近年、ビットコインをはじめとする仮想通貨が、既存の経済システムに縛られない金銭と価値のやり取りで巷を騒がせているが…。全米で住みたい街ナンバーワンのポートランドから届いた報せには驚いた。なんでも「ぼくたち・わたしたちは、貨幣も仮想通貨も通さなくていいよね」のもと、「Bartering(バーターリング)」と呼ばれる新たな価値の交換がコミュニティ内でじわじわ広がっているらしい。
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ポートランド民の生活に“バーターリング”? 正解はみんな知っているアレ
近頃のポートランドで徐々に育まれている「バーターリング」。横文字ではピンとこない人も、訳そのままにズバリ言えばわかるだろう。「物々交換」のことだ。なんだ、物々交換なんて太古の昔っからあるじゃん、と思うかもしれないが、今回のポートランドの場合は、多種のアイデアバーターリングというもので、コミュニティ菜園からコーヒーショップ、ドーナツ屋がバーターリングに参加、年4回の物々交換マーケットも開催されている。物々交換が、“お隣さんからの貰い物”程度の枠を超えて、コミュニティ規模の話になっているのだ。
それでもちょっとイメージしにくい…というなら、ひとまずポートランドのバーターリングコミュニティを覗いてみよう。
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ヒップスターとコミュニティ菜園で「労働⇔野菜」
ヒップスターな出で立ちの彼氏彼女がせかせか農作業に精を出す「Urban Farming Collective(アーバン・ファーミング・コレクティブ)」。バーターリングを目的に、現在ポートランド内で9つのコミュニティ菜園がつくられている。この菜園では1時間のボランティア作業につき「1スラッグ」というポイントを獲得。毎週火曜に開かれる「バーター・マーケット」で1スラッグごとに1ポンド(約400グラム、1日に必要な野菜の量)のコミュニティ菜園で採れた新鮮オーガニック野菜と交換できるのだ。
料理の腕お披露目。料理交換会、ルールは「こだわり食材で手料理」
定期的に開催される料理交換会「PDX Food Swap(PDXフード・スワップ)」。毎回十数人が自慢の手料理を携え思い思いに交換。ルールはただ一つ、「品質の高い食材を使った自慢の料理を持ち寄ること」。ファウンダー曰く、「他都市に住む人たちはびっくりするだろうけど、ここポートランドでは誰一人顔色ひとつ変えない(ほど浸透している)わ」。
「手づくりパン⇔催眠療法」もOK!物々交換マーケットはなんでもあり?
アートギャラリーにて年4回開催される物々交換マーケット「PDX Barter Market(PDXバーター・マーケット)」。「手づくりパンと催眠療法の交換だって可能よ」とファウンダーが笑い飛ばすように、持ち寄る品に制限はなく互いの同意のうえで物々交換できる。「なにもお金が“悪”だと言ってるわけじゃない。たんに、お金を介さずに楽しめる方法はないかと模索しはじめたの」。
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この他にも「食器洗いでコーヒーが飲めます」なんて少し大味なバーターリングを提供するコーヒーショップやドーナツ屋さんも登場。少しずつではあるものの、バーターリングは着実に市民のライフスタイルに組み込まれている模様。
貨幣経済・資本主義からの脱却ではなく…。
ところで、物々交換というと貨幣生まれる前に存在していたプリミティブな手段という認識が多いと察するし、なにを隠そう筆者もそう認識していた一人。確かに小学校でも教科書でそう習ったような…。 経済学の祖といわれるアダム・スミスも経済学書『国富論』で、物々交換社会の後に貨幣経済が生まれた*、という思想を展開している(らしい。今回のために調べた)。だが。このポートランドの物々交換社会は退化を目指しているわけではない。むしろ、バーターリングは 「資本主義の貨幣経済をベースにしながら、コミュニティの結束によって、片足だけお国の貨幣経済システムから逸脱」していて、両方を利用しながら自分たちが一番楽しい経済システムにトライしているといえる。
*実のところ、未だかつて貨幣経済より前に物々交換経済社会が存在したという形跡や証拠はない。存在していなかった説もある。
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行政のワンマンプレー、いわばトップダウンではなく、市井の人々が自ら街やコミュニティを語りアクションを起こすボトムアップで、ポートランドはクリエイティブシティの名を手中に収めてきた。市民主導のバーターリングはまさにその典型例。“物々交換こそが未来のやりとり”との説もあるだけに、バーターリングが今後ポートランドでどのように磨きをかけ、全米、全世界へと浸透していくのか(もしくはDIYコミュニティでしか機能しないシステムなのか)気になるところだ。
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Text by Shimpei Nakagawa
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine