音楽業界のロマン「明日のビッグスター発掘」はAIが?毎秒生まれる新曲、星の数から才能を見つけ出す〈人工知能スカウトマン〉

ジャスティン・ビーバーもユーチューブから発掘されたらしい。アップルミュージックにスポティファイetc、サイバー上で日々出現する“明日のビーバー”を、AIが見逃さない?
Share
Tweet

「アップルミュージックでデビューアルバム発売中です」「サウンドクラウドに新曲アップしました」。21世紀のミュージシャンたちにとって、新曲を発表する場は場末のバーでもなくレコード会社に送りつけたデモテープでもなく〈オンライン〉だ。音楽配信サービスや動画サイト、SNSには、毎分毎秒新しい音楽が更新されていく。

となると、「新人アーティストの発掘」も大変になってくる。インターネットを埋め尽くす膨大な曲の鉱山からヒットの原石を掘りあてる。この途方もないプロセスを「任せてください」と胸を張る“有能スカウトマン”が登場した。その正体は、〈AI〉だ。

音楽デジタル時代、ヒットの原石を探すスカウトマンはAI?

 いつの時代にも、有名ミュージシャンの陰には敏腕な「A&R」がいた。マドンナを発掘したセイモア・ステイン、オアシスのライブを観てその場で契約したアラン・マッギー、ベックを見い出したトニー・バーグ、メタリカを世に出したマイケル・アラゴ。

 アーティスト&レパートリー(通称「A&R」)は、新しい音楽タレントを発掘する職業、つまり音楽業界のスカウトマンのことだ。アーティストの発掘から契約、育成、音楽制作、プロモーション戦略を担う音楽業界のゲートキーパーで、その大半はレコード会社に所属している。ライブハウスに足繁く通っては目をつけた新人バンドを口説き落とし、レコード会社に送られてきた山積みのデモテープを片っ端から聴き漁る。昔から、敏腕A&Rのイメージといったらこんなもので、後世の語り草となる「このA&Rマンが誰々を見出した!」というサクセスストーリーが漏れなくついてくる。

 新人アーティストたちの曲がインターネットに散乱している、音楽デジタル全盛期の現代。ライブやデモテープにくわえ、新曲をリリースする場としてスポティファイやサウンドクラウドなどの音楽配信サービス、そして“現代版MTV”ともいうべきユーチューブがある。めまぐるしく更新されていくアップルミュージックを目の前に現代のA&Rは、俺が口説き落とした等々の夢物語を追ってばかりではいられない。

「オンラインには、まだ発掘されていない良質な曲や類い稀なるアーティストがいます。エージェントもいなければプロモーターもいないD.I.Y.のインディーミュージシャンたち。彼らの才能を発見しスカウトする方法を必ず見つけなければと思ったのです」。そう話すのは、英国ワーナーミュージック&エンターテイメントの元重役でA&Rも務めたコンラッド・ウィジー氏。2014年にワーナーを辞め、AI(人工知能)を駆使したタレントスカウトツールインストゥルメンタル(Instrumental)」をロンドンにて創設した。

「私たちのツールは、スポティファイやユーチューブ、サウンドクラウドなどのプラットフォームを毎日チェックし、急上昇している曲や急成長しているアーティストを通知してくれます」。近年、このインストゥルメンタルを筆頭に、アップルが買収したAI音楽分析ツール「Asaii(アサイー)」など、A&Rに代わってオンラインで新人を発掘するAIツールが音楽業界で普及している。ロンドンから出張でニューヨークへ訪米していたコンラッド氏を捕まえ、いまの音楽業界におけるA&R(AI版)の仕事ぶりについて聞きほじった。


AIタレントスカウトツール「インストゥルメンタル」創設者のコンラッド氏。
Image via Instrumental

45億円のA&R市場が追いつけない。いまのシステムでは「小さなタレントを発掘できません」

「A&Rの仕事は、マネージャーやプロモーター、それから弁護士など、音楽業界内でのネットワークを構築し、新しいアーティストのポテンシャルを見つけることです」。これは従来の“人間”のA&Rの話だ。「大半のレコードレーベルは各アーティストにつき4枚から5枚のアルバムを契約します。契約後のA&Rの仕事は、アーティストやプロデューサー、ミキサーなどといい関係を保ち、アーティストを世に売っていく戦略を立てることです

 世界のレコードレーベルがA&R部門に費やす総額は、およそ45億円にものぼる(2011年)。新人アーティストの発掘や育成に、業界は惜しみなく資金を投じる。発掘したアーティストが成功する確率が、およそ8分の1にも関わらずだ。「大手レーベルは、すでに売れているアーティストたちを擁しています。なので、新しいタレント発掘にもお金をかけることができるのです。たとえば私がワーナーでA&Rをしていたころ、ワーナーがエド・シーランと契約しました。彼の世界規模での成功が、成功に至らなかった何百のアーティストたちにかけた費用をまかなってくれますから」。稼ぎ頭を多数抱える大手レーベルならいいが、小さいインディペンデントレーベルではそうはいかないだろう。

「その昔ミュージシャンは、作曲をしてレコーディングをおこない、テープをマネージャーやレーベルに持ち込みました。しかしいまは、サウンドクラウドにユーチューブ、スポティファイにぽんとアルバムをアップする」。音楽の流通・消費方法がデジタルに移り変わるにつれ、A&Rのタレント発掘方法も変容する。レコードレーベルの巨頭・ワーナーでは、コンサートに足を運び新人を発掘するような“昔気質”のA&Rが大半だったというが、いまは音楽配信サービスやストリーミングプラットフォームから地道に探すA&Rも多い。そこでコンラッド氏は現代のA&Rが陥る問題に着目した。「新人を発掘しようとスポティファイにログインします。そこには300万ほどのアーティストが登録されていて、すでに知っているアーティストや曲、ジャンルから探索して、新しい音楽を見つけることはできる。でも、『新曲を出したばかり』で『ストリーミングも1万から100万に増えた』『急成長中の』アーティストを検索する機能はありません。世界中に散らばる小さなタレントを見つけ出せる仕組みにはなっていないのです


Painting by Chihiro ITO

 そこでコンラッド氏が大手レーベルを辞めて新しくはじめたインストゥルメンタル、人工知能がA&Rのタレント発掘を手伝ってくれる。「私たちが開発した『タレントAI』というアルゴリズムが、スポティファイやユーチューブなどのプラットフォームを毎日チェックし、急上昇中の曲やアーティストを見つけ出してきてくれます」。ピンポイントでの絞り込みも可能。たとえば「UK拠点」「ギターロック」「スポティファイのフォロワーが最低でも2万人」と求めている条件を指定すれば、それに引っかかってきたアーティストを紹介してくれるという仕組みだ。

ものの3分で成長株を発掘? アルゴリズムがパーソナライズ検索

 と、ここでコンラッド氏、自身のラップトップを開け「実際に一緒に発掘してみましょうか」。スポティファイのアカウントとタレントAIを同期させる。条件を打ち込み検索をかけると、「Walt Disco」というアーティストが引っかかった。UKのインディーズロックバンドらしい。スポティファイのフォロワーは733人。プレイリストのフォロワーは16万人。あまり大きな数字ではないが、フォロワーの伸び率は毎週3パーセントと悪くはない。伸びしろのあるバンドだ。「ほら、これであなたもA&Rです」。

 レーベルのA&Rは、コンサート会場にいたり、レコーディングスタジオで打ち合わせをしたりと忙しい。机の前でコンピューターに向かってじっくりアーティスト発掘をしている時間もない。そんな彼らが出先の現場でも新人アーティストをチェックできるように、アプリのマッチング機能も開発中だ。アルゴリズムで選出したアーティストが表示され、彼らの音楽が流れる。いいなと思ったら右スワイプ、あんまりよくないなで左スワイプ、と出会い系アプリ・ティンダーのよう。お薦めアーティスト情報も毎日の通知で届けてくれる。「A&Rはアルゴリズムが選出してくれた成長株の1、2アーティストを毎日チェックする。時間を節約して、他の業務にも注力できます」。

 今後は、アルゴリズムのデータ要素に、ツイッターやインスタグラムのアカウント、コンサート開催履歴、オンライン上に存在するリスナーの感想なども含めたいとのこと。現在、同社のAIサービス利用者には、コロンビアやデッカ、アイランド、リパブリックなど大手老舗レコード会社のほか、ライブ・ネイションなどコンサートプロモーター会社もいる。「なにもA&Rとミュージシャンを繋げることだけが目的ではないです。広くいえば、新興のDIYミュージシャンと音楽業界全体をマッチングすること。レコード契約に興味はないが、ライブには注力したいミュージシャンもいますからね


AIに見つけ出してもらったアーティストを登録し、自分だけのタレントリストも作成。毎日、そのアーティストたちのスポティファイ上でのプレイリストのフォロワーや急上昇中の曲などのデータ動向を追跡することができる。また検索履歴や設定した条件をもとに「このアーティストはどうですか?」と勧めてくれる。
Image via Instrumental

生身のA&Rは必ず存在「AIが取って代わることなんてありません」

 パソコンに張りつき何時間もネットを徘徊して新人発掘にもがく現代A&Rへ「あなたが求める条件を満たした成長株の新人です」と毎日通知してくれるAIのスカウトサービス。便宜性を求める合理的なA&Rにはあっているが、発掘にロマンを感じ己の耳に頼る古風なA&Rにはあわない。

私たちのサービスを試してみたA&Rたちからは『ありがとう、でも俺はバーに行ってバンドの生の演奏を聞いて発掘する方が性に合っているんだ』という反応もあります。それはそれでクール! それでいいんです」。なにもAIのスカウトサービスが人間のA&Rに取って代わるわけではない。「発掘の最初の部分のプロセスだけをAIに助けてもらい、効率性を上げるだけです。A&Rの仕事のすべてをAIに託しているわけではありません。むしろ、アルゴリズムがミュージシャンを割り出してくれたあと、A&Rとしてのスキルが重要になってきます。『そのミュージシャンにいいマネージャーはいるのか』『そのミュージシャンの仕事に対する姿勢はどうなのか』など、AIからは得られない部分を見極めていくのです

 コンラッド氏によると、現在、世界の音楽ビジネスの50パーセント以上がストリーミングで占められているという。「いまミュージシャンとしてのキャリアをスタートする人にとって(ストリーミングで新曲を発表することは)、一種の規範といいますか、避けては通れない道。音楽ビジネス業界もAIのスカウティングに歩み寄りつつあると思います」。

 数年前、26歳の音楽ブロガーがワーナーの新A&Rディレクターに就任した。彼はネットで発掘したドレイクやニッキー・ミナージュなど、後のビッグスターをいち早く自身の音楽ブログで紹介しており、その先見の明が買われての異例の採用となったらしい。頑固に耳と足に頼りスカウトをしていたA&Rのポジションには、近い将来、テックサビーな世代がつくことになる。そして、テックサビーなA&Rの隣には人工知能がアシスタントとしてお供するのだろうか。

「AIのスカウトサービスは、常に開発されていくと思います。日々、新しい音楽プラットフォームが生まれていますし、次世代のミュージシャンはスポティファイではない場所に音楽を配信するかもしれない。でも、昔気質のA&Rももちろん存在することでしょう。いや、そうであってほしいですけどね」

 ちなみに取材中、コンラッド氏とAIの助けを借りて発掘したインディーバンドは、まだブレイクしてないようだ。

Interview with Conrad Withey from Instrumental
—————
Eye catch image: Painting by Chihiro ITO
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

Share
Tweet
default
 
 
 
 
 

Latest

All articles loaded
No more articles to load