自分以外に誰もいない店。社会実験か?健康ドリンクを並べる小さな“レジ無し”ショップ、支払いは〈自己申告制〉

いらっしゃいませの声もなければ音楽もない。2畳ほどの極小スペースに存在するのは欲しい商品と自分だけ—。
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店には冷蔵庫の中にズラリと並ぶ1,000本ほどの「ボトル・ドリンク」と「自分」だけ。好きなドリンクを好きなだけ取って、店を出る。「何をいくつ取ったかを携帯からSMS(テキスト・メッセージ)してください」と、完全自己申告制の「キャッシャーレス(レジ無し)」ショップ。彼らは何を根拠に性善説を信じているのか。一体、狙いは何なのか。

まさかの「自己申告制」でのお支払い

 最新テクノロジーを用いたレジ会計要らずの「キャッシャーレス」が注目を集めているとは聞いていたが、ここにきて、まさかの「自己申告制」とは。

 たとえば、アマゾンが導入した「アマゾン・ゴー(Amazon Go)」は、店内に設置した無数のセンサーとカメラ映像をAI(人工知能)で解析し、消費者が何を自分の買い物かごに入れているか追跡することで、あらかじめ登録しているクレジットカードで自動決済、キャッシャーレスを可能に。これに対し、米大手スーパーマーケット「クローガー」は、セルフスキャンニング端末、もしくはスマホにダウンロードしたアプリで、商品をスキャンしながら買い物を行うシステム「スキャン、バッグ、ゴー(Scan, Bag, Go)」で対抗を試みるなど、小売業界はいま、テクノロジーを用いて「キャッシャーレス」に向かって動いている。

 そんな中で、AIもスキャンシステムも導入せずに「私たちは、私たちの顧客を信じています」と語るのは、ニューヨーク、ブルックリン発のヘルシー系飲料会社「ダーティーレモン(Dirty Lemon)」。価格は割高で、コアターゲットはミレニアルズ世代。主に平均以上の収入を得る女性たちだ。すでに一度ヒープスでも取り上げた彼らは、以前から「スマホで欲しいものを購入する若者世代」との新たなショッピング関係を築くべく、「個人的なSMSメッセージのやり取りで商品購入」を試みていた。オンラインでポチって購入、が当たり前の世代に「アプリをダウンロードする必要もなく、ウェブサイトにログインする必要もない」手軽さがウケた。「オンライン-To-Buy」の一歩先、携帯メッセ(SMS)の「テキスト*-To-Buy」をいち早く導入したブランドだ。


黒い方を飲んでみたが、チャコールが入っていて黒い。

*米国ではショートメッセージのことを「テキスト」と呼ぶ。
 
 もともと、そのテキスト経由の直販しかやっていなかった彼らが、マンハッタンのトライベッカ地区に実店舗をオープンしたのは今年の9月。「キャッシャーレス」に加えて「テキストで自己申告制」という前代未聞の支払い方法に興味をそそられ、早速行ってみた。

 入店するとまず、誰もいないことに違和感を覚え、一面鏡ばりであることや、異様に天井が高いこと、そして、そこにさりげなく監視カメラが2台あることにアタフタする。


実際の店舗内。

 とりあえず店に設置されたiPadに表示された指示通り、ボトルを一本取って、指定の番号にテキストメッセージを送った。

店内に置かれた指示

1. お好きな商品を取ってください(Take what you want )

2. 取ったものをテキストしてください(Txt what you took 917-588-0640)

3. それでは今日も元気にいきましょう!(Get on with life)


これが、iPadによる指示。

すると、すぐに返信が。

「ヘイ!来てくれてありがとう。決済はテキストで行うよ」
「君の名前とメールアドレスを教えて」

 それに答えると、機械が過去に購入履歴がないことを判断し、クレジット/デビットカードナンバーを入れるフォーマットが届く。今度はそれに記入すると(すでに購入したことがある人は、このプロセス不要)、「この商品とこの価格でいいですか」と最終確認が届き「YES」と返信すると決済終了。レシートはメールで届く。 



実際のメッセージやり取りのスクリーンショット。

 これまでに体験したことのないテンポの良い購買体験で、その部分は満足しているのだが、やはり気になるのは「本当にみんな、正直に自己申告をしているんですか?」である。

ロイヤリティは「テキスト」で、新規顧客は「インスタ」で構築

 消費者にとって、キャッシャーレスの利点は、商品を買うためにレジに並ばなくて良いこと。といっても、節約できるのは、たかが10分程度の話。あとは、財布いらずで、いちいちカードや現金を取り出す必要がないことなどがあげられる。 

 自己申告制の彼らダーティーレモンも、「キャッシャーレス」の流れの一つではあるが、狙いはスムースな購買体験よりも、ユニークな購買体験の提供のようだ。

 2015年に創業した彼らは、小売業界が実店舗からアプリやウェブサイト経由の買い物にシフトしていた際に、先述のとおり“携帯のメッセージ(SMS)でのやり取り”を選んだ変わり者。前回取り上げたときにも「顧客一人ひとりと、よりパーソナルなつながりを築くこと」に重きを置き、それゆえに選んだのが、ウェブでもアプリでもなく、最もカジュアルなプラットフォームの「テキストだ」と豪語していた。 
 
 宣伝も「顧客ひとり一人とすでにパーソナルなつながりが構築できていれば、『こんな新商品もあるよ』とテキスト一本するだけでオッケー。新規顧客の獲得は、口コミとSNSがキー」だと言っていた。実際、彼らのインスタグラムには106Kものフォロワーが。最近は信ぴょう性を失いつつある“フォロワー数”ではあるが、一応、同じヘルシー系ドリンクで同じ価格帯のブランドと比較してみると、人気のコールドプレスジューのブランド「リキテリア」で14.7K、「ジュース・ジェネレーション」で56.3K。年数が浅く、実店舗を持たず、またスーパーマーケットなどの小売店での露出も極めて低い(ほぼ北米のみの展開)ダーティーレモンが106Kというのは、よっぽど口コミとSNSの使い方が上手かったということなのか?
 

皆がインクルーシブと言えば「エクスクルーシブ」

    
 今回の実店舗オープンの際におこなったプロモーションは、データーベースに存在する約2万5,000人の重要顧客へのテキストでの招待状の送信のみ。もちろん「キャッシャーレス」という旬のトピックに加えて「テキストで自己申告制」という支払い方法に、さまざまなメディアが食いついてはいたのだが、ダーティーレモン側が積極的に行ったプロモーションではない。

 しかも、店の名前はなぜかダーティーレモンという言葉は入れず、「ドラッグ・ストア(Drug Store)」。「ドラッグ・ストア」でグーグル検索をすると「ファーマシー(薬局)」ばかりが検索結果にあがり、彼らの店の情報が出てこない。ダーティーレモンのウェブサイトをみても、店舗情報は一切なし。実店舗についての一般向けの宣伝は、開店日のインスタグラム投稿のみで極めて消極的。実店舗はというと、パッと見では開店しているのかしまっているのかわからないレベル(店員がいないので余計に)で、何の店なのかも判断し難い。実店舗を通じて、新規顧客を獲得する意図がほとんど感じられず、どちらかというと、既存の顧客に新体験を提供するのが目的ではないか、という印象なのだ。 


実際の店舗の販売機。どの種類もきちんと補充されていた。

  
 盗まれることを懸念せず「私たちは、私たちの顧客を信じています」と言い切れる理由はここにあると思う。彼が言う“私たちの顧客”とは、現段階では「既存の顧客」を指していて、10ドルをちょろまかすような金銭・倫理感覚ではなく、ロイヤリティが高いので大丈夫です、と。実際、いまのところ大きな問題は起きていないそうだ。

 ただ、アドウィーク誌が報じたところによると「彼らは実店舗で、さらなる新規顧客の獲得を狙っている」らしく、ダーティーレモン共同創始者のザック・ノーマンディン氏はインタビューで「体感型の(購買)体験の偉大さを信じている」と答えている。来年にはニューヨーク市内にもう1店舗、シカゴとマイアミも視野に入れて合計3店舗をオープン予定で、それらにはバーやイベントスペース、また、V.I.P. ラウンジも併設するとか。ニューヨークタイムズ誌は、同社は「年間約4億円のデジタル広告予算のほぼすべてを実店舗に費やしている」と報じている。
 
 世の多くのリテールが実店舗よりオンラインやEコマースに予算を投入しはじめているときに、対局の道をゆくダーティレモン。皆が、スマホ用の専用アプリが必須だといえば「テキストがいい」といい、インクルーシブといえば「V.I.P. ラウンジでエクスクルーシブ」を選ぶ。どこまでも天邪鬼かと思いきや、当の実店舗が「セルフィーフレンドリーな空間」であるところは、唯一いまっぽい。


Photos and Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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