって、気持ちいいだろう?」

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 客足が途絶えると、今度は自宅から持参した家族の洗濯物にせっせとアイロンをかける。彼がアイロン台から離れるのは、スチーム用の水を補給するときだけだ。


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 エコバックに詰め込まれた衣類をゴソゴソしているとき、女性用パンティーがポロリと床に落ちた。「奥さんのパンティーを持ち出したことは、実は内緒なんだよね」。そう照れ笑いながら拾い上げる姿に、アイロン同様、家族への愛も垣間見られ、不覚にもホッコリしてしまった。

 趣味が高じてビジネスに…というワケでもなく。その中間でうまーく自分の好きなことをパブリックに持ち込んだジェームズ。いやしかし、そういう個人の思い切りが受け入れてもらえる土壌ありきかな。
 仕事終わりにバーの片隅で、ひとり額に汗をにじませながら黙々とアイロン台に向かう姿、確かに茶の湯のごとく凛と潔かった。


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Photos by: Tetora Poe
Text by: Yu Takamichi

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